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小説を書きました [雑談]

小説を書きました
もしよろしければ読んでみてください。


七の王国
https://ncode.syosetu.com/n5261ex/
かつてこの地上には古代ネリシア王国と呼ばれる国家が栄え、高度な科学文明が栄えていた。
しかしある時、漆黒の破壊神と呼ばれる存在が舞い降り、人々を絶望の淵へと追いやった。
そこに現れたのが剣士カシウスとその仲間たちである。剣士カシウスが振るう剣の先からは炎のドラゴンが生まれ、すべてを焼き尽くしたという。
――緑豊かなグリンピア王国には、このような創世記が伝わっている。
グリンピア王国の少年ラックは隣国レッディード王国に攻めこまれた最中、剣の先から炎のドラゴンを生み出すという剣士カシウスと同じ能力に目覚める。そしてこの王国には、かつて一夜のうちに海の底に呑まれたアトランティス王国と同じ「テラノム・サーサスール」という言葉が伝わっていた。
七の王国をめぐる冒険譚が今始まる。

という全20章、約37万文字で完結する小説です。
前半は三つの王国をめぐるバトルファンタジーものですが、そこでしっかりと伏線をばらまき、後半でそれらを怒涛の勢いで回収していきます。
その最終調整があるので、一応最後まで書き上げていますが、小出しにしかアップできません。
(北斗の拳やドラゴンボールと同程度の)暴力シーン、残虐シーンがあります。念のためR15で。


タイムトラベルの終わり
https://ncode.syosetu.com/n9160dl/
私事ですが、高校生の頃、相対性理論にハマりました。
そして時空図を学んで最初に思ったことが「光速を超えると時間と空間が逆転するよね?」
自分にとっては当たり前のことでした。そう考えるだけでタイムパラドックスやシュレーディンガーの猫、EPRパラドックス、ブラックホール中心部の特異点問題など、長年にわたるSF、理論物理学のパラドックスがすべて解けるのに、世の中には自分と同じことを考えている人がいない。
それが長年の謎でしたが、数年前に特殊相対性理論の公式からも自分の予想した通りの解が出てくることに気付きました。。
やっぱり自分の考えは間違っていないよね?
ということで、それを小説の形でまとめてみました。
(タイムマシンの原理だけは、自分でも無理があると思います)

現在は医師として働いているので、まわりに超ひも理論や相対性理論について対等に話し合える相手がいないことが悩みの種ですが、これまでに一度だけ名大卒の優秀な研修医が「先生の考え方は正しいと思います」と言ってきてくれました。
これが正しければ、既存のタイムトラベル系SFのほとんどすべては過去の遺物になります。
「自分が主催するパーティーに未来人が来ないことが、タイムトラベルが不可能であることの実験的証拠」と論じた車いすの天才・故ホーキング博士に、「単に動機がないからでしょ」と反論できます。
一応、そんなチャレンジングな作品です。
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人工知能は電気内科医の夢を見るか? [雑談]

先日、当院の名誉院長と雑談していて「内科医の仕事は人工知能で置換できるか?」という話題になったので、私の考えをまとめてみました。
結論から言えば、「現在のディープラーニングの延長ではノー」です。

人工知能と人間の頭脳は根本的に進化の系統が違う別物です。
人工知能は「常にルールが変わらないという制約の中で最大限の能力を発揮するもの」であり、人間の頭脳は「ルールが毎回変わる、もしくは初めてでルールが分からない状況で、比較的まともな働きをするもの」です。
常にルールが変わらないボードゲームでは、すでに人間は人工知能に勝てなくなっています。しかしこれが毎回、飛車と角行と金将と銀将の動き方のルールが変わる将棋だったらどうでしょう?
人工知能がどれだけディープラーニングを行い、最上のデータベースを蓄積していたとしても、ルールが変わった直後であれば藤井四段に勝てるとは思えません。人間では考えられない凡ミスをしてゲームエンドでしょう。
それと同様に、毎回細かなルールが変わってくるのが医療現場です。同じ疾患、同じ症状であっても患者個人個人で訴えの程度や表現は変わってきますし、その価値観も違います。
どうしても手術は嫌だ。治るなら積極的に手術を考える。たとえ植物状態でも長生きしてほしい。そんな状態になったら苦しまずに早く逝きたい。独り身だ。介護に熱心な家族がいる。
医者が扱う症例のすべて、患者ひとりひとりが数値化の難しい独自ルールを抱えているのです。
現在のCPUは、機構の複雑さで言えば人間の脳と同程度です。それなら本来、両者の処理速度は対等であり、人間にも1秒間に1億回以上の計算ができても良さそうなものですが、そんなことはありえません。
これはなぜでしょうか?
私は、人間の脳が99%以上無駄に働いているからだと思っています。
ここで簡単な実験をしましょう。まず、ひらがなの「あ」という文字を白紙に書いてください。あなたはそれを「あ」という文字だと認識せずに眺めていることができますか?
多くの人は勝手に頭の中に「あ」という音が浮かんでくるはずです。つまり「あ」という映像を見るだけで脳が勝手に「あ」という文字だと認識し、それに対応する「あ」という音をメモリーから呼び出す処理をバックグラウンドで始めるのです。
この時、人間の脳は無意識のうちに「あ」という文字が「い」でも「う」でも「え」でも「お」でもないという確認までおこなっています。だから頭の中に「あ」以外の音が浮かんでこないのです。
現在の人工知能は、この「一見無駄そうに見える関係ない処理」を一切行っていません。将棋の人工知能は最適手の計算だけにすべての処理能力を注ぎこみ、今日の昼食のメニューについて処理速度を割くことはしないでしょう。
この差が、私が最初に述べた「根本的に進化の系統が違う別物」という結論に結び付くのです。
いくつか実例を挙げてみます。

将棋に、はさみ将棋のルールを加えた新しいゲームについて考えてみます。基本的に将棋と同じで相手の王将を取れば勝ちですが、同時に自分の駒で相手の駒をはさめばそれを取ることができます。
私がこのゲームを思いついたのは、将棋について考えている最中、はさみ将棋という別のゲームを連想したからです。しかし現在のディープラーニングの手法を用いただけの人工知能では、この着想は不可能でしょう。

私は弟と二人兄弟で、子供が一人います。私が子供の頃、「父・母・私・弟」という家族構成の中で、私は母から「お兄ちゃん」と呼ばれていました。
私が子供を実家に連れて行くと、今でも母は私のことを「お兄ちゃん」と口走ります。子供にとって私は「父」であり、母にとって私は「息子」です。どこにも「兄」の要素はありません。
頭の良い人がこの場面に出くわしたら、家族構成の中で一番若い人を起点にして呼び名を決めていること、私には弟か妹がいて母がかつての家族構成を引きずっていることに気づくでしょう。しかし人工知能がこの仮説、推論を行うことはありません。これ一つとっても、今の人工知能は患者家族と会話するには完全な役不足です。

話が長くなりましたが、人間は普段から関係ないことまで考えている(一見無駄な処理をしている)生き物だからこそ、初めての場面に出くわしても別の事例を引っ張ってきて類推し、何とか対応できるのです。人工知能が最も苦手とする状況でもありますが、医療現場ではこれが頻回に起こります。
そのかわりルールが変わらないという制約の中では、人間は人工知能にかないません。
医療現場では人間と人工知能は補完的な関係になると思います。写真の中から猫を見つける、胸部X-pから初期の肺がんを見つけるというタスクであれば、ルールが変わらないので人工知能に軍配が上がるでしょう。実際の症状から診断を見つけ出すという作業も、基本的にルール変更はありません。しかしそれを踏まえて個々の患者にどう説明し、どう対応するかという話になると、現在の人工知能はまったく使い物になりません。治療ガイドラインの一部変更にも、かなり混乱をきたすでしょう。
人工知能は人間の医師の能力を補完するパワースーツにはなるでしょうが、医師を排斥する完全自立型のロボットにはなりえないというのが私の意見です。
あなたの仕事も、ルール変更が頻回にあるか、人対人のコミュニケーションが絶対的に必要か、の2点で考えてみれば、人工知能に置き換え可能か想像がつくと思います。
現在の人工知能にはどこまで進化しても越えられない壁があります。この現状を打破するには別のブレイクスルーが必要ですが、それについてはたまたま昔の記事でその青写真に触れていたので紹介しておきます。6年前にたまたま思いついただけなので、ディープラーニングのような思考の厚みに関する考察がまったくありませんが、ご容赦ください。

一番じゃなきゃダメです
http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2011-07-09


それともう一つ、シンギュラリティについても述べておきたいと思います。これは、人工知能が人間の能力を超えることで、人工知能による自律的で飛躍的な技術進歩が生じるという技術的特異点です。
私はこれも当分先だと思っています。
私が子供の頃、科学者の過半数は一世代後に自動車が空を飛んでいると予想していたそうです。しかし実際にはご存知の通り、空を飛んでいません。
オスプレイとドローンが空を飛んでいるので、その中間サイズの乗り物を作り、個人が操縦すれば空飛ぶ自動車の完成です。でも近所のおじさんやおばさんがそれを操縦して、あなたの家の上空を飛んでいったら嫌ですよね?
また私が生まれる以前、アポロ11号が月に着陸しましたが、最近はだれも月に行っていません。
どちらも技術的には可能ですが、諸事情でやっていないだけと思われます。
このように科学技術が進むと「やろうと思えばできるけど、あえてわざわざやらないこと」が増えてきます。
昔見たUFOの番組で、ビートたけしが「ほかの天体からやってくる宇宙人のくせに自分の手で物をつかむなんて原始的すぎる」と意見を述べていたことがありますが、これがまさにその好例です。
現代の人類も宇宙に行くだけの科学技術を持っていますが、その一員である私はいまだに紙に書かれた回覧板を隣の家まで自分の足で歩いて届けに行っています。隣の家に回覧板を届けるロボットを作る必要性に迫られれば、すぐにでもできそうなものですが、誰もわざわざそんなことはしません。きっと手で物をつかむ宇宙人も同じ心情でしょう。
世界的な人工知能の権威であるレイ・カーツワイルは、その著書「シンギュラリティは近い」の中で、人間が自分の脳と人工知能をリンクさせ進化のスピードを飛躍的に早めるという未来図を予想していましたが、それが始まるべき今年になってもそんな兆候はどこにもありません。
だって脳と人工知能をリンクさせようと思ったら、麻酔を弱くして、ある程度意識がある中で接続状況を確認しながら頭に異物を埋め込まないといけないので、痛いですよ。
感染症を引き起こして脳に障害が残るかもしれませんよ。
庶民が牛丼を食べる値段でできる手術ではありませんよ。
もし仮に現状でそのような技術が可能だとしても、それが普及するとは到底思えません。
加えて言えば、銀河鉄道999のように人間の脳を機械の体と接続しても、脳に老人班やレビー小体が出現し、海馬が委縮し、脳自体の老化が進んでいくのですから、永遠の命は得られません。サイボーグも80年生きれば、クルマのアクセルとブレーキを踏み間違えるくらいに認知機能が低下してきます。
レイ・カーツワイルは「やろうと思えばできるけど、あえてわざわざやらないこと」というマージンと「人間の脳を機械と接続すること」の現実を無視して、そのような未来図を描いていたように思います。
そして人間の脳と人工知能の特性の違いを無視して、ただカタログスペックだけで両者を比較していました。
しかし人工知能が人間の頭脳と同じように一見無駄そうに見える無関係なことにまで多大な処理速度を割き、その上で人間の脳をシミュレートしてそれを超えるには、現在のCPUではまったく処理能力が足りません。
「この人、人工知能並みに無駄な思考ができない人だな」と感じていたので、ここで吐露します。
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時間は5次元である [雑談]

時間が複数次元であるという考えは、私が高校生の頃から持ち続けていたものです。最近また現代物理学に関する本を色々と読んでいて、やはりそうとしか思えないので、改めて自分の考えをまとめてみました。超ひも理論とか重力量子理論とかヒッグス粒子に興味のない方はスルーしてください。

特殊相対性理論によれば、光に近い速さで動くロケットの長さは短くなり、時間がゆっくりと流れ、その質量は重くなっていきます。もし光速で動くロケットがあれば、計算上はその長さがゼロになり、時間が停まり、質量が無限大になります。逆に光速で動くロケットからすれば、どんな航続距離(長さ)もゼロになり、出発から到達までが一瞬の出来事になります。
夜空には多くの星がまたたき、100億光年彼方からの光は100億年かけて地球に届いているのですが、光自身にとっては距離ゼロのところに一瞬で到達したに過ぎません。
このことは二点間の距離を求める相対性理論の公式からも導くことができます。
ルート(x^2 + y^2 + Z^2 ―(ct)^2 )
ここで、x^2とはxの二乗を表し、cは光速、tは時間を表します。これに当てはめると、100億光年離れた場所の100億年前と現在の地球の距離はゼロになります。つまり光速で動く存在にとって、時間や空間は存在しないも同然です。時間や空間は光速から外れた存在が認識する夢まぼろしに過ぎないのかもしれません。
実は宇宙ができた当初、(ほぼ)すべての粒子には質量がなく、光速で動くことができました。しかしCP対称性の破れによってヒッグス場が生まれ、多くの粒子に質量が生まれたため、それらは光速で動くことができなくなりました。このヒッグス場は粘着テープの床に例えると分かりやすいでしょう。
最初、きれいに磨かれた床(摩擦係数ゼロ)の上を、質量ゼロの粒子たちが光速で移動していました。しかしある時、その床を粘着テープに変えてしまったので、多くの粒子はそれに足を取られて光速で移動することができなくなりました。この粘着テープの床は、見た目には均一な床にしか見えません。しかしそこに高いエネルギーを持った粒子を当てると、ほんの一瞬だけヒッグス粒子が姿を現し、すぐに分解して消えてしまいます。
さて、ここで時空図について触れておきましょう。文房具屋で方眼紙を買ってきて、そのx軸を空間、y軸を時間だと考えれば、それで完成です。
地球上にいて(空間移動をほとんどせず)、時間だけが過ぎていく我々は、この時空図でy軸方向――つまり上向きに進んでいることになります。これを90度と呼ぶことにします。そして光は常にy=xで表される45度の傾きで進んでいきます。相対性理論では光速以上の存在は否定されていますが、無限大の速度で飛ぶロケットをイメージするなら、それはx軸方向(0度)に進んでいくことになります。
光の数十%という速度で飛んでいるロケットは、75度くらいの傾きで進んでいくイメージです。この時、ロケットにとっての時間軸は75度の傾きになり、空間軸は15度の傾きになります。
高校生の時の私は、こう考えました。このロケットにとっての時間軸は、地球上の私から見た空間軸(x軸)の成分を含んでいる。逆にロケットにとっての空間軸は、私から見た時間軸(y軸)の成分を含んでいる。つまり空間の一部が時間に変わり、時間の一部が空間に変わったのだ、と。
先程の二点間の距離を求める公式に戻りましょう。
空間的に30万キロ離れ、時間的距離がゼロの場合、両者の距離は実数になります。逆に空間的距離がゼロで時間的距離が1秒の場合、両者の距離は虚数になります。時間と空間は互いに虚数同士だということになります。つまり「空間の一部が時間に変わり、空間の一部が時間に変わる」とは、「空間と時間の一部が虚数に変わったので、私からは観測できなくなった」と考えることもできます。
だから冒頭で述べたように「ロケットが光速に近づくとその長さは短くなり、その時間はゆっくり流れるようになる」と考えました。両者が共有できる実数部分の時間や空間が減ってしまったので、当然の帰結です。世間一般には「時間や空間が伸び縮みする」と表現されますが、私の表現のほうがより直感的で本質的な気がします。
このようにロケットの速さが光速に近づくにつれ、その時間軸と空間軸はそれぞれ45度に限りなく近づいていきます。光速では両者が45度でぴったりと符合し、時間や空間という夢まぼろしは存在しないも同然になります。そして光速の数倍の速度で飛んでいるロケットの場合、(素直に考えれば)その時間軸は15度、空間軸は75度になります。
これを先程出てきた光速の数十%の速さで飛ぶロケットと比較すると、ちょうど両者の時間軸と空間軸が入れ替わっている状態です。
つまり光速を超えると時間と空間は入れ替わる――私は高校生の時にそう考えたのです。そして両者が入れ替わるためには、両者の次元数が同じでなければなりません。
その当時は超ひも理論も存在しなかったため、時間=空間=3次元だと考えていました。しかし現在の超ひも理論では、時間+空間=10次元だと分かっています。だから現在の私は、時間=空間=5次元だと考えています。
この記事のタイトルのような結論になるのです。
実際にこう考えると、様々なことが都合よく説明できます。私たちの世界と超光速の世界は互いに虚数の存在なので、観測することも情報交換をすることも不可能です。そして超光速の世界では時間と空間が入れ替わるため、速度を求める際の分母と分子が入れ替わります。我々から見た光速のx倍の速さは、超光速世界の住人にとって光速の1/x倍になるのです。彼らもまた、自分たちは光速より遅いと主張するでしょう。
このことは相対性理論の公式からも導き出されます。
速度uの戦闘機が、前方に向かって速度vでミサイルを発射したとします。これを地上から見ると、ミサイルの速度はu+v/(1+uv/c^2)になります。
ではここで、aとbを1より大きな実数だとします。光速の1/a倍(c/a)の速度で飛ぶ戦闘機が、前方に向かって光速の1/b倍(c/b)でミサイルを発射したとします。この時、ミサイルの速度は(a+b)/(1+ab)・c になります。では光速のa倍の速度で飛ぶ戦闘機が、前方に向かって光速のb倍でミサイルを発射した場合、その速度はどうなるでしょう?
計算してみると、これも(a+b)/(1+ab)・c になるのです。つまり光速の1/a倍とa倍、1/b倍とb倍はそれぞれ等価だということです。私はこれに気付いた時、自分の仮説が全くのデタラメだとは思えなくなりました。
100%正しくなくても、現代物理学では知られていない真実やアイデアを含んでいるかもしれません。それならばこういう形でも良いので、世の中に発信したいと思いました。
他の誰かのアイデアの踏み台になり、その人が考えたアイデアを知ることができるなら、望外の喜びです。

さて、ここから先は時間=空間=5次元であり、光速の向こうには我々が見ることも聞くこともできない別の世界(超光速世界)が存在すると仮定したうえでの話を進めていきます。
宇宙ができた当初、(ほぼ)すべての粒子には質量がなく、光速で動くことができました。しかしCP対称性の破れによってヒッグス場が生まれ、多くの粒子に質量が生まれたため、それらは光速で動くことができなくなりました。実はこの時に反ヒッグス場も生まれ、それに絡め取られた粒子は超光速世界に行ってしまったと考えたらどうでしょう?
我々は超光速世界の存在を、重力を通じてしか観察することができません。超光速世界の重力は、我々から見て斥力になると仮定しましょう。実はこの宇宙の質量の72%はダークエネルギーと呼ばれる未知の存在であり、それはこの宇宙を引き延ばす斥力(アインシュタインの宇宙定数)として働いていますが、この正体は超光速世界の質量ではないでしょうか?
CP対象性の破れによってヒッグス場と反ヒッグス場が生まれ、質量の72%は超光速世界に、28%は我々の世界にやってきたのだとすれば、ダークエネルギーとそれ以外とが何桁も違わない理由を合理的に説明できます。また時間によってダークエネルギーのばらつきがある(超光速世界にも重力の強い場所と弱い場所の空間的ばらつきがある)としたら、ある程度時間が経ってから急に宇宙定数が大きくなり、宇宙の膨張が早くなったとしても不思議ではありません(事実そうなっています)。
恐らく超光速世界では反物質のほうが多く存在し、その代わりに我々の世界では物質のほうが多く存在するのでしょう。
ダークマターについては、我々の宇宙に隣接するブレーン宇宙から染み出してきた重力を観測しているのか、はたまた未知の物質がこの宇宙にあるのか、私には分かりません。5次元の空間は、3次元のブレーン宇宙を内包する余地を十分に残しているのですから。

さて、先程は時間と空間が合わせて10次元だと述べましたが、超ひも理論の中でも最有力候補とされるⅯ理論では、もう一つの次元が隠れていて合計11次元だとされています。
そして私の仮説でも同様に11次元が必要になります。我々と超光速世界の住人が光速という壁に隔てられて互いに干渉できないのだとしたら、時間と空間のあわせて10次元以外に、光速より遅いか速いかを別の次元として指定する必要があるのです。

ここでブラックホールについて考えましょう。
ブラックホールにはシュバルツシルト半径と呼ばれるものがあり、これがこの世界と超光速世界を隔てる境界線です。現にこのシュバルツシルト半径の表面では時間が停まり、光すら逃れられずにその場に留まってます。だからその向こう側は超光速の世界だろうと考えました。
もしこれより内側に我々が入ったら、中心に吸い込まれていくしかありません。超光速世界の領域では、重力のせいで(我々にとって)空間的に一定方向に動くことしかできないのです。
そして前述のように、我々にとっての空間は超光速世界にとっての時間です。つまり言い換えると、「超光速世界では重力の影響で時間的に一定方向に動くことしかできない」となります。これが何を意味しているかというと、時間が過去から未来に向けて流れるのは重力のおかげだということです。
超ひも理論の学者たちは「時間+空間=10次元」だと知りながら、暫定的に時間を1次元だと考えています。これは、時間が複数次元だとしたら過去から未来へと向かう方向が分からなくなるからに過ぎません。しかし重力が時間の流れる向きを決めるのだとしたら、時間が複数次元でも支障はなくなり、同時に重力が他の3つの力(強い力、弱い力、電磁力)よりも弱いことも説明できてしまいます。重力はミクロの世界で時間的、空間的に余剰次元に逃げてしまうから弱くなるのです。

時間が一定方向に流れる5次元の川だとしたら、その中には無数の異なる歴史が内包されています。いわゆるパラレルワールドであり、シュレーディンガーの猫は、5次元の時間の中で猫が死んだ歴史と生きている歴史が枝分かれしたに過ぎません。
SF的な観点で言えば、もしタイムマシンで過去(川の上流)に戻ったとしても、それが自分の知っている過去(5次元の時間の中で完全に同じ場所)だという保証はありません。自分の知っている過去に戻れないのであれば、過去に戻って未来を変える意味もないし、既存のタイムトラベル系SFの多くが破綻してしまいます。
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時間はなぜ過去から未来に向けて流れるのか? [雑談]

本日、ニュートン別冊「相対性理論とタイムトラベル」を読んでい​て、ふと思いました。これまで時間が過去から未来に流れるのを規​定するのはエントロピーの増大だと思っていましたが、実は重力だ​ったのではないかと。
一般相対性理論によると、加速度と重力は等​価です。そしてブラックホールのシュバルツシルト半径は光速と等価に​なります(どちらも時間が止まったように見えます)。それより内部では超光速の世界と等価になりますが、そ​こでは重力によって一定方向に引き寄せられる、言わば空間が時間​的なふるまいをするとのこと。つまり、ブラックホールの内部で空​間的に一定方向に引き寄せられることと、ブラックホールの外部で​時間的に一定方向に流れることは、等価ではないかと思ったのです​。シュバルツシルト半径の外部と内部で空間と時間の位置づけが入​れ替わるためには、空間の次元数=時間の次元数でなければなりま​せん。現在、究極の物理学理論(量子重力理論)の最有力候補は超​ひも理論とされていますが、これは時空が10次元以上であること​を予言しています。つまり、時間=空間=5次元ではないかと、個​人的には思っています。量子重力理論はこの宇宙に存在する4つの​力(電磁力、重力、強い力、弱い力)を統合する理論ですが、この​中で重力だけが圧倒的に弱いのは、ミクロの世界では重力が多次元​世界に逃げてしまうためでないかとする説があります。重力が空間​的にも時間的にも多次元の世界に逃げてしまい、その結果、この宇​宙には他の3つの力に比べて極めて弱い重力が働き、時間は過去か​ら未来に向けて流れるのではないかと考えました。
単なる素人の思​いつきレベルですが。
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ワンピースの語られぬ歴史について [雑談]

今回は、最近私がはまったワンピースに関する話題です。
62巻まで読んだ状態で、それまでの情報を基に書いています。ワンピースを知らない方、ネタバレを避けたい方はスルーしてください。

44巻から連載された扉絵シリーズで、エネルのスペース大作戦がありました。
・からくり島のツキミ博士が作ったロボット(スペーシー中尉)が、月で宇宙海賊にやられた
・その宇宙海賊が月で古代の地下都市ビルカを掘り当てた
・ビルカの住人たちは背中に翼を持ち、古代文字を操った
・資源不足で青色の星に飛んだ彼らは、スペーシー中尉そっくりのロボットを作る技術を持っていた。
これらをまとめると、古代に月から地球へやってきた、背中に翼を持つ者たちは、高度な文明を持っていたことになります。決して壊れないポーネグリフの石を製造する技術や古代兵器も、彼らが生み出したのでしょう。少なくとも、現在の地球政府とは違う勢力が生み出したことは間違いありません。世界政府の諜報機関であるCP9が必死に古代兵器の設計図を探していたわけですから。
からくり島は、現代まで密かに月の文明を受け継いでいたのでしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ONE_PIECE%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%B9%B4%E8%A1%A8
年表によると、彼ら月の人が地球にやってきたのは、今から4000年以上昔のことでしょうか?
(4000年前に作られたアラバスタの王宮は、建造時から古代兵器のありかを記したポーネグリフを隠せる構造になっていたと考えられます)
しかしその末裔である(背中に羽を持つ)シャンティアの人たちは、樹熱の知識もなく、生贄の祭壇を作るなど、非科学的で文明水準が劣化した印象を受けます。
ところで、彼らのモチーフはアメリカ大陸のインディオですよね?
衣類やテントなどはインディオに似ており、生贄の祭壇と言えば、かつてメキシコに栄えたアステカ文明を連想させます。
http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2009-12-28
上記は、かつて私が書いたブログ記事です。アステカではなくインカの話ですが、ワンピースの世界でもこれと同じようなことが起こったと仮定します。
http://www.kodai-bunmei.net/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=72444
http://moyamoya2.blog99.fc2.com/blog-entry-332.html
以下は私の完全な妄想ですが、上記を参考にさせてもらいました。

4000年以上前、背中に羽を持ち、高度な文明をもつ人々(月の人)が地上に降り立った。
彼らはラフテル(またはビルカ)という古代王国を作った。国は栄え、人々は自由で平等だった。
(41巻で、オハラのクローバー博士はこの古代王国の名を言う直前に撃たれました)
その繁栄とバランスを崩す者が現れたときの抑止力として、古代兵器が作られた。
地球の人々は、空から来た人たちに感謝したが、時と共にその文明水準は劣化し、シャンティアのように非科学的な生贄の儀式に走る者たちが現れた。
900年前、別の宇宙人(天竜人)たちが地球に侵略してきた。
(原作者が敬愛する鳥山明氏のドラゴンボールでも、宇宙人が地球に攻めてきます)
彼らは地球の大気中で長時間呼吸することができず、宇宙服を着用していた。
地球の人たちは、彼らを月の人の再来と考え、歓迎した。
しかしその虚をついて、天竜人は古代王国の国王を殺害し、地球を征服してしまう。
彼らに逆らったものは奴隷にされ、恐怖政治による徹底した身分制度が完成した。
それを後の人たちに悟られないよう、天竜人の手先である世界政府は「空白の100年」を作った。
それは天竜人が現れてから、世界政府ができるまでの100年でもあった。
天竜人による支配を憂いた古代王国の神官たちは、Dというミドルネームを名乗ると共に、いつの日か世界政府をひっくり返し、(自由と平等という)失われた古代王国の思想を取り戻そうと誓った。
(Dは古代王国の王族とする説もありますが、ルフィーと巨人族のハグワール・D・サウロが共通の祖先を持つとは考えにくく、別家系と考えるべきでしょう。神官たちが、地球人と月の人の中間の立ち居地だとすれば、その紋章はD、つまり半月の形になるでしょう)
それは「Dの意思」として受け継がれ、世界政府はそれを恐れた。

そして長い年月が流れた。
悪魔の実の能力(または見聞色の覇気)で、万物と対話する能力を手に入れた若者、ゴール・D・ロジャーは、天竜人による支配を、地上の多くの物が悲しんでいることを知った。
(52巻でレイリーが、ロジャーは万物の声を聞けた、と言っていますが、空島のポーネグリフに自分の言葉を残していることから考えると、万物に自分の意思を伝えることもできたと考えられます。つまり万物と対話する能力です)
その夢は「世界をひっくり返し、自由で平等な世の中を作る」こと。
彼は副船長で戦闘員のレイリー、医者のクロッカスらを仲間にし、グランドライン制覇を達成する。
(彼の仲間には、他にも航海士、狙撃手、コック、音楽家がいたかもしれません。船大工でトムズ・ワーカーズのトムも、船にこそ乗らなかったものの、ロジャーの仲間と言って良いでしょう。でも、考古学者はいなかったようです。ルフィーの仲間が、その役割を果たして真の仲間となったとき、「○人目」と言うタイトルがつきますが、まだ考古学者のニコ・ロビンは真の仲間にはなっていないようです)
彼らは歴史のすべてを知ったが、グランドライン最後の島・ラフテルについては、何らかの理由で、その存在を確認しただけで、たどりつくことはできなかった。
彼がその夢を達成するには、最後のひとかけら(ワンピース)が足りなかった。
(ひとつなぎの大秘宝を英語に訳すと、 hidden treasure of one suite の方が、hidden treasure of one piece よりも相応しい気がします。つまり、ワンピース=ひとつなぎの大秘宝ではなく、ひとつなぎの大秘宝を完成させるために、あとワンピース足りないと考えるほうが自然です。私はひとつなぎの大秘宝を、ひとつなぎの秘められた歴史と解釈しました)
それを後世の者たちに託すため、ロジャーは自首し、斬首刑になった。
ゴール・D・ロジャーの名も、世界政府による情報操作によって、ゴールド・ロジャーに改められた。

その数年後、ロジャーの船の見習いだったシャンクスは、イーストブルーの小さな村で、ロジャーと同じことを言う少年と出会った。
(52巻でシャンクスが、レイリーさん、おれぁ本当に驚いたよ。イーストブルーにロジャー船長と同じことを言うガキがいたんだ・・・船長のあの言葉を、と言っています)
「俺は世界をひっくり返し、自由で平等な世の中を作る」
(60巻で、幼いルフィーがエースとサポに自らの夢を語りますが、その部分は故意に割愛されています)
少年の名はモンキー・D・ルフィー。
シャンクスはルフィーの未来に期待し、そのためには腕の一本くらい安いものだと考えた。
ポートガス・D・エースも、死の瞬間までルフィーの「夢の果て」を見ることを望んでいた。
そして、ここからワンピースの物語は始まった。
「海賊王に、俺はなる」
「支配なんかしねぇよ。この海で一番自由な奴が海賊王だ」
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一番じゃなきゃダメです [雑談]

これは以前書いた、一番じゃなきゃダメですか?(http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2011-02-10)の続編です。
先月発表されたTOP 500(http://ja.wikipedia.org/wiki/TOP500)で、日本のスパコンである京が世界一の座を獲得しました。予算をたくさん使い、アメリカ人労働者(サンマイクロシステムズ製コア)を548352人(個)かき集めて世界一の箱物(マザーコンピューター)を作りました。日本の技術力は世界一で大変誇らしいです、という文部科学省と理化学研究所主導のプロジェクトです。
ちなみに性能あたりのコストパフォーマンスは悪く、京でなければ動かせないソフトがあったわけではなく、文字通り世界一になること自体が目的のプロジェクトです。一応、天候や創薬のシミュレートに使うという建前はありますが・・・。創薬は「鍵と鍵穴」に例えられ、鍵穴(レセプター)に最も合致する鍵(薬)を開発するためには、立体異性体の三次元シミュレートなど膨大な計算が必要になります。それは分かるのですが、世界一のスパコンを様々な用途に使うのであれば、その半分の性能を持つスパコンを2台作ったほうがコストも安く、使い勝手も良いはずです。一番じゃなきゃダメな理由は何でしょう?
そう考えた時、ふとその用途を思いついたので、今回それを紹介したいと思います。それは自分で考えるスパコンです。

最初に、「考える」ことの定義づけをしたいと思いますが、それは「情報の結合と加工」です。
「学びて思わざれば即ち暗し、思いて学ばざれば即ち危うし」とは論語の言葉ですが、思う(考える)ためにはまず学ぶこと(元となる情報の取得)が必要になります。「一を聞いて十を知る」という言葉がありますが、これを行うためには「考える」能力が必須となります。では「一を聞いて十を知る」とはどういうことでしょう? これこそが正に「情報の結合と加工」なのです。
かつて某携帯電話の開発者が「100の機能を持つ携帯電話に101番目の機能をつけるには、従来の100の機能との整合性をすべて検証する必要がある」と言っていました。何だか大変そうな作業ですね。そしてそれを瞬時に行える頭脳の持ち主が、「一を聞いて十を知る」人なのです。厳密に言えば「101を聞いて110を知る」ということであり、101を聞いたときにそれまで持っていた100の知識とのすりあわせを行い、そこから規則性や類似性を見抜き、法則を見出し、それに当てはめることで110という数が存在すると閃く能力なのです。私はかつて2ちゃんねるでその能力を、10年前に新聞で読んだ「あ」という文字と今テレビで見た「ア」という文字から、「A」というアルファベットを思いつく能力、と表現したことがあります。あまり良い例えではありませんが、所詮人間のアイデアなどこれまでの経験で得た複数のデータを加工して得られたものに過ぎず、無から有を生み出したわけではありません。そしてそのような情報の結合と加工こそが「101を聞いて110を知る」ことです。しかしそれは、そのプロセスを知らない周りの人には「一を聞いて十を知る」という能力に見えてしまいます。

私はかつて、日本ルールのナポレオンというトランプゲームソフトを作ったことがあります。プレーヤーはナポレオン軍(ナポレオンと副官)と連合軍(その他)に分かれ、両軍で絵札を取り合うゲームですが、最初にナポレオン立候補者は自軍が何枚以上絵札を取るか宣誓し、その競りに勝った人がナポレオンになります。ナポレオンは副官カードを指定し、そのカードを持っている人が副官になりますが、最初は副官本人以外、誰が副官なのか分かりません。ちょっとした戦略性を持つゲームですが、私が作ったのはそれを5人でプレイし、プレーヤー以外の4人分の思考を人工知能(AI)に任せるというソフトです。
文章を書くことと人工知能プログラムを組むことは、自分の思考を明文化するという作業において同等であり、自分が普段どのような思考回路でナポレオンをプレイしているか気づけば、それをプログラム言語で文章化するだけなので、5日ほどで完成しました。具体的には各人がどのマークを切り札にすれば自分の手持ちカードの価値が最大限になるか計算し、その上で副官カードも含めて自軍の強さを評価し、何枚までならカードを取れるという期待値を求めます。その中で期待値の最も高かった人がナポレオンになるわけです。後は毎回、自軍と分かっている人がカードを取れるように協力するのですが、副官が誰か分かるまでは疑心暗鬼になりますし、副官は自らの立場を欺いて連合軍が優位になるように振舞うこともあります。これもそれらのパラメーターを数値化して、どう振舞うのが最終的な期待値が高いかで決めるだけです。学習機能をつけてそれらのパラメーターを変動させるようにすれば、ちょっとした学習機能付き人工知能のできあがりです(もっとも5日間のプログラムで学習機能まではつけられませんでしたが、あと10日あればある程度の幅でその機能をつけられると思います。面倒なのでやりませんが…)。ただし、これらはあくまでノイマン型コンピューターでの話であり、今回の話はこれよりも複雑になります。

以前にも書いたように、私は1989年、意識という高性能なメインCPUを無意識という無数の低機能なサブCPUが取り囲むことで最高のスパコンができると考えましたが、神経内科専門医としての知見を元にそれを訂正したいと思います。意識と無意識はその思考に費やすエネルギー量の差でしかなく、そこに明確な境界線はありません。人間の脳には意識というメインCPUは存在しないのです。
では現在の私が考えた、思考するスパコン(人工知能)とはどんなものなのかを説明しましょう。と言っても厳密には私が考えたものではなく、万物の創造主である神が考えたものです。私はその偉大な英知のごく一部を拝借しているにすぎません。
最初の前提として、デジタルとアナログの違いについて説明します。デジタルとは1,2,3,4という飛び値によって表現されたデータ情報であり、それが無数に集まることによってシームレスのアナログデータになります。パソコンはデジタルデータ、人間の脳はアナログデータを扱うのですが、もちろん後者のほうが遥かに高度な性能を要します。そしてパソコンと人間の間には埋めがたい溝があり、パソコンと人間がデータをやり取りするには、どちらかがもう片方に歩み寄る必要があります。かつてパソコンが低機能だったCP/MやMS-DOSの時代には、人間がコマンドを覚えてコンピューターの側に歩み寄る必要がありました。しかしウィンドウズの時代になり、パソコンの側がこれまでより遥かに膨大な処理をすることによって人間の感性に歩み寄り、誰でも気軽に使えるパソコンが生まれたのです。

脳梗塞という疾患があります。病態としては、脳の血管が詰まることによってそこから血流を受けていた脳細胞が死滅し、その機能が失われるというものです。しかし死滅する脳細胞の部位によって右片麻痺、左片麻痺、失語、半盲、半側空間無視、記憶障害、失調など様々な症状が現れ、医学を知らない人にはまったく別の疾患に見えることでしょう。万物の創造主である神が、なぜ人間の脳にこのような非汎用的な機能特異性を与えたのか、愚かな私には理解できませんが、それでもこれが一番良い方法なのだろうということは何となく理解できます。
そして人間の腱反射は、そのレベルの脊髄が傷害されれば低下しますが、それより上位の脊髄や脳が傷害されれば亢進します。
これらを元に、京を用いた人工知能について考えて行きたいと思います。
まず京が持つ548352個のCPUのうち約1割、5万個のCPUに単一概念にのみ反応する特異性を与えます。比較的頭の良い小学6年生の知っている語彙は1万個と聞いたことがあるので、 5万個あればさほど不足はないでしょう。
ここではそれらのうち、起動戦士ガンダムに出てくるシャア少佐に関する事項にのみ反応するCPUを、シャア専用CPUと名づけます。このシャア専用CPUは、「赤」「ザク」「3倍」「坊やだからさ」「アムロ」などシャアに関連した情報にのみ反応し、新しく入力される外部情報に対して自分が反応する機会を虎視眈々とうかがっています。この時、関連した情報(時にはアナログデータ)にCPUが反応するために、個々のCPUにはそれなりのパワーが要求されます。
シャアに関係する情報が入力されたときにシャア専用CPUは反応しますが、その際にシャアとの関連の濃さ(関連係数)を求め、それを上位CPU(人間の脳神経系に例えると上位中枢に当たり、下位中枢の興奮を抑制する系として作用)に送ります。上位CPUは、入力情報に対して同時に反応した他の概念専用CPUにもシャア専用CPUが反応したことを知らせますが、関連係数が高い場合は関連係数が低い他の専用CPUにも幅広く情報を送る反面、関連係数が低い場合は関連係数が高いごく少数の専用CPUにのみ情報を送ります。そしてそれらのCPU同士が行うやり取りの中で新しい知見が生まれなかった場合、シャア専用CPU全体の関連係数が低くなっていきます。これが人間の脳で言う「忘れる」という機能であり、これによってCPU間の情報のやり取りが無尽蔵に増えるのを抑制します。この機能がないと、てんかん発作(脳細胞の過剰な電気放電)というか、コンピューターの暴走に陥るリスクが高まります。そしてこの「関連係数が高く、他の多くの専用CPUに自分が反応したことを知らせる状態」が意識にのぼるという状態であり、「関連係数が低く、ごく少数のCPUにのみ情報を送る状態」が無意識なのです。
さて、ここで「新しいクレジットカードを考案する」という課題をこの人工知能スパコンに与えてみましょう。これに対して、シャア専用CPUは当然シャアをモチーフにしたカードを考案するわけですが、その際にシャアの絵柄、3倍、赤というキーワードを発します。これらのキーワードが他のCPUに送られることによって、クレジットカードのポイント専用CPUや3という数字専用CPUから高い反応があり、3倍の速度でポイントが貯まるというアイデアが生まれます。この時、このアイデアは関連係数の高い情報として数多くのCPUに流され、人工知能の「意識にのぼる」状態になります。こうして、シャア専用カードという新しいアイデアが生まれ、場合によってはシャア専用カードに対して専用のCPUが新たに割り振られます(ちなみにこのカードは実在しました)。
なお成人した人間の場合、五感に占める視覚情報処理の割合が8割を超えるそうです。ですから人工知能スパコンでも、視覚情報の解析(視覚中枢)に最も多くのCPUパワーが割かれることが予測されます。それらの五感専用CPUや情報伝達を抑制する上位CPU、アウトプット用の情報を加工するCPU(言語中枢)のことも考えた場合、単一概念にのみ反応する特異的CPUの数は全体の1割程度ではないかと予測しました。

以上が、京が世界一のスパコンの座を獲得したというニュースを聞いて、私が考えたことです。自分でも細部を煮詰められていない感はあるのですが、私にはこれが限界でした。
さて、ムーアの法則というものがあります。コンピューターの性能は1年半で倍増するというものであり、これに従えば15年でコンピューターの性能は1024倍に、そして20年で約1万倍になります。そうなると今から20年後の2031年には京の1万倍の性能を持つスパコンが生まれるでしょうし、その時には「2001年宇宙の旅」に出てきたHAL 9000のような、人間が言葉で説明すればチェスのルールを理解し、対戦するうちに人間よりも強くなるというスパコンが誕生しているかもしれませんね。

一番じゃなきゃダメですか?
実はこの地上で最も高性能なスパコンは人間の頭脳ですが、神が創ったその最高傑作の片鱗を真似るなら、人間が作った中で一番のスパコンじゃなきゃダメです。しかし逆にそれ以外の用途なら、世界一じゃなくても良い気がします。
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浜田国松(濱田国松) [雑談]

今日は皆さんに私の曽祖父を紹介します。
まずはあちこちから曽祖父に関する資料を引用させていただいたこと、お詫びします。もし問題があれば、hmdknsk@hotmail.com までご連絡ください。リンクを解除します。
なお、私が親から伝え聞いたエピソードも所々交えています。

浜田国松は1868年山村家の第2子として生まれ、浜田家の養子となりました。東京法学院(中央大)を卒業し、弁護士、町会議員、県会議員を経て国会議員に12回の当選を果たし、現在の国会議事堂ができた当時に衆議院議長を務めていました。浜田国松が住んでいた伊勢市岡本の参宮館は、今では駐車場と小学校になっているそうで、私の本籍地もここになっています。
http://blog.goo.ne.jp/odanohashi/e/b0231f8e3f5677a17f4ceb4daee4df37
上記のブログには岡村さんのことが書かれていますが、確かに私の親戚には岡村姓の人がいます。
若いときは苦学生だったようで、真珠王・御木本幸吉の実家であるうどん屋で「出世払い」と称して、食べさせてもらっていたと親から聞きました。
最後まで自由主義・反ファッショの姿勢を貫き、晩年は不遇であったという噂も聞きました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E7%94%B0%E5%9B%BD%E6%9D%BE
そして時は1937年。二・二六事件以降、軍部の政治干渉が次第に顕著となる中、広田内閣の寺内陸軍大臣と浜田国松との間で、腹切り問答と呼ばれるやりとりが行われました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%B9%E5%88%87%E3%82%8A%E5%95%8F%E7%AD%94
http://royallibrary.sakura.ne.jp/ww2/text/harakiri.html

ここには実際の演説内容を掲載しますが、面倒な方は後述の要約だけ読んでください。
浜田「軍部は近年自ら誇称して我が国政治の推進力は我らにあり、乃公出でずんば蒼生を如何せんの慨がある。五・一五事件然り、二・二六事件然り、軍部の一角より時々放送される独裁政治意見然り(中略)要するに独裁強化の政治的イデオロギーは滔々として軍の底を流れ、時に文武恪循の堤防を破壊せんとする危険あることは国民の等しく顰蹙する所である」
寺内「先刻来の濱田君の御説中、軍人に対して聊か侮辱するかのような言辞のあったのは遺憾である」
浜田「陸相寺内君は私に対する答弁の中で、濱田の演説中軍部を侮辱するの言辞があるということを仰せられた。どこが侮辱して居る。私共は此議場に立っても国家の為に、軍の名誉の為に、最も善意を以って出来得る限り慎重の注意を以って御質疑を申上げた積りである。其私に軍部を侮辱するような意思などがありようはずはない。(中略)いやしくも国民代表者の私が、国家の名誉ある軍隊を侮辱したという喧嘩を吹掛けられて後へは退けませぬ。私の何等の言辞が軍を侮辱致しましたか、事実を挙げなさい。此問題が此席上に於いて、同僚の立会証明を以て証明せられない以上は、私は議長が散会を宣告せられぬことを希望致します」
寺内「侮辱するが如く聞える所の言辞は、却て濱田君の言われる国民一致の精神を害するから御忠告を申したのであります。どうぞ速記録を御覧下さいまして御願致します」
濱田「質疑に関する登壇は、三回の制限を受けて居ります。何回でもという訳には行きませぬ。もう是で如何に不満不平があっても登れないのであります。(中略)私は年下のあなたに忠告を受けるようなことはしない積りである。あなたは堂々たる陛下の陸軍大臣であられる。併せながらあなたも国家の公職者であるが、不徳未熟、衆議院議員濱田国松も陛下の下に於ける公職者である。封建思想や官僚独善主義から言えば、あなたは役人で私は町人かも知れぬけれども、そうじゃありませぬ。私は公職者、殊に九千万人の国民を背後にして居る公職者である。あなたから忠告を受けなければならぬことを、此年を取って居る私がしたならば、私は覚悟して考えなければならぬ。天下に謝しなければならぬ。あなたはそんな無責任な、侮辱したことを言うたと最初に言うて置いて、今度は侮辱に当たるような疑のあることをいう所までぼけて来た。何処が其処に当るのだと御尋申しても、是が当たるということを言われないのは―日本の武士というものは古来名誉を尊重します。士道を重んずるものである。民間市井のならず者のように、論拠もなく、事実もなくして人の不名誉を断ずることができるか。是れ以上は登壇することができない。速記録を調べて僕が軍隊を侮辱した言葉があったら割腹して君に謝する、なかったら君割腹せよ。」
これに寺内は激怒し、浜田を壇上から睨みつけたため、議場は怒号が飛び交う大混乱となりました。
政府は収拾策を見出すために天皇に裁可を仰いで議会は翌日より停会となりました。寺内は「政党が時局に対して認識不足」として、政党に対し反省を求める意味で議会解散を強く広田総理に要求、解散しないなら単独辞職すると言い放ち、この結果、広田内閣は閣内不統一を理由に総辞職となりました。

要約すると、軍部を侮辱したという陸軍大臣に対し、「自分は町人だが、日本国すべての国民を背後にした公職者でもあり、士道を重んじる。自分が軍隊を侮辱した言葉があったら割腹して君に謝する、なかったら君割腹せよ」と詰め寄ったのです。政治家としての言葉の重みを知る、よく言えば反骨精神にあふれた、悪く言えばKYな人だったのでしょう。
そのためか浜田国松に関する資料は戦前、意図的に廃棄された部分もありますが、その腹切り問答の生レコードが戦後に見つかり、NHKが放送したところ、反響が大きく再放送されたようです。

以前、「炎の人・浜田国松伝」と言うタイトルで映画化の話もありました。以下は、http://melma.com/backnumber_10265_1141008/ からの引用です。
浜田国松(1868-1939)は三重県選出の政友会代議士ですが、彼を主役とする映画「炎の人」(小川益生監督)が10年程前に企画され、浜田役にはフランキー堺、緒形拳、さらには田村高広と変更し、娘役に牧瀬理穂なども決まり、シナリオも完成し(市販書として販売)、クランクイン(桜満開の伊勢市宮川堤のシーン)まで進みました。しかし、折からのバブル経済崩壊によりこの映画はお蔵入りになってしまいました。

当時、私もこの映画の資料を見せてもらいましたが、
・浜田国松が100人いたら、日本の太平洋戦争は起きなかった
・地元への利益誘致を優先しなかった清貧の政治家であり、三重の人々もそんな彼を12回も国会の場に送り出した
というキャッチコピーが載っていたように記憶しています。
私は曽祖父ということを抜きにして、この浜田国松という人が好きです。

それでは、浜田国松から私に至る系譜を簡単に紹介します。
浜田国松には5男2女(女性の数は自信がありません)がいました。5人の男兄弟はみな東大・京大卒であり、商社に就職した一人を除いて医師か弁護士になりました。ただしその商社に就職した人が、5人の中で一番優秀だったそうです。
私の祖父は浜田国松の5男に当たり、東大卒の裁判官で、3箇所の地方裁所長を歴任しました。その子供は2男2女。長男は若くして病死し、私の父が次男です。2人の姉は、それぞれ良縁に恵まれ、一人は東証一部上場企業の社長、もう一人は旧帝大の医学部長になった人のところへと嫁ぎました。
私はマリオットアソシアで結婚披露宴を行ったのですが、前泊した新郎新婦(私と妻)の部屋には何もなかったものの、東証一部上場企業の社長だった伯父夫婦の部屋にはホテルから贈られた立派な花が飾ってありました。理性では分かっていても、心情としてはちょっと複雑でしたw
私の父は東証一部上場企業の総務部長でしたが、社長婦人(父の姉)が二人を比べて、「弟(私の父)は良い人だけど、夫は悪人だ」と冗談っぽく言ったそうです。悪知恵といっては失礼ですが、ある程度の計算高さがないと出世できないという意味なのでしょう。確かに私の父は海外旅行先でほいほい騙されてしまいそうな、良い人というか脇の甘い人です。
『菜根譚』にある言葉で、「知械機巧は、知らざる者を高しとなし、これを知れども用いざる者を最も高しとなす」(悪巧みや悪知恵は、これを知らない人が気高く、これを知っていても用いない人が最も気高い)とは、私の座右の銘です。たくさんの悪知恵を持ちながら、清く、正しく、したたかに生きていくのが目標です。
一方、医学部長の義伯父は「私が出世できたのは、周りの人からの頼みごとを断らなかったからだ」と言っていました。プライドの高い旧帝大医学部教授の中から選挙で医学部長に選ばれるには、敵を作らず、味方を増やすことが大事なのでしょう。

最後になりますが、私はこの文章を書きながらこんなことを考えました。
もし浜田国松が現代にいたら、どんな政治家になっていたのだろう?
田中角栄氏や小沢一郎氏のように地元への利益誘致に精を出したりはせず、現実には存在しない人参を目の前につるして国民を欺く民主党衆院選マニフェストで票を集めることもなかったでしょう。
(もっとも私に言わせれば、小沢一郎氏の意向が大きく働いたあのマニフェストを見て、理論的に不可能な空想上の人参だと見抜けない時点で良い人過ぎます)
http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2010-06-03
また「自衛隊は暴力装置」などと言い出すこともなかったはずです。「私がこれまで軍部を侮辱したことはない」という政治家としての言葉に、文字通り命をかけた人なのですから。
曾孫の私としては、浜田国松が日本国すべての国民を背後にした公職者として、東日本大震災で人々のために尽くした自衛隊に賛辞を贈ったと信じたいところです。ただし自由主義者で自分の信念に愚直な人なので、中国あたりに歯に衣着せぬ批判をして、やはり鼻つまみ者として孤立していたかもしれません。
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東日本大震災被災者への支援について [雑談]

まずはじめに、2ちゃんねるで見つけ、非常に感心した書き込みを紹介します。
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いま、俺たちにできること!!助け合い行動しよう!!
節電:関東・関西で徹底的に節電する。関西電力も電力支援を行う模様。
献血:震災直後は混雑する。ナマモノなのですぐに行かずに時期をずらして何度も行くこと。
電話:あまり被災地宛に電話をしない。災害伝言ダイヤル171等を活用して被災者に回線を空ける。
チェーンメール:回さない。ツイッターもいい加減なことをつぶやかない。
義援金:信頼できるところ(日本財団や新聞社、コンビニの募金箱、TSUTAYAポイントなど)に全力で突っ込む。
支援活動:被災地に爆音ヘリや爆音車両で近づかない。 ヘルプの声がかき消される。 また、無理に近づいて二次災害や交通マヒを引き起こさない。とくにマスコミ関係者と野次馬。(道路には規制がかかっている模様)
支援物資:物流が全く機能していないので無理に個別に送ろうとせず、自治体や企業等に依頼や相乗りすること。 新潟地震の教訓「いらないものは送らない」。仕分けにとんでもない手間がかかったそうです。
経済支援:東北産のものを優先的に購入する。
納税:落ち着いたらふるさと納税で支援。
啓発:企業などにメールをして訴える。飲料メーカーなら飲料を、おむつメーカーならおむつを、送ってくださるようお願いする。
啓発その2:東京以西の会社員は、みんなで上に支援を呼びかける。
外出:極力控える。 計画停電時は交差点に注意しよう。
マスコミ:不安を煽ったり、救助活動の邪魔をしない。公式の情報を信じる。
ボランティア:今は行きたくても控える。過去にもあった通り、パニックになるだけ。もし行くなら、トイレから食料まで自前で用意していくこと。
感謝:個人的感情は捨てて、支援してくれる国や人には素直に感謝をする。
冷静:パニックを起こさないよう、冷静沈着でいること。
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下手に被災地と連絡を取ったり、個人で支援活動をすることは、必ずしも被災地のためになりません。被災地と離れた私たちにできることは、これまでどおりの生活を営み、被災地を支える日本の経済活動を停滞させないことだと再認識しました。
ところで先のニュージーランドでの地震の際、瓦礫にはさまれながら冷静に現状をメールで送り、救援隊が来たときに足を切断することに同意した19歳の日本人男性がクローズアップされ、現地の消防隊は彼のことを「一番の英雄」だと言っていました。今回の東日本大震災でも、多くの被災者たちが秩序を乱さず、助け合いながらマナーを守る様子を、多くの外国メディアが驚嘆と感嘆の念を持って紹介していました。外国から見た日本は「礼儀正しく、勤勉で、秩序を守り、人々が助け合う国」なのだと思います。そして大変な境遇の中、そのイメージを改めて諸外国に見せつけた被災地の方たちは、自衛隊や諸外国の救援隊以上に「一番の英雄」だと言ってよいでしょう。その意味で、今回の地震が天罰だとか、日本人のアイデンティティーが我欲だとか言っていた某都知事の発言には違和感と憤りを感じました。おそらく発言の時期から考えて、自分の嫌いな減税日本が躍進したことに腹を立て、その怒りを間違って被災地にぶつけてしまったのだろうと思いますが、この人も耄碌したなと思いました。
外国旅行かぶれの私ですが、日本人として日本に生まれてきたことをとても誇りに思っています。

さあ、ここからは私が考えた被災地の人たちを助けるアイデアを2つ紹介します。
今、被災地の人たちは水や食料、毛布や電気、ガスを必要としています。そしてそこから離れたところに、それを届けたいと思う人たちがいます。ただし、支援したい人たちは単純に善意でそう思っていることが多いのですが、できることなら感謝をされた方がより嬉しいのです。想像してみてください。あなたがひょんなことから目のためにいた人の命を救い、その人から手を握られて「ありがとう」と言われたら嬉しくなりませんか? そう、人間は感謝されると幸せになるという本能を大なり小なり持っているのです。
支援したくてもできない人と、支援を待っている人。この両者がいるなら、被災地への支援を自衛隊だけに依存しなくてもビジネスになるじゃないですか。しかも支援した人に被災者からの感謝の言葉が届く仕組みを作れば、支援する意欲も倍増です。
具体的には被災地の各避難所から必要とする物品のリストを集います。そしてそれをネットで公開し、それらの物品を購入してくれる出資者(支援者)を集うのです。支援者たちの善意によってお金が貯まれば、業者はその物品を避難所に届けます。要は注文を受けてそれを配送する通信販売業者と本質的に変わりません。ただしこの場合、業者は支援者たちの具体的な出資リストと、被災地の人たちからの感謝の言葉をネットで公開しなければなりません。それをすることで支援者の側は自分の支援金が業者に中抜きされていないこと(ただし業者は通信販売としての通常の利益を手に入れます)と、被災地の人たちに感謝されたことが分かりますし、被災者たちは更なる支援のために、より一生懸命感謝の気持ちを綴ることでしょう。かつて阪神大震災のときは避難生活が長引くとそれに慣れ、だんだんとそれを当然と考えて過大な要求をする人が増えたそうですが、このシステムなら被災者たちは毎回支援のありがたさと正面から向きあうことになり、それが元の自立した生活を目指すモチベーションにもつながるでしょう。
先ほども書きましたが、被災地を支えるために日本の経済活動を停滞させないことは、我々の重要な責務です。ですから被災者支援をビジネスとすることに胡散臭さを感じる必要はまったくありません。

そしてもう一つのアイデアですが、それはずばりNHKドラマの「おしん」です。東北地方の寒村に生まれ育ち、さまざまな苦難を乗り越えて成長していった「おしん」の物語は、これまで多くの国で放映され、高い視聴率をとってきました。
今こそ "Don't give up Touhoku. Don't give up O-shin." (がんばれ、東北。がんばれ、おしん)と銘打ってあのドラマにもう一度脚光を浴びせ、日本や諸外国でコンテンツを販売した収益(の一部)を被災地に寄付するのはいかがでしょう?
NHKの中の人、検討してみてください。

(3月21日 追記)
ハルビン・長春旅行記にも書きましたが、「幸せ募金作戦」というのはどうでしょう?
日常の何気ない一コマで、ふとした幸せを感じた回数分、募金をするのです。幸せ1回あたりの募金額はそれぞれの懐具合で決めれば結構ですが、継続することが大事なのであまり負担に思わない程度の額にとどめておくことが肝心です。今日小さな幸せが3回あったなら、その分だけ募金をしましょう。自分が小さな幸せを見つけた回数だけ、被災地の人にもそれをお裾分けすれば、皆がハッピーです。自粛、やせ我慢で消費が冷え込むよりも、その方が良くないですか?
賛同いただける方は、2ちゃんねるやツイッターでこの作戦を広めてください。
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一番じゃなきゃダメですか? [雑談]

これは昨年、蓮舫議員が事業仕分けの時に言った有名な台詞です。科学立国の日本としては一番じゃなきゃ意味がない、二番煎じではダメだ、とノーベル賞受賞者までが言い出して、世論からも非難を浴びた言葉ですが、私はあえてこれに異を唱えます。
実は何番でも良いのです。その理由を説明しましょう。
皆さんはマザーコンピューターという言葉を聞いたことがありますか? 昔のSFに出てきた人間社会全体を管理する巨大コンピューターのことです。1946年、世界最初に作られたコンピューターはエニアックという名前で、幅24m、高さ2.5m、奥行き0.9m、総重量30トンと大掛かりな装置でした。と言っても、性能的には現在100円ショップで売っている電卓と同程度かそれ以下であり、シングルタスクしか行えない原始的なものでした。その後、コンピューターは真空管からトランジスタへ、トランジスタからICへ、ICはLSIへと進化を遂げました。それを見た昔の人たちは、いつの日か高性能で人間社会全体を管理し得る巨大コンピューターが完成すると思い、それをマザーコンピューターと呼んだのです。
でもそれは幻影でした。アメリカでは一箇所のマザーコンピューターにすべての制御機能が集中すると、敵国からそこを攻撃されたときに致命的なダメージを受けると考え、数多くの小規模コンピューターを繋ぎ合わせ、その機能を分散する「インターネット」と呼ばれる仕組みを開発しました。時代はひとつのマザーコンピューターから複数のCPUを繋ぎ合わせたネットワークへと移行したのです。
1989年、私はあることを考えていました。皆さんは「あ」という文字を見ながら、「あ」という音を頭の中で思い浮かべずにいることは出来ますか? 私は出来ませんでした。つまり人間の脳には、意識というメインCPUがあって、それに「あ」という文字を見たときに割り込みをかけるサブCPU、「い」という文字を見たときに割り込みをかけるサブCPU、好きな異性を見たときに割り込みをかけるサブCPUなどがあって、無数のCPUの複合体によって成り立っていると考えたのです。そしてこれこそが究極のコンピューターだと考えました。
現在はデュアルコアやクアッドコアのCPUが主流になり、マルチコアの時代へと移行しつつあります。20年前に私が考えたことは概ね間違いではなかったと思っているのですが、ひとつだけ間違いがあったことに気づきました。現在のCPUコアはその処理速度の上で光速がボトムネックになるほど高速化し、一つ一つのコアを高速化するためにプロセスサイズを細かくして情報の移動距離を短くする方向に向かっているのです。つまり一定のプロセスサイズである限り、おのずと限界の速度があるわけです。昔の私が考えた、高性能なメインCPUを数多くの低機能なCPUが取り囲むタイプではなく、同程度の性能のコアを出来るだけたくさん用意し、メインプログラムを実行するCPUはいかに多くの作業を他のCPUに外注するかがスピードアップの鍵になっているのです。
さあ、皆さんにも世界一のコンピューターの姿が分かってきたでしょうか? それは世界一高度な技術を要する高性能なシングルコアのCPUではなく、無数のCPUを繋ぎ合わせたものなのです。要は労働者を100人雇うより1000人雇ったほうが高性能という、予算が潤沢でバブリーな方が勝つという側面が強いのです。
そして現在、世界で一番速いコンピューターは中国にあります。これは技術力の差ではなく、世界一のコンピューターを作りたくて、よりたくさん予算をつぎ込んだという面子の勝負です。本質を軽んじ、面子を重んじることにおいて中国の右に出る国はありません。しかし実際にはその高性能なパソコンが実力の何%で稼動するかも重要な問題であり、この点で世界1位の中国製コンピューターは、世界2位のコンピューターに負けているのです(ただし残念ながら、現在の日本はこちらでも競争に遅れています)。日本はこの面子重視のバブリー競争に名乗りを上げるのではなく、実力の何%で稼動させるかという技術力でこそ世界一を目指すべきだと考えています。この基幹技術を押さえることができたら、より多くの労働者(CPU)をかき集めて全体の性能を上げる勝負で1位を目指すよりもよほど有益です。

一番じゃなきゃダメですか?
私はこの問いにあえて答えます。そこで一番である必要はありません。現在は長野県に住む個人が自作パソコンでπを5兆桁まで計算し、ギネスブックに載るくらい、パソコンの性能は高性能化しているのです。無駄な面子競争には巻き込まれないようにしましょう。

ところで話は変わりますが、私は今のところ、2月に釜山、3月にハルビンと長春、4月と5月にソウル、6月にパラオ、7月にスイス周遊、8月に台北、9月に成都、10月にマニラ、11月にカトマンズ、12月に釜山~ソウル周遊の旅行を予定しています。毎月海外旅行に行く予定ですが、7月と8月以外はマイルを使った特典航空券です。
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日本鬼子 [雑談]

中国人が反日デモをする際、日本人への蔑称である日本鬼子(りーべんぐいず)という語をよく使います。最近、日本のオタクの間ではそれを逆手にとり、日本鬼子(ひのもとおにこ)という萌えキャラを作ろうという動きがあるようです。日本鬼子とシュプレヒコールを上げる中国人を見た人たちがその言葉をググると、萌えキャラがたくさん出てくるという仕掛けです。ただその多くはイラストであり、ストーリーの提案はほとんどないようですので、僭越ながら私が作ってみました。


昔々、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが洗濯をしていると、川上からどんぶらこ、どんぶらこ、と桃が流れてきました。おばあさんがその桃を家に持って帰って割ると、中から元気な男の子が出てきました。
桃太郎と名づけられた男の子はやがて逞しく心優しい青年へと成長しました。剣の腕は日本一。そして動物たちと会話できる不思議な能力を持っていました。ある時、人々を苦しめる鬼の話を聞いた桃太郎は、その征伐に出かけます。動物たちにも助けを求め、サル、犬、キジの3匹を連れて鬼たちを退治しました。
その後、桃太郎は鬼たちの頭領の長女である美しい娘と恋に落ちて結婚し、村の少年たちに剣道を教える道場を開きました。そして自らを日本(ひのもと)桃太郎と名乗り、末永く幸せにすごしました。

そして時は流れ、数百年。
日本鬼子(ひのもとおにこ)は女子高に通う高校2年生である。父親は日本(ひのもと)流剣道の師範である日本栗太郎(ひのもとくりたろう)。厳しい父と優しい母、そして妹思いで大学生の兄・柿太郎(かきたろう)と4人で暮らす鬼子には、とある秘密があった。それは動物たちと会話できる不思議な能力を持っていること。そのためか高校の生物部で部長を務め、普段は眼鏡をかけて図書室で調べ物をするような少女だった。小学6年生までは父親から剣道を教わったものの、興味が持てず、いつしか道場から足が遠のいていた。
鬼子には幼少時の原体験があった。日本流剣道の筆頭弟子(と言っても鬼子の父より年上)でよく鬼子の遊び相手となってくれた千鶴外夫(せんかくそとお)と海へ遊びに行ったとき、沖合いでボートが沈み溺れている中国人の少年を千鶴が助けたことである。日本語を話せない少年は中国語で感謝の手紙を書き、千鶴に贈った。「多謝」と書かれた手紙を受け取った千鶴が少し照れながら「お嬢さん、心優しい女性になって下さい」と言ったのを、鬼子は今でも覚えている。
そんなある日、父・栗太郎が闇討ちにあい、右手を負傷する。それを見計らったかのように中国拳法の使い手で棍の達人である少年が道場破りに現れ、異種格闘技戦を申し込んだ。鬼子とさほど年齢も違わないその少年に、鬼子は見覚えがあった。昔、千鶴が救った少年だったのである。少年は自分が勝ったら一族が営む地上げ屋に道場を売り渡すことを要求した。試合は1ヵ月後。日本流剣道を罵倒する少年の挑発に乗ってしまった兄・柿太郎がその申し出を受けるが、翌日、兄も何者かによって闇討ちされ負傷してしまった。だが取り決めでは、日本(ひのもと)家の誰かが試合をしなければいけないことになっていた。
日本流剣道の看板に思い入れがあったわけではないが、このままでは思い出の詰まった家と道場を手放さないといけない。そう思った鬼子は自分が試合に出る決意をし、5年ぶりに道場に立った。練習相手は筆頭弟子の千鶴である。本気を出した鬼子はその天賦の才を発揮し、5年間の遅れを取り戻すかのようにみるみる上達していった。かつて鬼子の父と兄にも剣の指南をしたという千鶴は、その成長を心から喜んでいた。
試合前日、いつものように庭先で小鳥たちと話していた鬼子は、あの少年が父と兄を闇討ちする現場を近所の猫が目撃したことを知った。鬼子は思わず怒りで我を忘れ、険しい表情で道場に駆け戻って素振りを始めた。いつもとは違う鬼子の形相に道場生たちは言葉を失ったが、やがてそこに千鶴が現れて静かに語った。
「何か辛いことがありましたか? お嬢さんには心優しい日本一の剣道家と、その男性を愛した鬼の血が流れています。でも怒りに我を忘れて鬼の血を呼び覚ましてはいけません。日本流剣道の代表として恥ずかしくない試合をしてください。その結果試合に負けたとしても、私はお嬢さんを誇りに思いますよ」
そして試合当日。少年は鬼子の足元に痰を吐いて挑発してきたが、鬼子はそれに動じず冷静に試合を運んだ。だが少年の腕も然るものであり、なかなか勝機が見えない。その時、突然道場の入り口から一羽のキジが舞い込んで鬼子に話しかけた。
「鬼子、私の創った日本流剣道のためによく頑張ってくれた。ありがとう。お前に少しの間だけ私と妻の力を貸そう」
次の瞬間、急に少年の動きがスローに見えるようになった。これなら勝てる、そう思ったとき、鬼子の竹刀は少年の棍を振り払っていた。試合を見守っていた道場生たちが一斉に歓喜の声を上げた。少年はばつが悪そうに鬼子をにらみ、引き上げていった。
そしてその日以来、鬼子は動物たちと話すことができなくなった。きっとあの一瞬で能力を使い切ってしまったのだろう。でもその結果、自分が守りたいものを守れたのだから後悔はない。通学途中、そんなことを考えながら空を見上げた鬼子の顔に幸せそうな笑みがこぼれた。


日本人なら誰でも知るあの桃太郎の子孫で、メガネの似合う心優しいJK。でも鬼の血も流れる激情家で剣の達人。日本鬼子のキャラ設定と萌えの定石は守ったつもりです。かつて尖閣諸島の住人が難破した中国の漁船を助け、中華民国から感謝状を贈られたエピソードも何となく交えてみました。こんな設定の日本鬼子作品ができ、白人のオタクたちが日本鬼子のコスプレをするようになったら、中国人たちはどんな目でそれを見るのでしょう?
ちょっとそんなことを考えてしまいましたが、私としてはこれ以上深入りして目立つつもりはないので、このストーリーに対する著作権は放棄します。どなたか有志の方、hmdknsk@hotmail.comまでご一報いただき、作品化していただけければ幸いです。
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北朝鮮の砲撃事件について [雑談]

昨日、北朝鮮による砲撃事件がありました。韓国の怒りはもちろんですが、中国もこの件では別の意味で怒っているのではないかと思います。今日はその観点から話を進めていきます。
中国は(本質を軽んじて)面子を重んじる国です。これまでもオリンピックや万博、国際スポーツ大会の際には沿道に住む旧市街の住民に立ち退きを命じ、張りぼての高層ビルを建てて国の面子作りに腐心しました。トヨタ自動車も中国国内ではカムリのフロントグリルを他国とは違う押し出し感の強いものに変えて販売していますし、日本に来た中国人観光客は面子のために大量の大人買いをしていきます。
そんな中国が北朝鮮に対しこれまで数多くの経済援助を行い、外交面でも擁護してきました。援助物資を載せた鉄道が中国から北朝鮮国内に入っていくと、車両ごと接収されて戻ってこないことも多々あったようですが、中国は我慢強く北朝鮮への援助を続けてきました。もちろんこれは北朝鮮が崩壊して中国側に大量の難民が流れてくることを警戒しての行為ですが、6カ国協議再開に向けてキーマンとしての存在感を示し、面子を保つことも動機の一つでした。しかし今回の1件で中国も北朝鮮を制御できていないことが国際社会に明らかとなり、中国の面子はつぶれてしまいました。
中国人は優しいと弱いの区別がつかない国民性を持っています。強さは正義であり、歴史上も力のある者が政権を転覆して新しい国を作るのが常だったのですから、これは中国人のDNAに刷り込まれたものと言ってもよいでしょう。強い者には(表向きは)逆らわず、弱い者、譲歩する者に対しては容赦しないのが彼らの文化です。仙石官房長官率いる日本政府はその中国に対して柳腰外交を行い、その結果は裏目に出てしまいました。これは中国の国民性を考え、「柳のようなソフト路線」を同義語である「弱い」に置き換えれば理解しやすいと思います。柳腰外交=弱腰外交なのですから。
私はあの中国漁船の動画を最初から全世界に公開すべきだったと思っています。中国毒ギョウザ事件でも分かるように、日本と中国、どちらに非があるのかはっきりしないうちは強気に出てきますが、自国側に不利な証拠が出揃うと何となく事件を風化させてしまうのが中国なのです。私はあの映像が流出してから、(体外的な面子は相変わらず気にするものの)中国の強気一辺倒が少し変わったように感じています。
日本としても弱腰外交を全世界に印象付けた中国漁船事件ですが、中国としても強面国家として世界中に警戒心を抱かせ、お互いに利益を失うだけの結果となりました。中国もしばらくは大人しくして国際社会でのイメージ回復を図りたかったと思いますが、そんな矢先に自らが庇護する北朝鮮が砲撃事件を引き起こしてしまいました。現在、韓国では報復を含む強硬路線へと世論がシフトしつつあるようですし、今日の夕刊を読むと米韓の共同軍事演習(北朝鮮への挑発?)も決まったようです。中国にとっても今回の事件で北朝鮮を擁護する大儀はなく、かといって強硬路線に転じて北朝鮮に崩壊されても困るのが本音ではないでしょうか?
金正日氏の長男・正男氏は「北朝鮮はもうじき崩壊する。私は戻らない」と周りの人に言っていたそうですが、これは賢明な判断だったと思います。今回の事件ではロシアも北朝鮮を(名指しこそしないものの)非難していますし、中国もこれ以上北朝鮮をかばって援助を続けることは難しくなるでしょう。北朝鮮の人民は飢え、軍部が破れかぶれの行動を起こすリスクも出てきました。
かつて各国の最高指導者の演説を分析して、その知能指数をはじき出すという研究をした人がいました。最下位は当時アメリカ大統領だったブッシュJr、そしてトップは金正日将軍でした。ギリギリの火遊びをしながら自分は火傷しないですむ限界を見極め、相手から譲歩を引き出す「手腕」が評価された形ですが、今回の事件は金正日将軍の主導にしては度を過ぎたというか、火傷しないで済む限界を読み誤った感があります。金正雲氏が業績作りのために無茶をやりすぎたか、軍指導部が暴走したか、いずれかの可能性が高そうです。
さて、ここで皆さんに質問です。北朝鮮が今後更に暴走した場合、いち早く平壌に攻め込んで制圧するのは米韓連合か、はたまた中国か、どちらでしょう?
北朝鮮を庇護する中国が北朝鮮に攻め込むなど、一見突拍子もないと思われるでしょう。しかし私が中国の最高指導者だったら、北朝鮮が韓国と併合してアメリカ軍が自国の国境付近に来ることだけは何としても避けたいと思います。それよりはこれまで庇護してきた国の寝首をかく形で最後の最後に攻め込んで制圧し、風通しの良い属国にする方が良いでしょう。これまでの歴史でも朝鮮半島は強国間の緩衝帯としての役割を果たして来たことがありましたし、中国としてはそれを望むでしょう。実利を押さえた上で、難民対策として中朝の国境警備は厳しくし、日米韓に復興のための経済援助だけさせれば、中国にとってのベストな結果ではないでしょうか? その場合、日本や韓国は経済援助の美名の下、良いようにむしりとられるでしょう。中国はそのしたたかさを持った国ですし、北朝鮮が暴走した際にそれを中国がいち早く制圧したとして文句を言える国がこの地球上にあるでしょうか? 一方のアメリカは北朝鮮の軍事拠点をピンポイントで叩く能力はぴか一ですが、白兵戦で攻め込み制圧することはイラクやアフガニスタンで懲りていると思います。
私としては今回の砲撃事件を受け、北朝鮮が中国の属国となる可能性が頭に浮かんでしまった次第です。韓国の泣き寝入りで有耶無耶になる可能性の方が高いとは思いますが・・・。来月はソウル旅行の予定なので、今後も情勢を注視していきたいと思います。

11月30日追記
ウィキリークスによると、中国は緩衝国としての北朝鮮の存在意義を否定しているようですね。これを直ちに真に受けるわけにも行きませんが、北朝鮮が韓国に飲み込まれた場合はぜひ平壌にも行ってみたいものです。
来月のソウル旅行ですが、現状では安全かな?と思っています。国境付近での局地戦はあったとしても、ソウルを攻撃することは平壌への報復攻撃を覚悟することですから、金親子も軍部もそこまでの決意はないだろうと想像しています。万が一破れかぶれの首都攻撃を行うなら、私が北朝鮮の指導者だったらソウルではなく東京を標的にします。その方が報復攻撃は軽く済みそうですから。
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小沢一郎氏の立候補について [雑談]

今回は、今後の日本の政治・経済に対する私の妄想を書き綴った駄文です。興味のない方はスルーしてください。
本日、小沢一郎氏が民主党の代表戦への出馬意向を明らかにしました。世論調査ではおよそ8割以上の人が、小沢氏が総理になることに反対しており、今回の代表戦では国会議員票の他に一般の党員による投票もあるため、普通に考えれば小沢氏に勝ち目は薄そうです。しかし寝技に長けた政治家なので、それも分かった上で勝てる自信があっての立候補なのでしょう。今後1~2週間の間に管総理のスキャンダルがマスコミに流れるかもしれませんし、諸々の事態も含めて、小沢氏が来月総理になる可能性が6割以上と考えています。
検察審査会による再審査も控えていますが、直前になって審査委員が突然死して、メンバーチェンジなんてことになったら怖いですね。「小沢一郎 不審死」でぐぐると、そのあたりの都市伝説がたくさん出てきます。いずれにせよ小沢氏が総理になってしまえば、法務大臣に命令して検察官の首をすげ替えることもできますし、最終的に何とか乗り切るでしょう。
そして小沢総理が誕生した暁には、今回の代表戦で支持をとりつけた鳩山元総理が幹事長になる可能性があります。政治と金の問題で失脚した総理と幹事長が、数ヵ月後に入れ替わって再登板。あまり笑えませんが・・・。
小沢氏が今回の代表戦に出馬するに当たり、大儀が必要となります。挙党一致と言えば聞こえは良いですが、要は自分がのけ者にされそうだから立候補したというだけの話であり、それでは大儀と呼ぶには弱いですよね。だから昨年の民主党マニフェスト原理主義者として、それを忠実に再現することをもう一つの大儀に掲げるでしょう。消費税アップの封印、子供手当ては26000円支給、高速道路無料化など、国の財政を傾ける政策が目白押しです。小沢氏に歯向かう業界団体への予算を多少削減したところで、これでは国家財政が持ちません。(先の参議院選挙でも、某選挙区が小沢氏による候補擁立方針に反対したところ、交付金支給をされないということがあったそうです)
話は変わりますが、現在日本国民の多くが直接的・間接的に国債を買っています。銀行に預けた預金は本来なら事業者に貸し出されるのですが、先行き不安な日本人は金を使わずに溜め込み、新規事業は縮小し、その結果預金者から預かったお金を貸し出す先が減っています。この銀行内部に余ったお金で国債を購入しているのです。現在は国民の資産が国と地方の借金額を上回っているため、国債が売れ残ることはありませんが、あと3~5年で両者が逆転すると言われています。また日銀が国債の一部を買い取っていますが、日銀による国債買い取り額は日本銀行券(紙幣)の発行額を上回ってはいけないという決まりがあり、これもこのままでは3~5年後に上回ってしまうそうです。つまりあと3~5年で新規に国債を発行してもそれが売れ残り、日本は財政破綻する可能性が高いのです。最近になって中国マネーが日本の短期国債(1年もの)を買うようになりましたが、それもいよいよ財政破綻間近となれば潮を引くように撤収するでしょう。この状況下でマニフェスト原理主義でバラマキ型の小沢一郎内閣が誕生することは、日本の財政破綻が間近に迫ることを意味します。
では財政破綻したら何が起こるのかと言うと、「ネバダ・レポート」でぐぐってみてください。公務員の3割を退職金なしでリストラし、年金の3割カット、銀行預金のペイオフ、預金税30~40%、固定資産税(公示価格の5%)、消費税20%など、阿鼻叫喚の生活負担増が待ち構えています。しかもIMFのバックにはアメリカが控えているのですから、日本の公的医療保険を解体し、アメリカの医療保険会社が参入する可能性もあります。貧乏人は病院にかかれなくなるかもしれません。もっともそのときに民主党政権のままだったら、アメリカではなく中国に泣き付いて国債購入をお願いする可能性もあります。この場合は徐々に中国の属国状態になり、これ以上は想像したくありません。
日本の財政が破綻した場合、円相場は普通に考えれば円安にふれそうです。しかしネバダレポートを見る限り、国民の預金の一部を取り上げるわけですから、日本国内で流通する日本円の総額が減少しそうです。そうなると日本の資産、日本の技術をより少ない日本円で購入できることになり、円高が進むという前代未聞のできごとが起こりえます。通常の財政破綻国家は外国に対して借金まみれになっているのですが、日本は外国に金を貸したまま破綻することになり(日本は中国に次ぐ世界第2位のアメリカ国債保有国ですが、それを売り払うことはアメリカに喧嘩を売ることになります)、日本の国と地方自治体の借金を日本人が肩代わりするだけなので、対外的に日本の信頼度が大きく低下するとも限らず、日本売りをあびせる必然はありません。かつて麻生元総理がリーマンショックで円の独歩高になった際、「自国の通貨高になって破綻した国家はない」と言っていましたが、破綻して通貨高になる第一号になるかもしれません。
こうしたことを踏まえ、各人が資産保護と生活基盤の維持に向けた準備をしておく必要があります。10年以上前に財政破綻してIMF管理下に入った韓国では、経済環境の変化に適応できた富裕層と適応できなかった貧困層の間で貧富の差が拡大し、若者の就職難が慢性的に続いています。ソウル旅行記(http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2010-08-15)で紹介したデモも、若者が中心でした。
私も政治・経済の素人なりに、ない知恵を絞って対策をとりたいと思います。以上、お粗末さまでした。
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鳩山総理の辞職について [雑談]

一度削除した内容ですが、再度アップします。

鳩山総理が辞職しました。
昨年の衆議院選挙時のマニフェストを見れば、その時からこうなることは分かっていたのですが、ようやくと言う感じです。あのマニフェストは実務能力がないか嘘つきでなければ決して言い出さない内容でした。
経済は無から有を生み出すことがありますが、基本的に政治はゼロサムゲームです。どこかを立てればどこかにしわ寄せが行く、その利権や財源の再分配ゲームでしかありません。
たとえばガソリン税減税と高速道路無料化。聞こえはよいですが、これを行えば、税収減、高速道路の渋滞による物流の停滞、代替輸送手段の衰退、二酸化炭素排出の増大が起こります。つまりこの政策を唱える以上、他の増税や二酸化炭素排出の増大を許容せざるをえないのですが、民主党は同時に二酸化炭素排出を削減するとも言っていました。これは常識で考えてもありえません。もしガソリン税減税、高速道路無料化、二酸化炭素排出の削減のすべてを実現するなら、工場操業の強制停止、住宅での冷暖房禁止令など他の部分にさらにしわ寄せをする必要があります。
沖縄県外への基地移設と核廃絶も残念ながら相反する政策です。沖縄県外に基地を移設してアメリカと気まずくなるかわりに日本が自前で核武装を含む軍拡を行うか、辺野古への移設を飲むか、無防備で丸裸の国家となって近隣諸国相手にどんどん国益を奪われていくか、その3つしか選択肢はありませんでした。沖縄から基地がなくなり、日本が丸裸のまま中国、韓国、北朝鮮と渡り合うことは現実的には不可能です。少なくとも私は中国や韓国、北朝鮮の良心を100%信じるほどお花畑ではありません。
政治の場で、あれもこれもと相反する事項を同時に望むことは単なる無責任です。そのようなことを政治家が言い出すのは、よほど実務能力がないか嘘つきかのどちらかです。なぜあのマニフェストに多くの国民が期待したのか、私にはいまだに理解できませんが、鳩山政権があれもこれもと欲張って結局竜頭蛇尾に終わることは、実はあのマニフェストに暗示されていたと思っています。
子供手当にしてもそうです。あの政策のために将来自分や自分の子供にどれだけのしわ寄せが行くのかを考えたら、私はとても暗澹たる気持ちになりました。
極端な話をしましょう。仮に私が国民全員に1億円ずつ配るというマニフェストを作ったとします。昨年の衆議院選挙で民主党に投票した人たちが喜んで私に投票してくれ、私は総理大臣になりました。私は1億円×日本の人口1億3000万人分の紙幣を刷らせてばら撒くのですが、そんなことをしたらどうなるでしょう? 極端なインフレが起こり、日本円が紙屑同然になります。日本円の信用がなくなるわけですから、現在流通する日本円のほぼすべてを使用禁止にして、その分国民全員にわずかな給付金を渡すようなものです。所詮はゼロサムゲーム、下手をしたらマイナスになるだけであり、国民全員に1億円をばら撒けば国民全員が豊かになるわけではありません。
昨年の総選挙で民主党のマニフェストを見てどんな副次的作用が起こるか考えたとき、そして相反する政策双方を実現するという演説を聴いたとき、民主党には実務能力がないか、嘘つきなのか、どちらかなのだろうと思いました。
あの口当たりのいいマニフェストを聞いて、私が思い出したのはインドや中東アラブ圏の物売りです。「お客さん、これ、とっても良い、安い、安い、ノープロブレム」と言いよる物売りを信用したら、案の定(ry
私は「明日のために今日我慢しよう」「消費税を上げよう」と口に苦い良薬のようなマニフェストを掲げてくれる政党を心待ちにしています。
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バンコクの暴動について [雑談]

先日、楽天トラベルでバンコク5つ星ホテル、ポイント10倍キャンペーンを見つけました。
http://travel.rakuten.co.jp/kaigai/special/bestprice/thai/
値段も昨今の相場から考えるとかなりお得ではありますが、デモ隊の占拠地域やその傍でキナ臭くて実弾が飛んできそうな場所のホテルが多い印象です。
観光客が逃げてしまい、叩き売りせざるを得なくなっているのでしょうか?
そこで今回は、タイの政情について私の知る範囲で簡単にまとめます。

かつてタイ以西はイギリスが、タイ以東はフランスが植民地としており、その中で唯一独立国家としての歴史を保ち続けたのがこの国です。もともとチャオプラヤ川の向かいに首都があったのですが、現王室の初代国王が即位するに当たり、川向かいのオリーブ村(タイ語でバーン・コック)に遷都しました。タイでの正式名称はクルンテープ(天使の都)と言います。
以来王室は国民の尊敬を受け、これまでどんなに政情不安になっても国王が両者を呼び出して仲裁することで内戦に至ることなく済んできました。
そのような事情もあって、私はこの春まではデモや暴動が起きてもあまり心配していなかったのですが、2度の大きな衝突でそれぞれ10人以上の使者を出すにあたり、さすがに見通しを変えざるを得なくなりました。

もともとバンコクは日本で言う東京のような位置づけで(当たり前ですね)、高学歴・高所得の人たちの比率が地方よりも多く、その人たちが中心となって政治を動かしてきました。
ここではこの人たちを黄シャツ派と呼びます。
しかし何年か前にタクシン首相という人物が現れ、貧困層に手厚い政策を行いました。この頃に救急医療もタダ同然にしたため、疲弊した医師たちが逃げ出してバンコクの救急医療が崩壊したという話を聞いたことがありますが、裏づけは取れていません。
貧しい人の多い東北部を中心に絶大な支持を集めましたが、多額の不正蓄財をした疑いが持たれ、軍部のクーデターによって失脚しました。ここでは東北部の貧困層を赤シャツ派と呼びます。以前空港を占拠したのは黄シャツ派、現在都心部を占拠しているのは赤シャツ派です。
クーデター後の軍事政権を経て行われた選挙ではタクシン派(赤シャツ派)が勝ちました。そしてタクシン派の首相が誕生しましたが、首相就任前から出演していた料理番組に出演を続けたため、日本でいう公務員のアルバイト禁止規約にひっかかり、選挙管理委員会か他の監査機関かの命令で失脚します。その次もタクシン派の首相になりますが、それに反対する黄シャツ派が空港を占拠した際、同じ監査機関によって、与党議員の一人が選挙違反をしたことを理由に、与党そのものが解散させられてしまいました。こうして選挙で国民の多くから信を受けた政党がなくなり、選挙では少数派であったはずの反タクシン派アビシット首相が誕生しました。
現在の赤シャツ派は、正当な選挙を経て選ばれた首相ではないから早く解散総選挙をするべきだとの主張で今回のデモを始めました。最初は温厚なデモを行っていましたが、放送局占拠などの暴挙に出るようになり、アビシット首相が軍部に強制排除を命じました。そしてその時の(1回目の)衝突で日本人カメラマンが亡くなりました。
今回の(2回目の)衝突は赤シャツ派支配地域(サイアムスクエア、ルンピニ公園、シーロム通りを含む都心部)を兵糧攻めにするのが目的ですが、陸路で東北部からやってくる赤シャツ派の援軍が支配地域の北部に集結し、そちらも準支配地域になりつつあるようです。
支配地域では軍部が実弾の使用を明言しており、この流れ弾が1キロくらい先まで飛び、そこで通行人に当たって殺傷する危険もあるため、十分注意が必要です。
私は7月にタイ航空でバンコクに立ち寄り、その後北欧に行く予定ですが、現状を見極めて安全な空港近くのホテル、もしくは空港内に引きこもる方向で考えています。

追伸
タイは「微笑みの国」と言われますが、個人的にはバンコクの人たちは少しツンケンした印象を受けます。個人的には隣国カンボジアのほうが「微笑みの国」にふさわしいのではないかと思っています。
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昨今の医療崩壊について [雑談]

最初、「高崎・水戸旅行記」の一部として公開した文章です。
一般の方にはどちらかと言えば面白くない内容でしょうが、故あって単体で公開してみることにしました。私の知る海外の医療事情については「旅行医学」の項をご覧下さい。
http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2009-12-16-1


私見としてはやはり日本の患者さんは非常に恵まれていると思います。
世界各国の医療事情を知れば「安くて良質な日本の医療は世界一ィィィ」ということになるのですが、まだまだ日本にはそれに飽き足らない人たちが大勢います。
最近、救急車の受け入れ先が決まらない事例がしばしばニュースで取り上げられますが、私はその原因が患者サイドの過度な要求にあると思っています。昭和の時代なら専門外の患者でもとりあえず受け入れ、その医療施設なりにやるべきことをやったけど助からなかった場合、家族が医師に「ありがとうございました」と涙ながらにお礼を言ってそれで終わりでした。しかし近年はそのような場合「十分な医療体制がないのに受け入れて、他の医療機関でもっと良い医療行為を受ける機会を奪った」と言い出す人が現れ、裁判でもそのようなケースで病院側に賠償金支払いを命じる判決が出るようになりました。この結果、医師は以前なら受けていた専門外の患者を断らなければいけない土壌ができたのです。
「救急患者をすべて受け入れろ」と「受け入れた患者に最高の医療をしろ」は現状のままでは両立しませんし、もしそれを求めるなら今より遥かに多くの医療スタッフや設備を育成、配備するために国民が支払う健康保険料と自費負担分を何倍にも値上げする必要があります。
「今以上に何かを求めるなら、その代わり別の何かを諦めないといけない」
それを理解せず、自分の負担はそのままで医療者により多くを求める人が増えたのが「医療崩壊」の一因だと思っています。先日も救急車の受け入れ先が見つからず亡くなった方の旦那さんが「こんな過ちを繰り返してはいけない」とコメントしていましたが、これを医療者側だけの過ちだと決めつける以上、決して状況は改善しないでしょう。
一時期はマスコミでも「たらい回し」と呼んで、かなり医者を叩いていましたね。これを真に受けた人たちが更に厳しい目を向けるようになり、医師は更に自分の専門外を断らなければいけなくなり・・・。
医療崩壊は医師を叩けば叩くほど進行します。私はこの現状が童話「太陽と北風」の北風に似ている気がします。旅人が着ているコートを北風が力ずくで吹き飛ばそうとした結果、寒さのあまり旅人はますますコートをしっかりと着込んでしまうのです。太陽が暖かく照らせば、暑くなった旅人はコートを脱ぐのですけどね。
今の日本には、まだまだ力ずくで旅人のコートをはぎ取ろうとする人たちが大勢いる気がします。
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日中比較論 [雑談]

私はこれまでに17回、中国に旅行しました。今回は、中国と言う国を見て肌で感じた私なりの日中比較論をご紹介したいと思います。旅行と言うよりは政治・思想という色合いが強いかもしれません。興味のない方はスルーしてください。

 元々日本は徳川幕府、大日本帝国の時代を経て、主君のため、国のために尽くすことを是とする国民性が醸造されてきました。滅私と言う言葉もあり、良くも悪くも全体主義的であり、その中で一致団結した強さを発揮するのが日本という国でした。その意味で、会社という組織に尽くす終身雇用制は日本人に非常になじんでいたと思います。
 対する中国は個人主義で我が侭。「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉があり、役人が自分に都合の良い政策を打ち出せば、庶民がそれに対する対策を打ち出す、いわば各個人が好き勝手にふるまうのが中国流です。「自分さえ良ければそれで良い」という国民性の国家に共産主義という概念を持ち込んだため、自分のためにならない(国全体のための)努力をする人はほとんどいなくなり、建国後長い間、足踏みをして来ました。それが政策の変換によって「先に豊かになれるものから豊かになろう」という資本主義の社会にかわり、人民が自分のためだけの努力をするようになり、この10年ちょっとの間に目覚しく経済が発展したのはご存知のとおりです。
 ただ、経済大国となった現在も「信用できない国」という印象は変わりません。学級委員ではなく、自分勝手なガキ大将というイメージです。中国では、どこにでもすぐタンを吐く、行列は1列ではなくて同心円状に並ぶ、割り込む、と言う風景が当たり前です。人民の大多数は民度が低く、日本や欧米に留学する知的階層の中国人の中には、大多数の中国人を自分と同じ国民だと思ってほしくないと考える人もいます。
 そのような国ですので、食品や医薬品は毒入りだろうが何だろうが売れれば良いという考えがまかり通っています。食品工場で働く中国人は自社製品を食べないと聞いたことがあります。中国人は自国の医薬品を信用していないので、日本に来ると薬局に立ち寄り、日本製の医薬品をお土産として山のように買って帰ります。ですが大事な客人を丁寧にもてなすという文化も併せ持っているため、高級レストランに行けば安全で信頼できる料理を食べることもできます。もっとも「大事な客人」とみなされなければその限りではありませんが…
 このような国民性をもつ中国ですが、私は最近こう感じています。中国は急速に日本のような豊かな国になりつつあり、日本は急速に中国のような民度の低い国になりつつある、と。いわば中国の日本化、日本の中国化です。

 話は変わりますが、世界中どこの国にも富豪と呼ばれる人たちがいます。現在ロシアで富豪とされる人たちは主に40代です。20年ほど前にソ連が崩壊するまでは彼らもごく平凡な庶民だったのですが、それがわずかな間にどうして富豪になったか、みなさんはご存知ですか?
 ソ連崩壊時、ロシアは旧国有企業の株券を発行して国民に配りました。しかし社会主義に慣れ親しんだ人たちにとって、それは意味の分からない紙切れに過ぎませんでした。その中でいち早く株式の理屈、資本主義社会の仕組みを理解した一部の人たちが、その日の自分の食料と他人が持つ株券を交換したのです。多くの人が目先の食料にとびついたため、彼らは短期間にして多くの株式を集めることができました。こうして瞬く間に大株主となった彼らは、富豪への道をひた走りました。
 私はこのブログの最初に、給与所得者がその収入を増やすためには朝から晩まで一生懸命働いてはいけないと書きました。それは(将来の所得を増やすために今何をすべきかという)長期ビジョンのない、思慮の浅い人間の行為だからです。もし彼らがロシアに生まれていたら、今日の食事と引き換えに喜んで手持ちの株を手放したことでしょう。とても近視眼的な行為ですが、残念ながら昔から日本では(特に低所得層で)長期ビジョンや自立心のない人が多く、最近ますます増えてきたように思います。
 小泉改革、市場原理主義によって良くも悪くも一部社会主義的であった日本が競争社会にひた走り、取り残された人たちには今日のことを考えるのが精いっぱいになったという事情は分かります。特に不幸であったのは、日本は地勢的に中国ととても近かったと言うことです。国境の垣根を越えた国際市場に放り出された日本では、これまで日本人労働者が行ってきた単純作業を、はるかに労働単価の安い中国へと移譲することが容易でした。その結果、単純労働者の雇用情勢はますます厳しいなり、今日の自分のことしか考えられない人、将来のことを考えず目先のバラまきをしてくれる政党を支持する人が更に増え、その時流に乗って政権交代が起こりました。
ですがよく考えてみてください。政治とは所詮、予算をどこのどのように配分するかの調整役でしかないのです。ある政党が自分にとって好都合な政策を実行してくれたら、その分誰かにとっては不都合なのです。ある政党が政権をとったら、誰も痛い思いをせず、国民全体にばら撒く予算がどこから沸き出てくる訳ではありません。日本にはそれをわかっていない人(もしくは確信犯)が多く、皆が好き勝手に予算にたかり、票がほしい政治家はそれに応え、その結果世界でも類を見ないほど国債発行比率の高い国となりました。団塊以上の世代は自分たちが得をするためのツケを後世にまわし、その結果、現在日本人の富の多くは60代以降に集中しています。そしてその世代が貪欲にも、自分たちが日本の高度成長を支えたのに冷遇されていると主張しています。私はこれだけの好条件下にあって現在生活に困窮している高齢者には自己責任(何も考えず朝から晩まで一生懸命働いてきたのでは?)という言葉しか浮かびませんし、追い詰められた若い世代の貧困層はますます自分のことしか考えられなくなり、日本人全体の民度が中国化していると感じるのです。将来、日本製品を安心して買えない日が来るかもしれません。

かつて田中角栄という政治家がいました。私はこの人のことを天才だと思っています。彼の選挙での第一声は「日本アルプスを削って雪雲が太平洋側に抜けるようにし、新潟を雪の降らない国にしましょう。余った土砂で日本海に埋め立て地を作り、新潟をもっと豊かな地域にしましょう」という趣旨のものでした。土建政治家、地元への利益誘致型の典型的な自民党政治家の走りとも言うべき彼の個性が端的に現れた演説ですが、そのあまりにも突拍子のない夢物語に共感する人々が彼に投票したのです。現在でも日本は、GNPに占める公共事業の比率は世界トップクラス、医療費の比率は世界最低クラスですが、そこには田中角栄という人物、そして自民党政権が大きく関わっていたと思います。そして現在の医療崩壊は、今の高齢者層が多くの公共事業を望む傍らで知らない間に切り捨ててきたものが顕在化しただけだと思っています。介護難民、リハビリ難民という言葉を耳にしますが、かつて選挙で低医療費政策を(知らず知らずに)選択した高齢者世代が文句を言うのは筋違いだと思うのは私だけでしょうか?
ともあれ、田中角栄という人物は人心をつかみ、利益誘致をする天才でした。官僚を使うのも上手で、「私は小学校しか出ていないからこんな難しい表現は分からない」と言って、官僚のプライドをくすぐりながら一般の国民にも分かりやすい表現の答弁書を用意させたそうです。そしてその天才の所業を間近で学びとったのが、現在の小沢幹事長です。彼について述べる前に2つのエピソードを紹介しましょう。
一つ目はサダム・フセインがイラク大統領に就任したときのこと。最初の演説で自分に協力してくれた議員を褒め称える一方で、敵対派の議員を1人ずつ名指しすると、警察が彼らを連れ出して行き、二度と戻ってきませんでした。残された人たちはただただ硬直してフセイン大統領の演説に拍手を送るしかありませんでした。
二つ目はアドルフ・ヒットラーの言葉。
・大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい。とりわけそれが何度も繰り返されたならば。
・青少年に判断力や批判力を与える必要は無い。娯楽と競争意識だけを与えればよいのだ。青少年から思考力を奪い、指導者の命令に対する服従心だけを植え付けるべきだ。国家や社会や指導者を批判する者に対して動物的な憎悪を抱かせるようにせよ。少数派や異端者は悪だ、と思い込ませよ
いずれも独裁者の姿を端的に現しています。
民主党幹事長に就任した小沢氏は、党に関するほぼすべての権限を手に入れました。選挙での公認も彼の意向が大きく働き、小沢氏に嫌われると公認から外されるという恐怖を感じた議員たちは、ただただ硬直して彼の演説に拍手を送るしかありません。
これまで医療費の改定は、医科と歯科で同水準の増減を繰り返すのが通例でした。しかし政権交代後に民主党詣でをした日本歯科医師会と、それをしなかった日本医師会の差なのかは分かりませんが、小沢氏から鳩山首相に「国民の要望」として提出された中には医療崩壊を防ぐための医療費増額(特に歯科)とされており、実際にこの4月からの医療費改定では医科よりも歯科の増加率が高くなっています。その他の業界でも民主党詣でをしなかったところは冷遇され、与党議員との面談も叶わず、民主党に擦り寄らざるを得ない圧力をかけられている状況です。
雑用は表の顔である鳩山首相にすべて任せ、すべての権限が小沢氏に集中している現状で、私の目には小沢氏こそファッショの最たるものと映るのですが、小沢氏自身は「検察ファッショと戦う国民目線の議員」というイメージを国民に与えようとして、壮大な嘘を何度も繰り返しているように見えます。さすがに世論調査でも多くの反感を買い、任意聴取に応じる姿勢を示したようですが。
私は、自分のことを考えるだけで精一杯になった現在の日本に、フセインやヒトラーのエピソードを連想させる国会議員がいることに正直なところ不安を感じます。これが私の杞憂であれば良いのですが。
日本が中国のように言論の自由のない一党独裁国家にならないことを切に祈っております。

ところで先日、瀋陽旅行記で朝鮮中央放送についてご紹介しました。北朝鮮では、一部の知的階級層を除いた多くの国民は、今でも金正日将軍のことを優れた指導者だと思っています。テレビを見ても、新聞を見ても、金正日将軍の業績を褒め称える内容に満ち溢れているのですから当然です。
ここで質問です。あなたがもし北朝鮮に生まれていたら、あなたは金正日将軍のことをどう思っていたでしょうか?
普段テレビニュースや新聞を見て何の考察もなしにそれを真に受ける人たちは、間違いなく心の底から「金正日将軍、マンセー」と叫んでいたことでしょう。テレビニュースや新聞を作る人の立場になって、彼らがどんな情報を伝えたがり、どんな情報を隠したがっているのかを考えられる人だけが、「ひょっとして金正日という独裁者がいるからこの国は貧しいのでは?」と考えられる人です。もちろん(このブログを含め)インターネット上で個人が開示した文章は、テレビニュースや新聞以上に嘘に満ち溢れています。2チャンネルの開設者、ひろゆき氏が「嘘を嘘であると見抜けない人にはインターネットを使いこなすことは難しい」と言っていましたが、その慧眼に私はただ感服するばかりです。私も以前「情報は金なり」と書きましたが、正しい情報とは簡単に入手できない、あるいは考えに考え抜いて自分で気づくしかないからこそ、大きな価値を生み出すのです。

中国の将来ですが、中国人にとっては明るいものになると予測しています。中国人の我が侭に対して強く抗議できる国もなく、世界最大の強国となるでしょう。人口面ではインドも中国と並ぶ大国ですが、残念ながらインド人の低所得層は中国人以上に信用できないのです。英語のできる優秀なプログラマー、SEを輩出する貧しい途上国という現状からの脱却は容易ではないと思います。
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成田離婚はなぜ起こる? [雑談]

製薬会社には医師に医薬品情報を提供する職種であるMRと呼ばれる人たちがいます。医局前に各社MRが並び、白衣を着てその前を通と「お疲れ様です」と会釈されるため、学生の頃は慣れずにとまどったものです。このMRという職業、医師の機嫌を伺いながら自社製品を売り込むのが仕事であるため、担当のMRが交代する場合には、後任者に対して医師の趣味、嗜好、治療に対する考え方などが申し送りされているようです。もちろん私の場合は「旅行好き」と申し送りされているようであり、
「私も旅行が好きなんですよ」(その人が最後に海外旅行に出かけたのは10年前)、
「年末年始はどこに行かれたんですか?」(私は年末年始のようなハイシーズンには旅行に行きません)
とMRから話を振られることがあります。
向こうは彼らなりに話の糸口を見つけたいのでしょうが、私の方は返答しにくい話題を突然振られると、その日そのMRとは話す元気がなくなったりします。旅行の話であれば何でも盛り上がれるわけではありません。
そんなときに感じるのですが、旅行とはかなり各個人の嗜好、ポリシーによってスタイルが変わるものなのです。この世の中に正しい海外旅行、間違った海外旅行という万人共通の答えはなく、100人いれば100タイプの旅行があるのだと思います。
私のスタイルは、年1回の大型旅行を除けば3~4日間の短期ばかりであり、綿密に下調べして世界遺産、文化、風習、国民性、食事、ホテルなどを観察してくるものです。同じ内容ならできるだけ安く切り詰めるため、航空券入手に各種ノウハウを駆使したり、公共交通機関を使ったり、英語ガイドのツアーに参加したり、いわば情報戦を楽しむタイプであり、現地にはその情報を確認しに行くだけと言っても良いかもしれません。
ですから同じ旅行好きと言っても、バックパッカーや、パックツアー専門で現地ガイドがいないと一歩も動けない人には、あまり親近感が湧きません。どちらかというと、自分とは趣味や生き方が異なる別世界の人たちと言う認識です。
周りの人からお勧めの旅行プランを聞かれることがありますが、私のお気に入りは必ずしも相手にとってのお勧めではないので、予算、嗜好、旅行スタイルなどを聞かないと答えられません。逆にそれが分かっていれば、いくつかのプランがすぐに頭の中で組み立てられるのですけどね。
患者さんから症状を聞いて、確認すべき他の症状、鑑別疾患、必要な検査などをすぐに頭の中で組み立てるというのが私の仕事ですから、相手の予算、嗜好、旅行スタイルを聞いてそれにあったプランをすぐに組み立てるというのは、普段の作業ととてもよく似ています。どちらも頭の中でできるだけ沢山用意した選択肢に検索をかけて絞り込んでいく作業なのです。
と、ここまで個人によって旅行の嗜好には色々と差があることを話しました。そんなわけで私は成田離婚という言葉には、(離婚経験者ではありませんが)何となく頷くものがあります。
知人と旅行に出かけても、そこには同床異夢の世界が待っています。あまりプランを決めずに個人旅行に出かけると、現地での観光などで意見が分かれることはよくあります。たいていはお互いに強いこだわりがなければ譲歩し合って何とかなるのですが、ここで疲労が加わり、言葉や風習の違いから来るトラブルに巻き込まれたりすると、どうしてもケンカになりやすくなります。
普段日常生活で一緒にいる分には仲が良かった男女が結婚し、新婚旅行に出かけた先で摩擦を起こし、成田に帰国した途端に離婚を決める「成田離婚」という言葉が流行ったのはもう何十年も前。でも、これは人によって旅行の嗜好が違うという普遍の真理を端的に表しただと思っています。
この成田離婚を避けるためには、全てお任せでガイド付きの団体パック旅行がお勧めです。現地でトラブルや嗜好の違いを気にせず、純粋に旅行だけを楽しめますし、周りの人たちの目もあって新婚早々ケンカするわけにも行きませんから。でもそれでは面白くないという人も多いでしょうから、やはり世の中には正しい新婚旅行などないという結論になるのですが。
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一押しの観光地、マチュピチュ [雑談]

私はよく「今まで行った中で一番良かったところは?」と聞かれますが、そのときは迷わず「マチュピチュ」と答えています。
 マチュピチュは南米ペルーにあるインカ帝国の遺跡ですが、以前NHK世界遺産シリーズのアンケート調査でも「行ってみたい世界遺産」で栄えある第1位に選ばれました。アンコールワット近くの遺跡タプロームと共に、天空の城ラピュタのモデルになったことでも有名です。今回は、多くの人が憧れるこの謎に満ちた遺跡とインカ文明について少し雑談にお付き合いください。
 インカ帝国の神話には、天地創造の神ビラコチャが登場します。詳しくは「ビラコチャ 白人」でググっていただきたいと思いますが、神話によると、あごひげを生やし、背の高い、白く長いローブをまとった白人のような姿をしていました(私はこれを読んで、ギリシャ神話に出てくる海神ポセイドンの姿を思い浮かべました)。異常気象で社会が混乱していた時代に現れ、人々に農業、建築学、医学を伝えました。またナスカ地方で見慣れぬ白人を恐れた村人が石を投げると、火炎放射器のような兵器でこれを凌ぎました(インドの叙事詩ラーマ・ヤナにも「光の矢」という武器が出てきます)。16世紀、スペイン人の侵略者がやってきたとき、インカの人々はこれをビラコチャの再来と思って歓迎しました。そのため、いとも簡単に征服されてしまったのです。
ビラコチャによってインカの地に伝えられたとされる文明は、その後、時代と共に経年劣化していきました。紀元前200年から紀元後800年のナスカ時代には、ナスカの地上絵を作り上げるほどの高度な文明を誇った前インカ文明ですが、その後インカ帝国時代には文字もなく、車輪もなく、先人の知恵の多くが失われていました。
突拍子もないことですが、一つだけこの不思議な経年劣化とビラコチャ神話を同時に説明する方法があります。遥か昔、大西洋(Atlantic Ocean)を超えて白人が高度な文明をインカの地に伝え、それが時代と共に失われていったと考えれば、すべてが矛盾しないのです。そして大西洋の超古代文明といえば、言わずと知れたアトランティス文明です。そこで、この文明に対する記述をギリシャの哲学者プラトンの著書「クリティアス」で見てみましょう。
紀元前22000年ごろ、アトランティスの地に空から降りてきた開祖ポセイドンが高度な文明を伝え、土着の娘と結婚して10人の子供をもうけました。その後、アトランティス王国はその子孫たちである10の王家と、優れた哲学者たちによって統治され、1万年に及ぶ繁栄を極めました。また、この文明には炎のように燦然と輝く「オリハルコン」という金属がありました。この金属の名前、一度は耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか? ファンタジーRPGや漫画などで「地上で最も硬い金属」「最高の武器の材料」として登場する機会の多い金属ですが、原典はギリシャ時代の哲学者プラトンがアトランティス文明に存在した金属として記述しているのです。そのような高度な文明を誇ったアトランティスですが、紀元前12000年に洪水によって一夜のうちに海の藻屑と消えてしまいました。同様に、世界各地にはノアの箱舟など多くの洪水伝説があります。
ここから先は私の妄想ですが、遥か昔、異常気象によって地球全体の海面が急上昇し、それを多くの民族が伝承として後世に伝えたのかもしれません。その異常気象のときに南米の地に現れ、高度な文明を伝えたとされるビラコチャ。彼は海の底に沈んだアトランティス文明の生き残りだったのではないでしょうか? 多くの伝説は何らかの史実を含んでいるものです。伝説とされたトロイの木馬や中国夏王朝も、現在はその史跡が見つかり歴史的事実とされています。天照大神がお隠れになり地上が暗くなったと言う話も、卑弥呼の没年とされる年に皆既日食があったそうで、これがモデルになったという説があります。だとすれば、ビラコチャ神話が史実に基づく可能性も否定は出来ません。
さあ、現実に戻りましょう。マチュピチュは1911年にアメリカ人によって発見されました。15~16世紀に作られ、太陽を観測する場所であったとする説が有力なようです。急斜面の山の頂上付近に広がる石造りの廃墟であり、麓から見上げても見えないため、空中都市の別名があります。曇りの日には山の中腹に雲がかかり、雲の上に浮かぶ石造りの廃墟は正にラピュタそのものの姿になります。そしてこの遺跡には多くの謎があります。そこで使われた石には何トンという単位の大きなものもあり、それがかなり離れた山向こうから運ばれてきているのです。しかもマチュピチュ周囲の山々も、マチュピチュ同様に急な斜面を持っています。この条件下での巨石の運搬は現代技術をもってしても困難ですし、そもそも滅ぼされる直前のインカ文明には車輪すらありませんでした。この不思議をどう説明したらよいのでしょう? インカ人たちは超高度な輸送技術を隠し持っていたのでしょうか?
急な山道を麓からバスで登っていくと、そのミステリアスな遺跡は突然眼の前に現れます。多くの日本人が行ってみたいと憧れる石造りの廃墟。飛行機に24時間乗り、高山病の洗礼を受け、翌朝5時の電車に乗って標高3700メートルの山を越え、バスに乗り継いだ先にあるその遺跡は、インカと、そこに高度な文明を伝えたであろう何者かの息吹を感じる天空の神殿なのです。
今回は妄想全開でしたが、その方がきっとマチュピチュと出会ったときの感動は何倍にもなることでしょう。あなたもいつか行ってみませんか? もちろん前もって旅行医学認定医に高山病の予防薬を処方してもらうことをお勧めしますが。
(なお、現地には高山病予防のためのコカ茶という飲み物があります)
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