長崎旅行記(18年3月):The 旅行道:So-netブログ
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長崎旅行記(18年3月) [国内旅行記]

昨年8月に長男と宮崎に行った際、帰りのフライトが台風でキャンセルになり、代金がピーチポイントで帰ってきました。そこで今回はそれを使って長崎に行ってきました。
DAY1 MM177 KIX 1225 NGS 1345
DAY3 MM178 NGS 1429 KIX 1525
座席指定なしで総額10430円ですが、ピートポイントを使ったので、不足分1380円だけカードで支払いました。
ホテルは楽天トラベルで、1泊目がファーストキャビン長崎(ビジネスクラスキャビン素泊まり、50%オフセールで更に500円割引クーポンを使い、2300円)、2泊目がホテルアークインてんねん(素泊まり4800円)です。
また2日目の午後に、じゃらんでシーマン商会主催の軍艦島上陸ツアー(4300円、割引クーポン利用で3300円)を申し込みました。
名古屋から大阪難波までの往復は近鉄株主優待券(チケットショップで1800円)と近鉄特急チケットレス(1620円)の組み合わせで手配しました。

初日、7時発の近鉄特急アーバンライナー、南海電鉄(920円)を乗り継いで関空へ。ターミナル1でカードラウンジに立ち寄ってからターミナル2に移動し、コンビニのおにぎりで軽く昼食を済ませてから搭乗しました。長崎には定刻通りにつき、1405発のエアポートリムジンで長崎駅へ。しかし途中、出島の近くにある停留所で多くの乗客が降りたので、私もなんとなく降車しました。江戸時代の貿易を支えた出島は、明治時代になって周辺を埋めたてられ、今では完全に内陸地になっています。だだしその一帯を発掘し、かつての出島を再現するプロジェクトが進んでおり、その一帯は有料(510円)の観光地になっていました。オランダがインドネシアのジャカルタをハブ港にして長崎まで船を送っていたこと、そして当時の生活ぶりなどを知ることができました。出島に出入りできた日本人女性は遊女に限られ、その遊女システムを戦場に持ち込んだのが慰安婦です。当初は日本列島の出身者が8割以上でしたが、時代とともに朝鮮半島出身者の比率が増え、終戦間際には過半数が朝鮮半島出身だったという論文を見たことがあります。彼女たちが慰安婦になった主な動機は生活苦、学費や医療費を稼ぐためでした。しかしこれまで慰安婦を利用した兵士たちの出身地について言及した話は耳にしたことがありません。日本列島出身の慰安婦を朝鮮半島出身の兵士が買う場面も当然あったはずです。
続いて出島ワーフを経由して長崎県立美術館へ。ここは運河を挟んで二つの建物が立ち並ぶ現代的な建物です。常設展(400円)を見たものの、あまり印象には残っていません。
そこから中華街を抜けてホテルまで歩き、チェックインをして部屋に荷物を置いてから再出発。この日は夕食で長崎ちゃんぽんを食べようと思っていたのですが、なぜか道中にあった寿司と田舎料理のバイキング(1100円)に惹かれ、そちらに入りました。まあ、焼きちゃんぽん(焼きそば?)や皿うどんも食べることができたので良しとします。
そこから長崎駅まで歩き、駅ナカを適当に散策してから5番バスに乗って伊佐山へ(170円)。終点で降りて、そこから山道を700メートルほど登っていくと世界新三大夜景(香港、モナコ、長崎)の一つを望む展望台につきます。光あふれる大地と漆黒の海のコントラストが、美しい夜景の必要条件ですが、新三大夜景も旧三大夜景(香港、ナポリ、函館)もすべてこの条件を満たしています。ただし伊佐山展望台は風が強く、体感温度がかなり低いので、長時間これを眺めていることはできません。私も頑張って20分が限界でした。帰りのバスは長崎駅を通り過ぎてもっとホテルに近い場所で降り(200円)、そこから徒歩で戻ってきました。
なお、この日泊まるファーストキャビン長崎は、飛行機のファーストクラスやビジネスクラスのような快適さを追求した「簡易宿泊所」のチェーン店です。人は飛行機の中ではなぜか極端に要求水準が低くなり、ろくにプライバシーも保てない2~3畳の狭いスペースで寝床がかろうじてフラットになるだけのファーストクラスを有難がっていますが、この条件を地上で再現したら簡易宿泊所にしかならなかったというオチです。ちょっと広めのカプセルホテルといった感じなので、5000円以上の正規料金を出す気になれず、これまでつい敬遠していましたが、今回ようやく泊まることができました。

2日目、ホテルに荷物を預けて7時過ぎにチェックアウト。近くにあった松屋で朝食をとり、徒歩で8時オープンの大浦天主堂(600円)に向かいました。ここは隠れキリシタン関連で世界遺産候補になっていますが、その背景を抜きにすれば、ヨーロッパの片田舎ですぐに見つかりそうな、ありふれた教会にしか見えません。パイプオルガンを普通のオルガンで代用し、ステンドグラスにも目立った技巧は感じられず、これで600円取るのはいただけません。一方のグラバー園は見どころもたくさんあり、610円の入場料が安く感じられました。最後のほうには、長崎くんちや長崎ランタンフェスティバルに使われる山車なども展示されています。次に向かった孔子廟(600円)は文字通り孔子をまつった場所ですが、奥にある博物館には値札のついた景徳鎮が展示されており、興をそがれました。一方、コルクや象牙を使った彫刻品は精緻の一言です。
その後、路面電車(120円)で公会堂前まで移動し、長崎歴史文化博物館(600円)へ。11時から行われていた地元の人たちによる寸劇を見て、その他の展示もサラッと見て、正午にここを後にしました。徒歩で出島ワーフに向かい、海辺のカフェでトルコライス(800円)を食べてから、軍艦島上陸ツアーの集合地点へ。
軍艦島は江戸時代から石炭を採掘していた場所で、最盛期の昭和35年には5300人がここで暮らしていました。当時の肉体労働者としては破格の高給で、商店、学校、映画館、パチンコ、病院などの施設もあり、東京都心部の9倍という高い人口密度だったそうです。しかし湿度80%、気温38度の炭坑内で時々死者も出る労働環境、台風のたびに10メートル以上の波が押し寄せ、施設が次々に破壊される孤島という立地、前述の人口密度、石炭の需要などを考えると、平成の時代に通用するビジネスモデル、生活環境ではありません。昭和49年に閉山となり、当時の住人たちは極めて短期間のうちにここから立ち去ることを強制されました。
今回のツアーでは、かつてこの軍艦島に住んでいた人がガイドをしてくれることになっています。まずは船上から遠巻きに軍艦島の全景を眺め、それから上陸。島の遺跡は百年以上前のものかと思うほどに朽ち果てており、40年ちょっとでここまで痛むことを考えると、そこに住み続けるのはかなり大変だったと思われます。ガイドさんは話し上手で、抑揚をつけながらツアー客の心に訴えかける言葉を次々に言ってきますが、冷静に考えてここでのビジネスモデルが時代に合わなくなったという理由が大きいので、「これが日本の未来の姿かもしれません」などと大風呂敷を広げられると、個人的にはかえって興覚めしました。人を感動させるには前向き(ポジティブ)、斬新(陳腐でない)、同調(相手の考えや価値観にシンクロする)、そして正しい認識と感情のセーブ(言いすぎない、自分だけ勝手に盛り上がらない)が重要だと思っています。しかし「みんなで一致団結して助け合う」という古き良き日本人の伝統が最後まで残されていた、逆にそうでなければ生きていけない特殊な環境と、そこでのプライバシー皆無の集団生活に思いをはせることができました。国内でありながら、海外よりよほどカルチャーショックに満ちた場所です。
16時に下船し、徒歩で前日のホテルに向かい、荷物を引き取ってからこの日のホテルにチェックイン。少し休んでから眼鏡橋を散策し、近くのリンガーハットで長崎ちゃんぽんを食べました。
 
3日目、0740にホテルをチェックアウトし、前日と同じく松屋で朝食をとりました。そして路面電車(120円)で浜口長に向かい、そこから徒歩で長崎原爆資料館(200円)へ。0830オープンで0835に着いたので、ほぼ計算通りです。海外の戦争、虐殺関連の資料館で色々とえげつないものを見てきた私には、ここの展示は少しマイルドに見えます。いえ、もしかしたらえげつなく見える程度の形さえ留めなかっただけかもしれません。
ここではICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の活動も紹介されていましたが、私はこれについて懐疑的です。私はサダム・ムセインなき後のイラクを見て「民度の低い国には独裁者がいたほうがまだマシ」と思っていました。ですから同じく民度の低い国々で独裁者を打ち倒す「アラブの春」が起きた時、やはり懐疑的でした。結果は御覧の通りで、上からの抑制が取れ、治安や統制が取れなくなり、国が乱れました。シリアに至ってはいまだに紛争地域です。それと同じように「民度の低い人々の国がある以上、抑止力としての核兵器があったほうがまだマシ」と思っています。短絡的な思考の持ち主が美しい理想だけを追い求めるあまり、現状をさらに悪化させることがあります。彼らの認識では「理想を追い求めただけなのに、なぜこんな結果になった?」と思うのでしょうが、はたから見ている私には最初からその終末像が見えていることがあります。現在、核保有国の多くは核実験をしなくてもコンピューターによるシミュレーションで代用できますし、一部の国が力ずくで新たにそれを手に入れようとしない限り、核兵器が使われるリスクも限りなくゼロです。これは比較的まだマシな状態だと思っています。
その後、併設の長崎市歴史民俗資料館(無料)、近くにある原爆落下中心地、平和公園、浦上天主堂を見て回り、路面電車で長崎駅に戻ってきました。
駅ビルの5階にある店で長崎ちゃんぽんを食べてから、空港バスで長崎空港へ。長崎と到着地の関空でそれぞれラウンジに立ち寄って時間調整し、南海電鉄(ピーチ機内で820円)、近鉄特急に乗り継いで名古屋に帰ってきました。
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