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宮崎旅行記(17年8月) [国内旅行記]

文中に環境依存文字を使ったところ、chromeでフリーズするようになったので、一度削除してから再掲載しました。

中学生になった長男と2人で宮崎に行ってきました。
ふるさと納税でもらったピーチポイントを使い、足りない分はクレジットカードで支払い、ピーチアビエーション(MM)のホームページで下記航空券を購入しました。往復2人分で総額32480円です。
MM189 KIX 1550 KMI 1655
MM190 KMI 1725 KIX 1830(KIXは関空、KMIは宮崎)
また楽天トラベルでホテルスカイタワー宮崎駅前(ツイン朝食付き8200円)、都城シティホテル(ツイン朝食付き8600円)、バジェットレンタカー宮崎空港店のレンタカー(コンパクトクラス48時間7660円)を予約しました。
名古屋、難波間は近鉄特急アーバンライナー・デラックスカー(チケットショップで3700円×4)です。

旅行初日、朝10時発のアーバンライナーで大阪難波に向かい、難波の駅地下で昼食をとりました。そこから南海電鉄(890円×2)で関西空港に向かい、宮崎へと飛びたちました。ちなみにこの日は台風が接近してきており、もしかしたら宮崎に着陸できずに関空に引き返すかもしれないというアナウンスが流れていました。
なんとか宮崎に到着し、空港のインフォメーションセンターでバジェットレンタカーの送迎車を呼んでもらいました。レンタカーを借り、帰宅ラッシュの渋滞の中を宮崎駅前のホテルへ。チェックインを済ませてから、徒歩6分ほどの場所にあるチキン南蛮の元祖、おぐら本店でチキン南蛮(ライス付き1010円×2)を、駅前にある「ぐんけい」という居酒屋で焼酎水割り、マンゴジュース、鶏だしのラーメン、地鶏の炭火焼き(計3142円)を食べてから、ホテルに帰ってきました。
チェックインの際、ホテル最上階(18階)にあるラウンジで使える無料ドリンク券をもらっていたので、そちらにも立ち寄ってから部屋に戻ってきました。
この日、ネットで調べるとバニラエア―の奄美諸島便は台風のため運休になったとのことでした。

2日目、ホテルで朝食をとり、8時半過ぎにチェックアウト。
まずはレンタカーで宮崎神宮に向かいました。ここでは神武天皇を祀っているそうです。
次に平和台公園(入場無料)へ。ここには紀元2600年を記念して建てられた巨大な平和の塔がありますが、インドネシアのボロブドゥールあたりにありそうなデザインです。はにわ公園も併設されており、さまざまな形の埴輪を見かけました。そのほとんどは細長の目をしています。
そこから北へと向かい、西都原にある宮崎県立西都原考古学博物館(入場無料)へ。私はここをポエム博物館と名付けました。展示品に対する説明文が少なく、それを探しているとかわりにポエムが目に飛び込んでくるのです。
・どこに行くのか、走り始めたものは止められないのか。やり直しは何時だってできる。終わりなんて、完成なんてありはしない。人間の英知を信じきることだ。「知」にも力が必要である。
・不幸は人間のうちである。引き寄せる不幸を、何故か人間は振り払うことができない。平安を願いつつ、人は平安を生きることができないでいる。失うことの意味は、いつも残された者だけが後悔のうちに思い起こすものだ。
・話しかけてほしかった。ただ、そんなことだった。遠くに風の音を聞いた。暗闇は深く、星はすべて輝いている。必ず風は吹いてくる。
こんな具合です。
「ポエムに凝っている俺スゲー」な人が、ポエムを盛り上げるための小道具として土器や土偶を並べてみたと言われても納得します。熱い何かに心酔していることは伝わってくるのですが、私は普通に説明文が読みたかったのですよ。
次に西都原古墳群を少しだけ散策し、13号古墳の内部を見てきました。墓の内部が地上よりも暑いという点は、エジプトのピラミッドと共通しています。
この日、当初の予定ではもう少し宮崎県北部を散策してから南下する予定でした。しかし台風が近づいてきており、この日のうちに南のほうも観光を済ませておこうと思い、宮崎市南部にある道の駅フェニックスに向かいました。ここは本来、南国ムードたっぷりで美しい日向灘を望める場所ですが、台風の影響で空は曇り、強風が吹きあれ、くすんだ色の海に高波が踊っています。ここでチキン南蛮定食(1000円×2)を注文し、さらに南下してサンメッセ日南(大人700円、中学生500円)に向かいました。
ここはイースター島以外で唯一、島公認のモアイ像が復元されている場所です。イースター島に行った知人から「最初は興奮するけど、モアイしかないから1時間で飽きる」と聞いたことがあり、大変な労力・時間・金額を要する割には、あまり報われない観光地なのかもしれません。それなら国内でレプリカ7体を見て、お手頃にそこそこ満足しておくのも悪くありません。
その後、雨の中レンタカーを運転してホテルに向かいました。チェックインして部屋でネットにつなぎ、情報収集すると、すでにこの日のピーチアビエーションの宮崎・大阪間は運休になっていました。これから台風が近づいてきて、翌日午後に宮崎に最接近するので、翌日の運休も決まったようなものです。翌朝レンタカーを返し、陸路で名古屋まで帰ることにしました。
まずはレンタカー会社に電話し、宮崎空港店での返却を宮崎駅前店での返却に変更してもらいました。これで1時間くらいはタイムラグをなくせます。夕食のため近くにあるイオンのフードコートまで出向き、帰ってきてから再び翌日の手配をしました。
宮崎から福岡までは
1 大分経由の在来線で北上
2 鹿児島まで在来線で南下し、そこから九州新幹線
3 高速バスで八代に出てから九州新幹線
4 高速バスで福岡まで
の4パターンが考えられますが、すでに鹿児島県内の在来線と新幹線は運休になっているようでした。これで2番の可能性は消えましたし、今後台風が近づいてくると1番や3番も運休になる可能性が大です。
そこで宮崎バスのホームページから翌日10時発の高速バス(4540円×2)を予約し、ホテルのパソコンからバウチャーをプリントアウトしました。
その後、山陽新幹線が止まる前に大阪まで逃げ帰れば、もともと手配してあったアーバンライナーで名古屋まで帰ってこられそうです。

3日目、朝6時からホテルで朝食をとり、7時前にチェックアウト。レンタカーで都城から宮崎まで高速道路(740円)を走り、通行止めになっていないことを確認してから、バジェットレンタカー宮崎駅前店がオープンする8時ちょうどに返却しました(ガソリン代2046円)。
宮崎駅に入ってみると、すでにJRのすべての電車が運休になっていました。バスの駅前営業所に行き、10時のバスをもっと早い便に変更できないか尋ねたところ、8時半と9時半はすでに満席で、9時のバスは運休が決まったとのことでした。それ以降のバスも今後の況次第で運休するかもしれないとのことです。つまり8時半のバスに乗れなければそれ以降の便は運休すると考えてよいでしょう。これで飛行機、電車、高速バスのすべてが封印されてしまいました。
最後の手段としてレンタカー会社に戻り、福岡乗り捨てで新たにレンタルできないか交渉しました。乗り捨て料込み、6時間で16654円と高額ですが、背に腹は代えられません。レンタカーを用意してもらう間に、バスの駅前営業所まで行って10時のバスをキャンセルしたところ、ちょうど運休が決まったとのことで、手数料なしで全額が返ってきました。
こうして8時半過ぎにレンタカーで宮崎駅前を出発し、高速道路が閉鎖されないことを願いながら福岡に向かいました。宮崎から八代へ(九州南部を東から西へ)抜けると嵐は止み、空は明るくなり、周りを走っている車の数が多くなりました。これで、なんとかなりそうです。
結局、正午過ぎにバジェットレンタカー福岡駅前店にレンタカーを返し(ガソリン代2740円、高速代5000円弱)、1410博多発、1731名古屋着の新幹線のぞみの切符(18740円×2)を買ってから、駅ナカの麺通りで昼食をとり、なんとか無事に名古屋まで帰ってきました。

台風の影響で飛行機はおろかJRや高速バスまで運休になる中、帰りの手段を手配するのはかなり大変でした。どれだけ天気予報や運行状況を見ながら考えても、選択肢が目の前から一つ、また一つと消えていくのです。最終的にかなり割高な旅行になってしまいました。
今にして思えば、最初からレンタカーの乗り捨て場所を福岡駅前に変えてもらえば良かったのですが、乗り捨て代、高速代、運転の手間やリスクを考えて二の足を踏んでしまいました。その場では知恵を絞ったつもりでも、なかなか最適解にはたどり着けないものです。翌日の仕事や子供の部活に穴をあけず、つじつまを合わせられただけでも良しとします。
福岡から名古屋(または大阪)への移動は、福岡空港まで行ってLCCの空席がないか確認する手も脳裏をよぎったのですが、夏休みの日曜午後、しかも台風が近づく中で安い空席がある可能性は低く、格安チケットを求めて奔走する父親の背中を息子に見せるのも好ましくないので、行動には移しませんでした。
新幹線で名古屋まで直帰したため、すでに引き換えてあった大阪難波から近鉄名古屋までのアーバンライナーのチケットは、近鉄の窓口で1か月有効の引換券に代えてもらい、それをチケットショップに売却しました(2800円×2)。ピーチアビエーションには後日電話して、払い戻しをしてもらう予定ですが、大部分はピーチポイントで帰ってくるので、またピーチを利用してどこかに行かなければなりません。
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バンコク旅行記(17年7月) [海外旅行記]

今年1月、中国国際航空(CA)のホームページで下記航空券を購入しました。チケット代15000円に各種料金が上乗せされ、総額30120円です。
DAY1 CA160 NGO 0900 PEK 1135
DAY1 CA959 PEK 1405 BKK 1835
DAY3 CA980 BKK 0100 PEK 0620
DAY3 CA159 PEK 1700 NGO 2100(NGO、PEK、BKKは名古屋、北京、バンコク)
またExpedia で NARAI HOTEL(3つ星、1泊4145円)を予約しました。
今回は「3万円のチケットでちょっとバンコクまで行ってきます」というノリで、現地での予定は決めていません。行きなれた街ですし、マイナーな観光地を適当に見て回る予定です。

旅行初日、セントレアでバンコクまでのチェックインを済ませ、プライオリティパスでスターアライアンスラウンジに入り、朝食をとりました。最近のスターアライアンスラウンジは何種類かバリエーションのある料理を日替わりで提供しているようで、毎回メニューが違っています。
北京に到着するとかなりの曇り空でしたが、見晴らしは悪くないので、PM2.5によるものではなさそうです。ここでもCAファーストクラスラウンジに入りました。国内線のラウンジはいつも激混みですが、国際線は空いていてゆったりできるので好きです。
バンコク到着後、空港内(1万円=2760バーツ、以下B)ではなく、鉄道駅の近く(同2980B)で両替しました。ちょっと歩くだけで、かなりレートが違います。エアポート・レイル(45B)と高架鉄道(31B)を乗り継いでチョンノンシー駅まで移動し、そこから徒歩10分弱でホテルに到着。チェックイン後、間違えて朝食なしの宿泊プランを予約していたことに気づき、少し凹みましたが、気を取り直して近くの屋台街に出かけました。熱気とカオスにあふれた雰囲気の中、50Bのパッタイを食べるだけで少し幸せになれるのですから、安いものです。

2日目、7時(日本時間9時)まで寝坊し、前日の屋台街に朝食を求めて出かけました。ホテルの朝食会場はお洒落な場所だったのですが、それでも「朝食なしプランの宿泊客ですが、300B払うのでやっぱり食べさせてください」と言うより、「いつもホテルの朝食ばかりだから、たまには屋台の朝食に挑戦してみよう」と考えたほうが、気分が明るくなれる気がしたのです。味付けご飯に卵焼きが乗った弁当(25B)とグリーンカレー(25B)を購入し、部屋でローカルテレビを見ながら朝食。たまにはこういうのも悪くありません。本当は屋台街で食べたかったのですが、朝食の時間帯はテイクアウトの品ばかりでした。
食後、ホテルのプールでひと泳ぎして。10時にチェックアウト。フロントで荷物を預かってもらい、高架鉄道でナショナルスタジアム駅に向かいました(28B)。ここから少し歩いたところにタイのシルク王ジム・トンプソンの家(150B)があります。11:05からの日本語ガイドツアーに参加し、見て回りました。私もジム・トンプソンの商品は好きで、私が気に入るネクタイの柄は、かなりの確率でハンティング・ワールドか、サルバトーレ・フェラガモか、トラサルディか、ジム・トンプソンのどれかです。しかしその一方で、ジム・トンプソンの最大の功績は、タイシルクというアジアンな商品に自分の名前(欧米のブランド名)を与えたことではないかとも密かに思っています。
余談ですが、インナーの棚のクロスは我が家とほぼ同じで、ジム・トンプソンと私はデザインの好みが似ていたのかもしれません。我が家はその後、北欧好きの妻やリビングで寝泊りする長男の影響を受けてカオス化しましたが、当初のコンセプトではアジアンリゾートを目指しました。
ジム・トンプソンの家を見終わり、ナショナルスタジアム駅に戻ってくると、時刻は正午を回っていました。脱水状態のすきっ腹にコンビニで買ったシンハビール(39B)を流しこみ、近くのショッピングセンターにあるフードコートで豚肉入りフライ麺(60B)とトムヤムクン(90B)を注文しました。
食後の散歩を兼ねて、ショッピングセンターを見て回りながら隣のサイアム駅まで歩き、そこから高架鉄道でパヤタイ駅に向かい(25B)、駅から徒歩数分のところにあるスアン・パッカード宮殿(100B)に入場しました。ここはその名の通りかつて宮殿として建てられた建物で、現在は王族のコレクションを展示した博物館になっています。それなりに見ごたえがありますが、王宮そばにある国立博物館の下位互換と言えなくもありません。
そこから高架鉄道でアソーク駅に向かい(34B)、近くにあるカムティエン夫人の家(100B)に入場しました。ここではタイ北方の家屋があり、その内部で彼らの暮らしぶりが紹介されています。個人的には、ここもサイアム・ニラミットの下位互換と感じました
その後、アソーク駅隣のショッピングセンターを散策してから、高架鉄道でチョンノンシー駅に戻り(37B)、近くのマッサージ店でフットマッサージをしてもらいました(1時間250B+チップ)。足裏には多くのツボがあり、どこか内臓が悪いと、その部分に対応するツボを押された際に痛みが走るそうです。しかし特に痛い部分はなかったので、健康状態にはさほど問題がないのかもしれません。
そこから前日と同じ屋台街に向かい、タイ風チャーハン(50B)を食べてから、ホテルで荷物を引き払い、高架鉄道(31B)とエアポート・レイル(45B)を乗り継いでスワンナプーム国際空港に到着しました。
フライト3時間前からチェックインが始まり、私は出国審査後にプライオリティパスでコンコースGのラウンジに入り、シャワーを利用しました。

3日目、0100のフライトに搭乗し、機内ではほぼ寝て過ごしました。
北京到着後、CAファーストクラスラウンジに直行し、夕方までここで時間を過ごしました。最近は北京経由の旅行が多かったため、半日市内観光をすることも多く、新たに行ってみたい場所がなかったのです。
セントレアには、ほぼ定刻通り帰ってきました。

なお今後の予定ですが、8月は宮崎、9月は札幌・旭川、10月はローマ、11月はホーチミン、12月は武漢、1月は奄美大島と松山、2月は釜山へのチケットを手配済みです。
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バルト三国旅行記(17年6月) [海外旅行記]

旧ソビエトで、現在はEU加盟国であるバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)に行ってきました。いずれも初めて訪れた国なので、私の渡航歴はこれで一気に増えて59か国です。
燃油サーチャージが復活する直前の今年1月、楽天トラベルで下記航空券を購入しました。
DAY1 AY80 NGO 1030 HEL 1440
DAY1 AY113 HEL 1625 TLL 1700
DAY6 BA6062 VNO 1145 HEL 1325
DAY6 BA6093 HEL 1715 NGO 0850+1
AY、BA、NGO、HEL、TLL、VNOはフィンエアー、ブリティッシュエアー、名古屋、ヘルシンキ、タリン、ヴィリニュスの略です。往復ともフィンエアーによる運行ですが、帰りはなぜか(形式上)ブリティッシュエアーの共同運航便のほうが安かったので、こうなりました。航空券77000円に空港税などが上乗せされ、総額90540円です。
ホテルはExpedia.co.jp でOlevi residence(エストニアの首都タリン、3つ星、朝食付き1泊で5960円)、Formus Hotel(ラトビアの首都リーガ、3つ星、朝食付き2泊で13014円)、Hotel Conti(リトアニアの首都ヴィリニュス、4つ星、朝食付き2泊で11980円)を予約しました。
またLUX Express のホームページで下記のバスを予約しました。
DAY2 タリン 1830 リーガ2255(16ユーロ、以下E)
DAY4 リーガ0900 シャウレイ 1125(12E)
リトアニア北部の町シャウレイには十字架の丘と呼ばれる有名な観光名所があり、DAY 4 にリーガからシャウレイ経由でヴィリニュスまで移動する予定です。リーガからシャウレイへは小型バスしか移動手段がなく、当日の申し込みではほぼ満席になっているため、あらかじめ申し込みました。一方シャウレイからヴィリニュスまではバスと電車があります。
バス https://www.autobusubilietai.lt/index.php?lang=0&
電車 https://www.traukiniobilietas.lt/portal/en
電車のほうが所要時間も短くて料金も安いのですが、クレジットカードでの支払いができないのでネット購入できません。しかし夕方以降に合計3便、計12車両の運行があり、当日の直前でもすべてが満席になることは皆無であったため、現地で電車の切符を購入することにしました。
以上、航空券とホテル5泊、タリンからリーガ経由でシャウレイまでのバスで合計121494円と28Eです。

ここで、今回の旅程を旅行会社風にまとめてみます。
1日目 名古屋からヘルシンキ乗り継ぎでエストニアの首都タリンへ。タリン泊。
2日目 タリン市内観光。18時半のバスでラトビアの首都リーガへ移動。リーガ泊。
3日目 リーガ市内観光。リーガ泊。
4日目 リーガからバスでリトアニアのシャウレイへ。十字架の丘を観光し、夕方の鉄道で首都ヴィリニュスへ。ヴィリニュス泊。
5日目 ヴィリニュス市内観光。ヴィリニュス泊。
6日目 ヴィリニュスからヘルシンキ乗り継ぎで名古屋へ。機内泊。
7日目 朝、名古屋に到着。お疲れさまでした。


旅行初日、手持ちのユーロが少なかったのでセントレアで両替しました。一般的に両替レートはマイナー通貨国のほうが良いので、円よりメジャーなドルとユーロは日本で、それ以外は現地で両替するのが原則です。チェックインと出国審査を済ませ、プライオリティパスでラウンジに入り、朝食をとりました。
およそ10時間のフライトを終え、ヘルシンキで入国審査。ここで「ビザ不要」の列があるのを見落とし、”ALL PASSPORT“の列に並んでしまったため、中国人に交じって長時間並び、審査の際にも根掘り葉掘り聞かれ、かなり時間をつぶしてしまいました。ただしフィンランドとバルト三国はシェンゲン条約加盟国なので、最初に入国審査を済ませてしまえば、それ以降は自由に移動できます。
ヘルシンキからタリンまでのフライトは小型のプロペラ機で、雲の上まで上がったと思ったらすぐ降下をはじめ、所要30分ほどで到着しました。空港の両替所で24時間有効のタリンカード(25E)を購入。これさえあれば、タリン周辺の公共交通機関が乗り放題で、主な観光地にも無料で入場できます。
1730に空港を出るバスに乗り、夕方の渋滞に巻き込まれ、30分かけて旧市街に到着しました。その足で19時までオープンしているはずのヘレマン塔に向かったのですが、どうしても入り口を見つけることができません。あきらめてホテルに向かい、チェックインすると、部屋はフロントから階段を下りた地下にあると言われました。ドーム屋根の古い地下室を改装した趣のある部屋です。ほとんど光が差し込まないのは残念ですが、立地と雰囲気が良くてリーズナブルなので仕方ないでしょう。
部屋に荷物を置いて再び散策に出かけました。旧市街の中心地であるラエコヤ広場に行くと、オープンテラスのしゃれた店が並んでいます。メインディッシュの値段は12E以上ですが、それを素通りして、地球の歩き方2017に載っていたコンプレッサーという店に向かいました。ここは伝説的なパンケーキの店だそうで、デザート系から料理系まで様々なパンケーキが4~5Eで用意されています。私はチキンフィレのパンケーキ、クリームチーズ添え(5E)とマッシュルームのスープ(3.2E)を頼みました。かなりボリュームがあり、胃袋的にはどちらか一品でも十分でした。
食後、腹ごなしのため、小高い丘の上にあるトームペアに向かいました。ここはお城や大聖堂があるハイソな一角です。その一番北にある展望台に行くと、旧市街の街並みを一望できました。色とりどりの可愛らしい屋根がひしめき、おとぎ話に出てきそうな景色です。
その後も翌日の下見としてレストランや博物館の場所を確認して回り、スーパーでミネラルウォーターを買ってからホテルに帰ってきました。
この日はタリンカードと夕食で33.2E使いました。

2日目、ホテルで朝食をとり、8時過ぎにチェックアウトして、荷物を預かってもらいました。この日はタリンカードを使い倒す予定です。
前日も訪れたトームペアに向かい、8時オープンのアレクサンドルネフスキー聖堂(無料)、9時オープンの大聖堂(通常5Eがタリンカードで無料)に入りました。大聖堂には塔があり、上に登ればタリンの街並みを一望できます。
その後、ラエコヤ広場に開設された青空市場をのぞいて時間をつぶし、10時オープンの聖ニコラス教会(通常6Eが無料)へ。この時間から多くの観光地がオープンします。
1020旧市庁舎(通常5Eが無料)。昔の豪華な家屋の内装を見ることができます。
1050エストニア歴史博物館(通常6Eが無料)。その名のとおりです。
1115ロシア博物館(通常3Eが無料)。その名のとおりです。
1140カルヤケルデルで昼食(4.3E)。地球の歩き方に載っている激安ランチの店で、ランチセットは1種類しかありません。エストニア語のメニューが読めなくても、「ランチメニュー」と言えば店の人が英語で教えてくれます。この日のメニューは肉の入った濃厚なトマトスープ、パン、ミートローフのフライドポテトと温野菜添えでした。やはりかなりのボリュームです。
1220占領博物館(通常6Eが無料)。ソ連統治時代の品などが展示してあります。
1250キークインデキョク(通常5Eが無料)。塔の内部が博物館になっており、中世の展示が目立ちます。拷問道具もありました。
1320エストニア飲み物文化博物館(通常10Eが無料)。入り口でリンゴのスパークリングワインを試飲し、昔のバーなどのセットを2~3個見て終わり。商売熱心で自社ワインを勧めてきます。
1340タリン市博物館(通常4Eが無料)。その名のとおりです。
1415太っちょマルガレータ海洋博物館(通常6Eが無料)。太っちょな塔の内部が海洋博物館になっています。
1500聖オレフ教会(通常3Eが無料)。ここの塔に上ればタリンの街を一望できますが、階段オンリーで息切れします。
1540自然史博物館(通常5Eが無料)。エストニアにいる動物のはく製や魚の模型があります。
1610健康博物館(通常8Eが無料)。人体に関する博物館で、解剖標本もあります。ここを見終わると、バスが出発する2時間前でした。結局ここまでで25Eのタリンカードを74E相当利用しました。別に急いだつもりはなく、マイペースで時間の許す限り観光した結果です。
ホテルに戻って荷物を引き払い、前日のバス停まで歩きましたが、乗ろうとした路線の乗り場が分かりません。結局そのままバスターミナルまで歩いてしまいました。
1730バスターミナル着。売店で買ったチキンサンド(3.2E)とバナナ(0.6E)を待合室で食べ、1830発のバスに乗りました。トイレ、無料ドリンクサービス、無線LAN、プライベートテレビ、コンセントがあり、とても快適です。
2240予定より早くリーガのバスターミナルにつき、道向かいにあるホテルにチェックインしました。
この日は昼食と夕食で8.1E使いました。

3日目、前日の夜が遅かったので、少し朝寝坊。ホテルで朝食をとり、0850に出発しました。まずは道向かいにある中央市場へ。旧社会主義国らしく素っ気ない建物の中に、色とりどりの商品とそれを求める客がひしめきあい、活気にあふれていました。値段もイチゴ1Kgが2.5E、ブルーベリー1Kgが3E、チーズ1Kgが5~6E、菓子パンが1個0.3E以下といった具合で、どれも日本の物価の数分の一です。市場の雰囲気を楽しんだ後、リーガ駅に向かい、市場とは打って変わった真新しいスマートな建物内を散策しました。
その後、旧市街を抜けてダウガヴァ川のほとりへ。対岸には真新しいビルも散見しますが、基本的に緑が豊かです。次にリーガ城(大統領官邸、入場不可)、聖母受難教会(入場無料)、聖ヤコブ教会(入場無料)を見て回りました。マイナーな教会は厳かな雰囲気を独り占めできるので、割と気に入っています。
それからスウェーデン門、城壁を経て、ラトビア軍事博物館(入場無料)へ。軍人の写真や兵器の実物が山ほどあり、中には痛々しい展示も混じっています。ラトビアとしては、無料でも良いので多くの人に来て欲しいのでしょう。
次にリーガ大聖堂横のドゥアマ広場に行くと、青空市場が軒を連ねていました。可愛くデコレーションされたお菓子を売る店が多かったので、0.5Eで小さなものを一つ買ってみました。クッキーの生地に乾燥状態のクリームが乗っていて、しっとりと甘くて美味です。また広場の一角では小学生くらいの子供たちが伝統的な衣装に身を包んで踊りを披露していました。軽快な音楽に合わせて飛びはねるダンスはエネルギッシュで、無料で見られてラッキーでした。
その後、リーガ大聖堂に向かうと、普段3Eの入場料が10Eになっていました。時刻は正午前で、正午からパイプオルガンの演奏が始まるそうです。地球の歩き方にも「これを聞かなければ、リーガに来たことにならない」と書かれていたので、たまたま丁度よいタイミングで来たようです。重厚なパイプオルガンの音色を聞いていると交感神経が弛緩し、リラックスして25分間の演奏を楽しめました。
これを聞き終えてから、地球の歩き方に載っていたマルナー・ビテという店に入りました。洒落た内装の店で、7Eの日替わりランチを頼むと、豆がたくさん入った歯ごたえの良いサラダ、パン、鶏肉と色とりどりの野菜を紙に包んで煮込んだものが出てきました。味もボリュームもばっちりで、これを西欧諸国で頼めば20Eは取られそうです。
食後、聖ヨハネ教会(寄付1E)と聖ペテロ教会(9E)を見て回りました。後者には高さ123mの塔があり、高さ72mの展望台までエレベーターで昇れます。高層ビルのない旧市街を一望でき、かなり遠くまで見通せました。
それからブラックヘッドの会館、市庁舎、国立オペラ座、自由記念塔、ラトビア大学(いずれも外から見るだけ)に立ち寄り、ラトビア歴史博物館(3E)に到着したのは1530でした。普段は17時までオープンしていますが、この日は翌日が休日のため16時に閉まるそうです。前日、タリンの博物館をどれも20~30分で見て回ったので、何とかなると思ったのですが、想像以上に展示内容が多く、最後は時間が足りなくなりました。時間の制約がなければ、私がマイペースで見て40分くらいです。
次にパウルス・ストゥラディンシュ医療歴史博物館(2.13E)へ。ここは医療に関する世界的にも大きな博物館とのことですが、個人的には前日訪れたタリンの健康博物館のほうが見ごたえがありました。20分くらいでサラッと見終わり、近くにあるユーゲンシュティール(新芸術)建築が立ち並ぶ通りへ。一言でいえば、人や動物の彫像で飾り立てた、少し奇抜で派手な建物です。何も知らなければ「この建物、かなり装飾に凝っているなー」と思って終わりですが、逆にこちらに見慣れると通常の建物が殺風景に思えてきます。
これを見終えると時刻は17時。そこからバスターミナルまで歩き、2階にあるカフェテリア形式の店でオイルサーディン(1.1E)、魚、ニンジン、ポテトの山盛りサラダ(2E)、チキンハンバーグ(1.9E)、シナモンの効いたパン(0.6E)を食べ(計5.6E)、ホテルに帰ってきました。
この日は入場料と昼食、夕食で37.73E使いました。

4日目、ホテルで朝食をとり、8時過ぎにチェックアウト。前日にも立ち寄った中央市場を少し散策してから、9時発のバスに乗りました。幸い(?)運転の荒いドライバーで、定刻より早い1110にシャウレイ着。1130~1230に昼休憩があるというバスターミナルの荷物預り所に荷物を預かってもらうことができました(0.6E)。トイレ(0.2E)を済ませ、インフォメーションでドマンタイ行きバスの時刻表をもらいました。2017年6月現在、下記のとおりです。
往路シャウレイ発 0725D 0825D 1025 1100 1215 1310 1415 1540 1730 2030
復路ドマンタイ発 0733D 0850 0932D 1043 1212 1303 1403 1502 1727 1903 (Dは日曜運休)
1215発のバスに乗ることにして、次に切符を買うため駅に向かいました。
1725シャウレイ発、2003ヴィリニュス着、2等席で(9.7E)です。本当は3Eほど高くても一等席が良かったのですが、朝の時点でネットから確認すると売り切れでした。ともあれ、これでヴィリニュスまでの足を確保できたので一安心です。
バスの発車まであと30分ほどしかなかったので、駅隣にあるフライ専門の弁当屋で3.5Eの弁当を買いました。巨大なキュウリのピクルス2本、豆のピクルス、ケバブ系の肉の細切れ、そしてフライドポテトがLサイズで3人前くらい入っていました。これを途中まで食べてからバスターミナルに戻り、1215発のバスに乗車(0.8E)。所要20分ほどで、草原のど真ん中にあるドマンタイのバス停に着きました。そこからさらに20分ほど歩くと、十字架の丘が見えてきます。ここにはエストニアの人口よりもたくさんの十字架があるそうですが、現地を見てその理由がわかりました。手前の売店で1~2Eの小さな十字架が売られており、観光客が思い思いに追加していくのです。おかげで場所によっては十字架のゴミ捨て場のようになっており、5分で十字架は見飽きます。しかしそれは観光客が行き来する中央の道だけであって、少し脇に回ればそういう軽率な十字架はなくなり、地元の人たちの思いがこもった十字架ばかりになります。十字架の丘を抜けた先には、祭壇がガラス張りになっていて十字架の丘を望める教会もありました。この近辺で1時間あまり過ごしてからドマンタイのバス停に戻り、1503のバス(0.84E)でシャウレイのバスターミナルに戻ってきました。
バスターミナル横のショッピングセンターで時間をつぶし、出発1時間前にスーパーの総菜コーナーで、ニシンとオニオンのマリネ288g(1.44E)、オリーブ、トマト、パプリカ、キュウリ、カッテージチーズが入った色とりどりのサラダ260g(1.48E)を買ってから、預けていた荷物を受け取り、駅に向かいました。
電車はこの駅が始発のようで、出発15分前から乗車できました。二等席には向かい合わせの4人ボックスと6人ボックスがありますが、基本的に1つのボックスに1組の客が座っていて、私は6人ボックスを独り占めできました。インターネットで見ていた以上に空席が目立つので、これなら当日に切符を購入しても満席で乗車を拒否される可能性は限りなくゼロでしょう(保証はできません)。
バルト三国はそれぞれ人口300万人以下の小国なので、都市と都市の間にはほとんど手つかずの草原が広がっています。「こんな豊かな自然の中で暮らせたら」と憧れる反面、実際に住んだら、寒くて、物流やインフラが不自由で、冬の間はほぼ一日中真っ暗で、きっと3日で日本が恋しくなることも分かっています。実はモンゴルでパオ(テント)を訪れた際、最初の10分間は感動したのですが、20分後には「なぜお金を払って、こんな寒くて何もない場所にいるのだろう? これなら自分の部屋でネットをしていたほうが幸せなのに」と思ったものです。
電車は定刻通りヴィリニュスに着きました。タリンやリーガはメルヘンチックなおとぎの国でしたが、ヴィリニュスは陰鬱さの残る旧ソ連国家という印象です。ホテルも「ちょっと立派な昭和40年代の建物」的な、中途半端な古さを感じさせました。
この日は荷物預け入れとドマンタイへのバス往復、ヴィリニュスへの切符、昼食と夕食で18.36E使いました。

5日目、ホテルで朝食をとり8時前に出発。最初にホテルからほど近いハレス市場に行きました。ここはリーガの中央市場を小さくしたような場所で、天井の高い殺風景な建物内にさまざまな店が立ち並んでいます。
そこから旧市街に至る門の中で唯一現存する「夜明けの門」へ。ここをくぐると、陰鬱な旧ソ連国家から一変してメルヘンチックな街並みになります。旧市街の雰囲気はタリンやリーガに割と似ていました。門の上にはオープンエアーの聖テレサ教会(入場無料)があり、ちょうど司祭たちが祈りを捧げていました。
そこから旧市街に向けて北上すると、ロシア正教の聖霊教会(入場無料)があります。ロシア正教では信徒たちがひざまずき、ひれ伏すようにして祈りを捧げるため、普通の教会と違って椅子がありません。ここでも司祭たちが祈りを捧げ、聖歌が流れていました。
そこからヴィリニュス駅に向かい、翌日の空港行き電車の時刻表をもらってから、2番トロリーバスに乗って聖ペテロ&パウロ教会(要寄付)へ。バスの運転手に1Eを払って切符を購入し、それに時刻を刻印する必要があります。なお最寄りのバス停は、教会手前にあるロータリーの少し手前です。教会内は無数の白亜の彫像に彩られた壮麗なもので、ヴィリニュスに来たら必見です。
ここから4番トロリーバス(1E)に乗って、KGB博物館に向かいました。ソ連秘密警察のKGBが拷問や処刑に使った建物ですが、この日は祝日で、あいにくの臨時休業です。あきらめて徒歩で大聖堂(入場無料)に向かいました。ここも豪奢な内装で、ヴィリニュスに来たら外せません。
そこからリトアニア国立博物館(2E)、考古学資料展示館(2E)を回りました。この2か所に行けば、昔のリトアニアの人々の暮らしぶりが分かります。
次に丘の上にあるケディミナス塔(丘の上の城博物館、5E)に向かい、その頂上にある展望台からヴィリニュスの街並みを一望しました。博物館を名乗っていますが、塔内部に目ぼしい展示はなく、5Eは丘の上の展望台に上るための値段です。足元に王宮を望み、その向こうには旧市街が広がり、反対側にある川の向こうには現代的な高層ビルが立ち並ぶ一角もあります。
その後、王宮に向かいましたが、ここの博物館も残念ながら祝日で休業でした。時刻は14時前です。地球の歩き方に載っていた、ヴィリニュス大学の東隣にあるフォルト・ドゥヴァーラスというエストニア料理店に入りました。ここには昔の地下室をそのまま流用した地下席があり、1階席よりも趣があります。リトアニアの郷土料理でツェペリナイという芋を柔らかく煮込んだ団子に肉を詰めたもの(4.55E)、芋とトマトのスープ(2.55E)を頼み、サービスで黒いライ麦パンがついて、7.1Eでかなりのボリュームがありました。
食後、ヴィリニュス大学と学内にある聖ヨハネ教会(1.5E)に入場。ヴィリニュス大学という名前から、日本でいう東大のような位置づけかと思ったのですが、人口300万弱のリトアニアで学生数は2万人以上とのこと。どう考えても東大クラスの学生ばかりを集めることは困難です。教会はそこそこ豪奢で、言語学部2階のホールにあるフレスコ画は美しいのですが、よく見るとユニークなものでした。ただし祝日なので19世紀の古書室には入れませんでした。写真で見る限り、スターウォーズの撮影に使われたアイルランドのトニリティー・カレッジのロングルームと少し雰囲気が似ている気がしたのですが……。
その後、後期ゴシック様式のアンナ教会(入場無料)、赤レンガのベルナルディン教会(入場無料)に立ち寄ってから、「ヴィリニュスのモンマルトル」と呼ばれるウジュピスに向かいました。ここはヴィリニャ川のほとりにあり、独立宣言をおこなった芸術共和国で、独自の憲法も制定されています。実際に行ってみると何の変哲もない通りがあるだけですが、その一角に多くの言語で憲法が表示されていました(英語や中国語はありますが、日本語はありません)。すべての人はヴィリニャ川のそばで生きる権利があり、ヴィリニャ川はすべての人のそばを流れる権利がある。すべての人は幸福である権利がある。すべての人は不幸である権利がある。すべての犬は犬である権利がある。といった具合で、芸術家たちの遊び心にあふれた憲法です。
そこから聖カジミエル教会(入場無料)、旧市庁舎(外から見ただけ)に立ち寄り、17時過ぎにホテルに帰ってきました。これ以降食事はとらず、早めに寝て体内時計を日本時間に戻すようにしました。
この日はトロリーバスと入場料、昼過ぎの食事で19.6E使いました。

6日目、ホテルで朝食をとり、8時過ぎにチェックアウト。駅まで歩き、空港行きの切符(0.7E)を買ってから0845発の電車に乗りました。8分で空港に到着し、1時間弱待ったところでチェックインが開始になりました。ホテルの部屋にいても時間が気になるだけで特にすることがなかったので、つい早めに空港に来てしまったのですが、これなら1時間後の電車までホテルで待機していたほうが良かったかもしれません。
ともあれ、早めに保安検査を済ませてプライオリティパスでラウンジに入ることができました。また乗り継ぎ先のヘルシンキでもラウンジに立ち寄り、定刻通り名古屋行きのフライトに搭乗しました。
この日使ったのは電車代0.7Eだけです。

7日目の朝、セントレアに無事帰ってきました

以上、今回の旅費は121494円+145.69Eです。これを出発当日の日本での両替レート(1E=128.26円)で計算すると、140180円になりました。この料金には移動、宿泊、入場料、食事代が含まれますが、現地でのトイレ代、ミネラルウォーター、アルコール類、お菓子、お土産代は別途です。
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石家庄旅行記(17年5月) [海外旅行記]

中国河北省の省都、石家庄に行ってきました。中国に31ある省、直轄市、自治区のうち、これで27か所目です。
今年1月、中国国際航空(CA)のホームページで下記航空券を購入しました。チケット代8000円に空港税などが加算され、総額13020円です。
DAY1 CA160 NGO 0900 PEK 1135
DAY3 CA159 PEK 1700 NGO 2100 (NGO、PEKは名古屋、北京)
またCtrip のホームページで下記ホテルと高速鉄道を予約しました。
Hoton Hotel(河北博物院そば、準4つ星、2泊朝食付きで438元)
DAY1 G573 北京西 1618 石家庄 1739 (128.5元+手数料35元)
DAY3 G606 石家庄 0935 北京西 1054 (同上)

旅行初日、セントレアで出国審査を済ませ、プライオリティパスでラウンジに入り、朝食をとりました。
北京には定刻よりも早く着き、手持ちの元が少なくなっていたので空港で両替をしました。ちなみに北京首都空港の両替所はレートが悪い代わりに手数料なし、上海浦東空港の両替所はレートが良い代わりに1回数十元の手数料を取られます。
出発まで微妙に時間があったので、機場快速(25元)と地下鉄(3元)を乗り継いで、北京随一の繁華街、王府井へ。久しぶりの街並みを散策してから天安門広場に向かうと、そこには保安検査の長い行列ができています。天安門広場には過去に何度か来たことがあり、どうしても再訪したかったわけではないので、断念して天安門東駅から地下鉄(4元)で北京西駅に向かいました。
駅の切符売り場に行くと、そこでも長い行列ができています。予約した切符を受け取るために仕方なく並ぶと、その列が途中で窓口を閉められたり、別の列に並びなおすとそこの係員が中座してどこかに行ったりと、日本ではありえない散々な目にあって、何とか切符を受け取りました。手数料5元を払って帰りの切符も一緒に受け取ったのですが、もう一度この苦労をしないで済むなら値千金です。結局ここで50分ほどロスしました。
切符を手に出発フロアに行くと、そこでも多くの人がひしめきあっています。私は少し早い夕食として、構内にある中華風ファストフードの店で牛肉と野菜の炒め物をご飯に乗せたものとホット豆乳のセット(25元)を平らげ、牛肉とマトンのミートパイ(各8元)を買ってから電車に乗りました。列車番号がGから始まる時速300キロの和諧号です。
石家庄到着後、駅のバス乗り場を見ていると博物院を経由する42番バス(1元)を見つけました。以前、長春の駅前からタクシーに乗ったところ、メーターが界王拳をマスターしていて数倍速で跳ね上がったことがあったので、どうも駅前のタクシーは苦手です。博物院近くの停留所から1キロほど歩きましたが、何とかホテルに到着し、チェックインしました。
ちなみに石家庄は人口1000万人の大都市です。夜になって外に出てみると、ネオンと高層ビルに彩られた中国の大都会の夜景が広がっていました。これでなぜ地下鉄がないのか不思議ですが、バスだけで移動するのはかなり大変だと分かりました。

2日目、ホテルで朝食をとり、8時半に出発しました。この日は石家庄の北15キロのところにある古都正定(旧名常州)に行き、隆興寺(50元)、天寧寺(15元)、臨済寺(入場無料)、広恵寺(15元)、開元寺(20元)、県文廟(15元)をハシゴする予定です。バスでのアクセスは大変なので、流しのタクシーに乗りました。「正定寺廟群 隆興寺」と書いた紙を見せ、所要30分で37元です。反日デモが盛んな頃は、日本人だとばれないように漢字を初めて書いたような筆跡で韓国人に成りすましたりしましたが、THAADでもめている現在は、韓国人に間違われるほうが危険なので普通に書きました。行先として隆興寺を選んだ理由は、一番大きくて知名度が高いのと、今回訪れる寺院の中で一番奥にあるため、そこから歩いて戻りながら観光すれば時間のロスが少ないからです。
隆興寺では門を守る四天王、モンゴル人のような顔立ちの大仏、巨大な千手観音像などが広い敷地内に点在しており、奥には中華風の庭園もありました。観光客の数も多く、メジャーな観光地のようです。
天寧寺には高さ41m、臨済寺には30.7m、広恵寺31.5mの塔だけがあり、開元寺には39.5mの仏塔と高さ14mの鐘楼がありました。県文廟は中国各地に点在する孔子を祀る場所であり、奥には孔子像の置かれた建物がありました。これらの場所には観光客の姿もほとんどなく、内容と位置関係から言っても、天寧寺と開元寺だけ押さえておけば十分な気がします。
それらを見て回る道中、それなりにきれいで客も入っている清真(イスラム)料理の店を見つけ、牛肉面(牛肉麵、10元)を食べました。清真料理の麺のスープは独特な風味がありつつもあっさりしており、個人的には気に入っています。
県文廟を見終わったところでタクシーを拾い、前日ホテルにチェックインした時にもらっておいた名刺大のカードを見せてホテルに帰ってきました(35元)。時刻は13時半です。
少しホテルで休憩してから再び出かけて歩いていると、大学病院(河北医科大学附属人民医院)を見つけました。立ち寄ってみると、天井の高いエントランスホールに中国系航空会社のCAのような制服を着た案内嬢がいて、壁には本日診察している医師の写真が掲示されていました。少し斜めになって腕を組んでいる人もいて、白衣を着ていなければまるでラーメン屋の店主です。頑固一徹、腕に自信ありとでも言いたいのでしょうか?
なお余談ですが、私自身はこういう場所に写真を掲示されるのが苦手です。顔が割れるのを避け、数日の休みで世界各国に出かけ、場合によっては国籍を偽り、ヒット&アウェイで観光という情報収集ミッションをこなしてくるのですから、割と忍者や特殊部隊のような仕事に向いているのかもしれません。
大学病院を見学後、河北省博物院(要パスポート、入場無料)に入りました。中国各地の博物館を見てきた私にとって目を見張るほどの展示はありませんが、展示品の数は膨大で、見て回るのに90分ほどかかりました。
その後、ホテル隣のショッピングセンターで羊肉の麻辣火鍋(31元)を食べてからホテルに帰ってきました。

3日目、ホテルで朝食をとり、8時にチェックアウト。タクシー(18元)で石家庄駅に向かったのですが、行きに1元のバスでホテルまで来た時とは労力も所要時間も雲泥の差。普段は公共交通機関を乗りこなすと幸せになれるのですが、今回は少し懲りました。
0935発の和諧号に乗り、北京西駅からは機場バス(30元、所要70分)で北京首都空港へ。12時半前に空港につき、まだ名古屋行きのチェックインは始まっていなかったのですが、他のカウンターで預け入れ荷物がないことをアピールしてチェックインさせてもらい、出国審査と保安検査を済ませ、13時過ぎにプライオリティパスでCAファーストクラスラウンジに入りました。そちらで少し遅めの昼食をとり、ほぼ定刻通り名古屋に帰ってきました。最近のCA名古屋―北京路線は、体感的に乗客の8割以上が中国人です。
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鄭州・洛陽龍門旅行記(17年4月) [海外旅行記]

中国河南省の省都、鄭州に行ってきました。私はこれで中国に31ある省、自治区、直轄市のうち26か所に訪れたことになり、今年の年末には29か所になっている予定です。「目指せ、全制覇」と言いたいところですが、(一番行きたい)チベット自治区には基本的に団体ツアーでしか行けないため、日程もコストも無駄に要し、ハードルが高いのが現状です。
それはさておき、1月に中国国際航空(CA)のホームページで下記航空券を購入しました。航空券17000円に空港税などが上乗せさせて総額23700円です。
DAY1 CA160 NGO 0900 PEK 1135
DAY1 CA1325 PEK 1455 CGO 1645
DAY3 CA1332 CGO 0945 PEK 1125
DAY3 CA159 PEK 1700 NGO 2100 (NGO、PEK、CGO はそれぞれ名古屋、北京、鄭州)
宿泊はCTRIP で鄭州駅から近いAnxin Boke Hotel(準3つ星、2泊朝食付きで516元)を予約しました。
ところが3月末になって急にCA1325 の運航中止(減便)が決まり、この区間を下記の通り変更されてしまいました。
DAY1 CA1331 PEK 2110 CGO 2300
この時間だと空港から市内までの公共交通機関はなく、数少ないタクシーにドライバーの言い値で乗るしかありません。値段面、安全面ともに不安を覚えたため、空港から徒歩数分の鄭州エアポートホテル(準3つ星、2泊朝食付きで736元)に予約を変更しました。
今回は中国3大石窟のひとつで世界遺産の龍門石窟に行く予定です(他の石窟への旅行記はこちら)
↓貴陽・大同旅行記(13年6月)
http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2013-06-17
↓ 敦煌旅行記(15年10月)
http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2015-10-20
↓ 重慶・大足旅行記(15年5月) 三大石窟ではありませんが、世界遺産です。
http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2015-05-18

そこで新しい宿泊先に合わせてCTRIPで下記の高速鉄道乗車券を申し込みました。
DAY2 C2964 新鄭空港 0853 鄭州東 0912(12元+手数料20元)
DAY2 G2833 鄭州東 1017 洛陽龍門 1056(65.5元+手数料20元)
DAY2 G664 洛陽龍門 1619 鄭州東1658(65.5元+手数料20元)
DAY2 C2835 鄭州東 1843 新鄭空港 1902(12元+手数料20元)
もしかしたら前もって手配しなくても現地で普通に買えるのかもしれません。しかし今回の手数料は満席で乗車できなくなる事態を避けるための保険、いわば必要経費だと思っています。ちなみに中国の高速鉄道はすべて指定席で、それが売り切れたら乗車できません。しかし乗車券さえ持っていれば、もし乗り遅れてもそれより遅い電車に立ち席で乗ることができるそうです(伝聞)。

なお今回の中国旅行では注意すべき点があります。
これまで反日色の強い中国に旅行する際、私は日本人だとばれないように気を遣ってきました。しかし現在ではTHAAD問題で韓国人のほうが叩かれています。おそらくこれはしばらく続くでしょう。今後はむしろ韓国人に間違われないように気を遣う必要があります。
中国共産党による統治には、自分たちへの不満をそらせるための外敵、いわばガス抜きの相手が欠かせません。それはこれまで日本の役目だったのですが、現状では多くの中国人が日本に旅行するようになり、その民度と科学技術の高さに一目置く人たちも増えてきました。「日本が悪い」には齟齬が生じるようになったのです。
そこで彼らには新たな外敵が必要になりました。私はそれが韓国であると考えています。
中国での日本人の蔑称は「日本鬼子」、韓国人の蔑称は「高麗棒子」ですが、前者が本当に恐ろしい相手というニュアンスなのに対し、後者はボーっと突っ立っている木偶の坊というニュアンスです。あなたが中国共産党の指導者だとして、どちらかを敵にする必要に迫られたら、どちらを選びますか?
先日、韓国人の9割は認知バイアスであるとの報告がありました。韓国人は物事を認識する際、目先の感情に引きずられる傾向が顕著です。国をあげて「強大だった古代朝鮮」というファンタジーを信じ、漢字・印刷・飛行機・忍者・ソメイヨシノなどありとあらゆる起源を主張し、「すべて相手が悪い」という思考回路で日本や朴槿恵元大統領にすべての責任を押し付けたがり、相手に対して横暴にふるまうことが許される被害者になることを(無意識に)望み、暴力をふるったほうがふるわれたほうに「自分が被害者」という意味不明の理論を展開することもあり、偽証罪は日本の100倍以上、観光地でのぼったくりは途上国レベル。でも当の本人たちは病識に欠け、尊大でプライドに満ち溢れています。
そのような国民性が嫌われるのでしょう。どうも中国人のネットでの意見を見ている限り、韓国を叩くのであれば異論も少ないようです。
個人的には中国人の隣で日本語のガイドブックを開けやすくなったので助かります。

旅行初日、セントレアで鄭州までのチェックインを済ませ、プライオリティパスでスターアライアンスラウンジに入って朝食をとりました。一部のメニューが更新され、ソーセージ、スクランブルエッグ、スパゲッティナポリタン、サンドウィッチ、おにぎりなどが並んでいました。
北京にはほぼ定刻通り到着し、9時間ほど乗り継ぎ時間があったので、皇帝一族の庭園として作られた世界遺産の頤和園に行くことにしました。機場快速(25元)と地下鉄(5元)を乗り継いで、西苑駅へ。駅から西に5分ほど歩くと、頤和園の東門につきます。入場だけなら30元ですが、徳和園、文昌院、佛香閣、蘇州街(計45元)にも立ち寄れる60元のスルーチケットを買いました。歴史的建造物である徳和園と文昌院の内部には美術品の展示もあり、佛香閣は山の上に建てられた寺院で、蘇州街は川のほとりにある昔ながらの中国の商店街です。
頤和園自体は巨大な池とそれを望む山を擁する非常に広大な庭園で、東門から北門に歩いて抜けると地下鉄一駅分移動することになります。湖のほとりに広がる中国建築とあふれれんばかりの人民を見ながら、スルーチケットの付帯施設にも立ち寄り、北門へと抜けると時刻は16時半でした。
ここから地下鉄と機場快速を乗り継いで、1時間ちょっとで空港に戻ってきました。保安検査を済ませ、プライオリティパスで国内線(ターミナル3C)のファーストクラスラウンジに入ると、そこは大混雑。席を確保できない人たちが通路をさまよい、若い白人男性は床に座り込み、食事コーナーはまるで立食パーティーの会場です。私のようなラウンジ乞食にまで開放しまくったせいで、最近はいつもこんな有様です。まあ文句を言えた筋合いではないので、食べるものを食べ、飲むものを飲んだらさっさとラウンジを立ち去り、近くにある一般スペースのシートに座って時間をつぶしました。こちらには地べたに座り込むバックパッカーもいなくて、のんびり広々と快適にくつろげます。
そして搭乗の1時間前になって、搭乗口が隣のターミナル3Dであることが判明しました(それまでは未定でした)。バスで3Dに移動し、プライオリティパスでこちらのラウンジにも入ってみると、新しくて、空いていて、とても快適でした。本来ラウンジとはこうあるべきです。
鄭州到着後、空港駅の乗車券販売窓口で予約票とパスポートを見せて翌日の切符を入手してから(手数料5元)、屋外に出て、空港左前方にすぐ見えるはずのホテルを探しましたが、それらしき建物はありません。スマホのナビソフトとにらめっこしていると、ホテルはかつて使われていたターミナル1の左前方にあり、現在使われているターミナル2からは少し離れていることが分かりました(ターミナル2を出て正面左側に廃墟となったターミナル1の建物が連なり、その向こうにホテルが見えます)。夜道を15分ほど歩いてなんとかホテルに到着しました。

翌2日目、ホテルで朝食をとり、8時過ぎに出発しました。ターミナル2経由で空港駅まで歩き、保安検査を受けてから乗車。飛行機同様、ペットボトルは持ち込むことができません。
空港駅から東鄭州までは電車番号がC(時速200キロ弱)で、東鄭州から洛陽龍門まではG(時速300キロ弱)です。窓の外には果てしなく草原が広がり、ところどころで何かを採掘した後のように地面が大きくえぐれ、そんな大地の真っただ中に建造中の高層ビル群を散見します。どう考えてもこんな場所にマンションやオフィスの需要はないので、これが噂の鬼城(ゴーストタウン)なのでしょう。
東鄭州に到着後、一度改札を出てから乗車口を探しましたが、どこにもありません。実は中国の高速鉄道駅は空港に似た作りになっており、1階が到着フロア、2階がプラットホーム、3階が出発フロアになっています。それが分かってから3階に移動すると、4階にいくつかのレストランが並んでいるのが見えました。この日の夕食はこの駅で済ませる予定なので、あらかじめ物色しておきました。
洛陽龍門までの電車は時速300キロ弱で走行していましたが、個人的にはN700系よりも揺れが少ない気がします。N700系は加速が鋭い代わりにときどきマッシブなモーターの存在を感じますが、こちらはもっとスルスルと加速していく印象です。あとは日本の新幹線なみの安全性があり、まわりの乗客や乗務員が中国人でなければ言うことなしです。
洛陽龍門駅に到着し、駅の外に出ると目の前に洛陽龍門駅と龍門石窟を往復しているK71番バス(1元)が停まっていました。これに乗れば15分で龍門石窟につきますし、帰りのバスも行きの降車場所とほぼ同じところから出発しています。この区間はタクシーを使うことも考えていたのですが、思わぬ福音でした。
バスの降車場所から人の流れに沿って5分ほど歩くとチケットオフィスに到着します。そこでチケット(100元)を買い、人の流れに沿って西岸の石窟から見ていくことにしました。山の岩肌に多くの穴が穿たれ、そこには大小無数の仏像が彫られています。顔を削り取られた仏像も多いのですが、それすらもこの石窟が歩んできた歴史を語り伝えているのでしょう。振り返ると眼下には青い水をたたえた穏やかな川の流れがあり、その向こう岸には緑の山肌とそれを削り取って作られた対岸の石窟が見えています。空は澄み渡り、風は心地よく、そしてまわりは足の踏み場もないほどの人民でひしめき合っています。
まあ、大都市からのアクセスが容易な中国の世界遺産なのですから、こればかりは致し方ありません。
なおこの近辺には食堂がなく、私はときどき見かける売店でアイス(5元)、ゆで卵(3元)、ハムエッグの中華風ハンバーガー(10元)を買って食いつないでいるうちに、昼食分の胃袋が満たされてしまいました。
西山石窟(川の西岸)、東山石窟(川の東岸)、香山寺(山の中腹にあるごく普通の中国寺院)、白園(白居易を祀った中国庭園)を順に見て回り、帰りのバスに乗って洛陽龍門駅に戻ってくると時刻は15時半でした。帰りの電車が出発する50分前で、思ったより時間を使いました。
鄭州東駅に到着後、あらかじめ物色してあった店に入り、中華風ミートパイとラー油の浮いたヌードル(35元)を注文。大体どの店も予算は50元以下といったところです。食後、マクドナルドでコーヒー(11元)を飲んで一服し、再び電車に乗って空港に戻ってきました。そこからホテルまでの道は、腹ごなしの散歩にちょうど良い距離です。

3日目、ホテルで朝食をとってからチェックアウト。7時発の空港行き送迎バスに乗せてもらい、チェックインと保安検査を済ませてからプライオリティパスでラウンジに入りました。乗り継ぎ地の北京でもラウンジに直行し、結局この日は1元も使うことなくセントレアまで帰ってきました。

これまで中国の陸路は予約システムが未熟で、私のような短期旅行者が確実にチケットを手配するのは難しかったのですが、今回CTRIPで高速鉄道を予約してみて、ようやく国際水準に追いついたと感じました。これなら空路と陸路を組み合わせて、これまでアクセスしにくかった場所にも足を延ばせそうです。
なお来月は北京西駅から高速鉄道を使って石家庄に行く予定です。
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石垣島旅行記(17年3月) [国内旅行記]

小学校を卒業したばかりの長男と2人で石垣島に行ってきました。妻はこれまでさんざん公共交通機関利用の体力勝負旅行に連れまわした結果、「家で留守番しているから勝手に行ってきて」状態になったので今回も留守番です(その代わり小遣いを渡す条約を結んでいます)。
昨年12月、泉佐野市にふるさと納税してピーチポイントをもらい、それを使って航空券をゲットしました。片道9990円の航空券×4(往復2人分)に空港使用料、座席指定料、支払手数料を上乗せして総額43700円が実質ほぼ無料です。
DAY2 MM231 KIX 0715 ISG 1000
DAY5 MM232 ISG 1035 KIX 1255(MM、KIX、ISGはそれぞれピーチ、関空、石垣)
関空発が0715と早いため、大阪で前泊する必要があります。そこで今回は名古屋から大阪への移動日を旅行初日とカウントします。
楽天トラベルで大阪泉佐野駅前のビジネス旅館美松荘(初日、素泊まり5610円)、石垣島離島ターミナルそばのホテルピースランド石垣島(2日目、朝食付き8700円)、西表島の海人の家(3日目、朝夕食付き7000円)、ホテルピースランド石垣島(4日目、朝食付き9200円)を予約し、オリックスレンタカー西表島大原店で3日目13時から4日目13時までレンタカーを手配しました(9180円、楽天クーポン利用で6180円)。今回は3日かけて小浜島、黒島、西表島、竹富島の4島を周遊する予定です。
名古屋から大阪までの往復は近鉄特急アーバンライナーのデラックスカー(大人はチケットショップで3700円、小人は近鉄窓口で2390円)で手配しました。

旅行初日、19時名古屋発のアーバンライナーに乗り、大阪難波で南海電鉄(大人590円、小人300円)に乗り換えて泉佐野駅前の宿にチェックインしました。風呂は自宅で済ませてきて、あとは駅の近くで安く泊まれることを重視して選んだ場所ですが、昭和時代の下宿を思わせる古びた宿です。長男には逆にそれが印象深かったようでした。

2日目、5時49分の南海電鉄(大人490円、小人250円)で関空へ。ターミナル1のすき家で朝食をとり、バスでターミナル2に移動して搭乗しました。早起きで眠たかったので、機内ではほとんど寝て過ごしました。
石垣島到着後、バスで離島ターミナルへ(往復で大人1000円、小人500円)。石垣島ドリーム観光(以下IDT)のブースで3日間のフリーパス(大人4000円、小人2000円)を購入し、荷物を無料で預かってもらいました。IDTは八重山観光と安栄観光の合同チームと比べたら便数の少ない弱小会社ですが、3日間のフリーパスが合同チームの大人5800円に比べて圧倒的に安く、各種割引特典もついてきます。そこで今回はIDTを利用することにしました。
この日は小浜島に行く予定ですが、フェリーの出発時刻まで2時間近くあります。近くにある八重山そばの店でソーキそば定食(1000円×2)を頼み、石垣私立八重山博物館(大人300円、小学生無料)に入場し、公設市場や土産物屋に立ち寄って、時間をつぶしました。
12時50分のフェリーで小浜島に渡り、レンタサイクル(2時間×2台で1200円、IDTのフリーパス提示で1割引き)で島内散策へ。起伏の激しい島で、長男は途中でへばっていましたが、良い運動になったと思います。まずは島で最も高い大岳(標高99メートル)に上り、八重山列島を一望しました。それから海際まで下ってマングローブの森を眺め、島の南東にあるシュガーロードを走り、トゥマルビーチに立ち寄ってから港に戻り、15時20分のフェリーで石垣島に帰ってきました。
預けていた荷物を受け取り、ホテルにチェックインしたところ、なぜか沖縄そばのカップ麺を2つもらいました。少し休憩してから夕食に出かけ、昼とは別の店でグルクンのフライ定食(1080円×2)を注文しました。グルクンとは沖縄地方で食べられている魚ですが、柔らかい白身が美味です。それに小さな八重山そば、ジューシー(沖縄の炊き込みご飯)、もずく、ゴーヤの漬物がついていました。食後、土産物屋で海ぶどう(100gで490円)を、コンビニでブルーシールアイス(140円)を買ってからホテルに戻ってきました。

3日目、ホテルで朝食をとってからチェックアウト。離島ターミナル内のIDTのブースで荷物を無料で預かってもらい、9時20分発のフェリーで黒島に向かいました。ここはその日現在、210人の人間と2860頭の牛が暮らす平坦な牛の島です。IDTのフリーパスを提示してレンタサイクルを1時間半×2台借りたところ、700円でした。
まずは黒島研究所(500円×2)へ。ここは黒島の海や文化、海洋生物を紹介した博物館です。内容のわりに高い印象がありますが、1日平均30人弱しか客が来ないようなので、きっと赤字でしょう。「大丈夫です、ナマコですよ」というどこかで聞いたようなフレーズの書かれたナマコおさわりコーナーがありました。その後、改装中の黒島ビジターセンター、北にある桟橋、島に一つしかない小中学校(児童8人、生徒4人、教師15人)、黒島展望台に立ち寄り、11時半のフェリーで石垣島に戻ってきました。
すぐに預けてあった荷物を引き取り、売店でおにぎりを買って小腹を満たし、12時半のフェリーで西表島へ。到着後、レンタカーを借りてから、近くの食堂で満八そばセットと野菜炒め定食(計1850円)を注文しました。その後は15時半開始の仲間川マングローブクルーズ(大人1540円、小人770円)に参加する予定ですが、100分ほど空き時間があります。近くのスーパーでお茶などを買いこみ、西表野生生物保護センター(入場無料)でイリオモテヤマネコに関する展示を見て、外周道路の起点である南風見田の浜に立ち寄って、時間をつぶしました。
15時半出発のクルーズ船は、私たちを含めて乗客が5人しかいない、大変ゆったりしたものでした。朝は団体ツアー客が押し寄せて大渋滞になるのを知っていたので、あえてこの時間にしたのです。満潮のためマングローブの足元にある放射状の根っこは見られなかったものの、普段は案内しない場所にも足を延ばしたりして、大変満足できる内容でした。
その後、レンタカーで西表島を北上し、星形の砂粒があるという星砂の浜に立ち寄ってから宿に到着しました。ここは西表島外周道路の終点である白浜という漁村に位置しており、公民館に隣接した素朴で開放的な建物です。田舎が好きな私にとって、海と山に挟まれたこの辺境の地に泊まること自体が旅の目的の一つでした。この日の夕食はガーラという魚の刺身、地元で採れた4種の魚フライ、カボチャの煮つけ、みそ汁とごはんといった内容で、味、ボリュームともに満足できました。
夜9時過ぎに外に出てみると、満天の星空が広がっています。それでもまだ周りが明るかったので、車を走らせて真っ暗な道路まで移動すると、さらにくっきりと星々が浮かび上がりました。オリオン座、北斗七星、北極星、天の川――無料で天然の、そして最上級のプラネタリウムです。物の怪やハブが出そうで、足元が怖かったのですが……。

4日目、宿で朝食をとってからチェックアウト。そのまま西表島外周道路を南下し、由布島(大人1400円、小人700円)に向かいました。ここでは水牛がひく車に乗って遠浅の海を渡ることができます。碧く揺らぐ水面と遠くの緑を眺めながら御者の奏でる沖縄民謡に耳を傾けているうちに、由布島へと到着しました。島の住人はゼロですが、日中は観光施設として水牛の池、マングローブ遊歩道、蝶々園、ブーゲンビリアガーデンなどが解放されており、飲食施設や売店もあります。それらを見て回り、レストランでサービスのマンゴジュースを飲んでから、11時の水牛車で西表島へと戻ってきました。
すぐに前日と同じ食堂に向かったのですが、あいにく臨時休業です。大原付近ではそこ以外の飲食店を知らなかったので、あきらめて近くのスーパーで弁同を買って昼食にしました。他にすることもないので、レンタカーを返却してからフェリー乗り場で時間をつぶし、13時25分発、竹富島行きのフェリーに乗りました。
竹富島には14時に到着し、すぐにグラスボートの切符売り場に向かったのですが、あいにくこの日は波が高く、海の透明度が低いのでお勧めしないとのことでした。仕方がないのでそちらは諦め、14時20分発の無料送迎バスで島の中心地に向かい、14時半から村の中を散策する水牛車に乗りました(IDTのフリーパス提示で大人1000円、小人500円)。水牛にもいろいろな性格の個体がいて、怠け者に当たると1周するのに1時間近くかかる場合もあるそうです。今回は運よく素直で働き者の牛に当たり、20分ほどでコースを1周しました。とは言え、自分の足で歩けば10分弱のコースです。その後も村唯一の展望台(一人100円)に上ったり、村唯一の商店でアイスキャンディー(100円)を買ったりして時間をつぶしてから、15時40分発の港行き無料送迎バス、16時発のフェリーを乗り継いで、石垣島に帰ってきました。
一昨日と同じホテルにチェックインすると、この日も沖縄そばのカップ麺を2個もらえました。しかし合計4個のカップ麺は、持って帰ろうにも無駄にかさばります。そこでその日の夕食は急きょカップ麺ということになりました。ただ何となく満たされない感じがして、後で土産物を買いに出かけたついでにアイスなどを買ってきました。

5日目、ホテルで朝食をとってからチェックアウトし、8時半のバスで石垣空港へ。関空にはほぼ定刻通りにつき、ターミナル1のすき家で牛丼弁当を買ってから13時35分発のラピートβ(大人はピーチ機内で1030円、小人は南海電鉄の窓口で640円)に乗り、15時発のアーバンライナーで名古屋に帰ってきました。なおこの日の夕食はふるさと納税で届いた牛肉でした。
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最安シンガポール旅行記(17年2月) [海外旅行記]

今回の旅行は表題のとおりです。
昨年10月、楽天トラベルで下記の航空券を購入しました。
DAY1 CA160 NGO 0900 PEK 1120
DAY2 CA975 PEK 0010 SIN 0630
DAY3 CA970 SIN 0015 PEK 0620
DAY3 CA159 PEK 1700 NGO 2100 (CA、NGO、PEK、SINはそれぞれ中国国際航空、名古屋、北京、シンガポール)
チケット代金が14000円で、それに空港税などを足して総額25620円です。
通常、シンガポールに旅行すると航空運賃とホテル代がかさみます。そこで今回はCAを利用することで航空運賃を抑え、0泊3日の旅程にすることでホテル代をなくしました。もちろんそれでは色々と大変なので、プライオリティパスでラウンジを使い倒す予定です。実は、北京とシンガポールはプライオリティパスのラウンジだけで1日過ごせる数少ない空港なのです。いわば旅行道ならぬラウンジ乞食道ですが、一度このダークサイドに足を踏み入れると元の明るい世界には戻れなくなるので注意してください。

初日、セントレアでシンガポールまでのチェックインを済ませ、スターアライアンスラウンジで朝食をとりました。唐揚げ、カレーライス、サンドウィッチ、おにぎり、巻き寿司と各種ドリンクが用意されており、ビジネスホテルの朝食くらいの価値はあります。
飛行機で北京上空に差しかかると、青い空と乾いた砂の大地が広がり、はるか彼方はPM2.5の白い霧に覆われていました。旧正月明けで大量の爆竹による大量のPM2.5を想像していたのですが、思ったよりは見通しがききます。
空港から西単行きのバス(24元)に乗り、西直門橋南で降りました。この日は北京動物園に行く予定です。スマホのナビで現在地を確かめて、地下鉄の西直門駅まで歩き、そこから1駅(3元)で動物園駅に着きました。時刻は14時前で、パンダ館にも入れる14元の入場券を買って入場しました。この日の閉演時間は17時ですが、広大な敷地に動物舎が点在しているため、時間内に見て回ることは難しそうです。
結局パンダ、サル、ライオン、クマ、ウマ、カンガルー、キリン、爬虫類、鳥類などを見て回ったものの、ゾウとサイは諦めました。
ゴリラ舎ではゴリラと入場者を隔てるガラスがあり、その1メートル手前に手すりがあるのですが、中国人の母子がそれを乗り越え、ガラスを叩いてゴリラにアピールしていました。中国人の民度は相変わらずで、何というか見ている側も見られている側も両方サルです。パンダ舎では4~5頭のパンダがいましたが、午後の遅い時間帯なのであまり活発には動いていませんでした。
途中、ミネラルウォーター(2元)と台湾式の焼きソーセージ(5元)を買い、17時に動物園を後にしました。当初は北京ダックを食べるつもりでしたが、この時間から確実に入れる店に心当たりがなく、またレストランを求めて中国人だらけの通勤電車に揺られるのも辛かったので、そのまま空港に向かうことにしました。東直門駅で地下鉄(4元)と空港快速(25元)を乗り継ぎ、空港到着後、出国審査を済ませて中国国際航空のファーストクラスラウンジに入りました。時刻は18時半で、夕食コーナーが充実している時間帯です。ホットミール、サラダ、スープ、お粥、ヌードル、点心などが食べ放題で、下手に市内でお金を払って食べるよりも豪華な夕食にありつけました。食後はシャワーも利用し、コンセントそばのシートでこのブログ記事を書いたり、コーヒーを飲んだりして時間をつぶしました。なおこのラウンジは22時以降プライオリティパスで利用できなくなるため、途中でプラザプレミアムラウンジに移動しました。
というわけで、この日の出費は77元です。

2日目、定刻より少し遅れてシンガポール・チャンギ国際空港に着き、すぐに帰りのチェックインをしました。この空港はショッピング、食事、バタフライパークなどの設備が充実しており、それをユーザーに楽しんでもらうため、多くの航空会社が出発の24時間前からアーリーチェックインを受け付けています。最初の窓口では頭の固そうなお局様から、まだ早いから午後に来るようにと言われましたが、その言葉には何の根拠もありません。別の窓口を探してアーリーチェックインを依頼すると、普通に受け付けてくれました。チャンギ国際空港は搭乗客と到着客が同じフロアで混ざりあう特殊な構造になっているため、ここで搭乗券を手に入れてしまえば、到着直後からラウンジを利用できるのです。近くにあったプラザプレミアムラウンジに入り、朝食をとることにしました。ここにはラクサと呼ばれるシンガポールのローカルヌードルがあります。ココナッツベースの辛いスープに半透明の麺をからませ、パクチーをたっぷり利かせると、それだけで東南アジア旅情がそそられます。このほかにもホットミールやサラダ、マンゴープリンを食べ、コーヒーを飲んで頭をすっきりさせてから出発することにしました。時刻は8時半です。
入国審査と両替(1万円=122.1シンガポール$、以下S$)を済ませ、まずはセントーサ島へ。ハーバーフロント駅まではMRT(2.6S$)で、そこからはセントーサエクスプレス(往復4S$)です。S.E.A.アクアリウムの入場券(34S$、現地では38S$)もセントーサエクスプレスの乗車券と一緒に購入しておきました。ビーチ駅で降りると、目の前にはアメリカナイズされたリゾートビーチが広がっています。ここを道沿いに西のほうに歩いてくと、途中でレンタサイクル、レンタルセグウェイの店を見つけました。セグウェイには一度乗ってみたかったので、21S$払って500メートルの道のりを体験乗車することにしました。最初は急カーブで苦労しましたが、慣れてしまえば簡単です。最後のほうはかなり意のままに扱えるようになっていました。
そこからさらに西に行くと、エレベーターで高い塔に上り、そこから空中遊歩道を歩いていくアトラクション(無料)があります。その先にはシロソ砦とよばれる遺跡があり、旧日本軍との戦闘についての説明がありました。
次に山の中で鳥がさえずる遊歩道を抜け、S.E.A.アクアリウムの前までやってきました。時刻は正午で、歩き疲れたせいもあって空腹だったため、近くにあったマレーシア料理のフードコートでチキンライス(6S$)を注文しました。今回の旅行中、このチキンライスが自分でお金を払った唯一の食事らしい食事ですが、一番質素な食事でもありました。
そして食後はS.E.A.アクアリウムへ。私はかつてここがアンダーウォーターワールドと呼ばれていた頃にも来たことがありますが、その時よりもかなりレベルアップしていました。ガラスチューブの水中トンネルから始まって、数多い水槽のそれぞれで絵になる写真を撮れるのです。最奥部には美ら海水族館をほうふつとさせる巨大水槽があり、多くの魚たちが泳いでいました。美ら海と違ってジンベイザメがいない分、小魚ばかりで物足りなく感じる部分もありますが、水槽の規模では決して負けていません。私は写真を撮りながら1周し、その後写真を撮らずにもう1周しました。所要時間は2時間で、見終わると時刻は15時半です。
ここからセントーサエクスプレスとMRT(1.6S$)を乗り継いで、シンガポール国立博物館(15S$)へ。ここはシンガポールの歴史に関する展示がメインですが、美術品や歴史的資料などが少ない分、ジオラマや写真、昔の人々の日曜道具などが数多く展示されています。そのため何を見たのかあまり頭に残らないのですが、1942~1945年まで日本に統治されたことだけは強調されており、しっかりと頭にこびりつきました。所要時間は100分で、見終わると17時10分です。この後、時間と体力が残っていればベイサイドに立ち寄ることも考えていたのですが、雨が降り始めたこともありMRTで空港に直行しました(2.2S$)。
出国審査を済ませてからSATSプレミアムラウンジに入り、ラクサやホットフードの夕食をとってからシャワーを利用。その後、搭乗口に近い別のラウンジに移動すると、そこにはフィッシュスパがありました。これまで鳥羽水族館や志摩マリンランドで手だけなら体験したことがありますが、ここでは両足を水槽に浸してドクターフィッシュに角質の掃除をしてもらえます。客は私一人で、巨大な水槽のドクターフィッシュたちを1時間ほど占有すると、明らかに足の皮膚の摩擦係数が減少しました。足の疲れも取れたような気がして(プラセボ効果?)、気分よく飛行機に搭乗できました。この日の出費は86.3S$です。

3日目、6時半過ぎに北京空港に到着し、この日も少しだけ観光することにしました。入国審査を済ませ、空港快速(25元)とMRT(3元)を乗り継いでよう和宮駅に向かい、そこから徒歩で孔廟と国子館(両方で30元)へ。孔廟は孔子を祀った廟で、国子館は元の時代に作られた最高学府です。どちらも科挙とかかわりの深い場所ですが、無理やり日本で例えるなら、学問の神様・菅原道真を祀った神社と鎌倉時代の幕府御用達の学問機関といったところでしょうか? 北京の観光地としてはマイナーですが、メジャーなところは大体行きつくし、空港から近くてまだ行ったことがない観光地を探したらここに白羽の矢が立った次第です。科挙とは膨大な暗記を要した史上最難関の試験の一つと聞いたことがあり、ひらめきで勉強量不足をカバーして何とか辻褄を合わせてきた私のような人間には絶対にクリア不可能です。「思いて学ばざれば則ちあやうし」という孔子の言葉が耳に痛かったのを思い出します。建物そのものは特に印象に残るほどではありませんが、先人たちの向学心と努力に敬意を表して見学してきました。
その後、北京最大のチベット仏教寺院であるよう和宮にも立ち寄ろうと思ったのですが、押し寄せる中国人の群れが尋常ではなく、彼らと入場の順番を争う生存競争に巻き込まれたくなかったので、おとなしくMRTと空港快速(計28元)を乗り継いで空港に戻り、中国国際空港のファーストクラスラウンジで昼食をとりました。ここまでの出費は、途中で買ったミネラルウォーター2本(3元)を含めて89元です。
その後も同ラウンジで仮眠を取ったりして時間をつぶし、定刻通り名古屋に帰ってきました。

以上、0泊3日で北京、シンガポールの周遊旅行を行い、セントレアを出発してから到着するまでの総額は25620円+166元+86.3S$でした。これを当日の空港両替所のレートで換算すると25620+7068+3018円=35706円になります。最安シンガポール旅行記と言って差しつかえない額に収まったのではないかと思います。

実はこれまで長男の中学受験があって長期旅行は難しかったのですが、何とか無事に合格できました。来年度はもう少し足を伸ばせそうです。2月から燃油サーチャージが復活することもあり、1月中にかなり先まで航空券を仕込んでおきました。3月は長男と石垣島、4月は鄭州、5月は石家庄、6月はバルト三国、7月はバンコク、10月は合肥、11月はホーチミン、12月は武漢への旅行を予定しています。
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沖縄旅行記(17年1月) [国内旅行記]

昨年11月、ジェットスター航空のホームページで下記航空券を購入しました。運賃8380円に座席指定料、支払手数料、旅客施設使用料を上乗せして、総額10780円です。
DAY1 GK383 NGO 1150 OKA 1430
DAY2 GK384 OKA 1510 NGO 1715 (GKはジェットスター、NGOは名古屋、OKAは那覇)
また楽天トラベルで沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ(2300円の朝食付きで通常4800円、楽天のクーポンを利用して4200円)とレンタカー(24時間で1000円)を予約しました。
以上、往復の飛行機とリゾートホテル、レンタカーで合計15980円です。あらかじめウェブチェックインを済ませ、搭乗券をプリントアウトしておきました。

初日、セントレアのカードラウンジで時間をつぶしてから搭乗し、買っておいたパンを機内で食べて昼食を済ませました。那覇到着後、レンタカー会社の送迎バスで営業所に向かい、レンタカーに乗りこみました。久しぶりに那覇周辺の国道58号を走ってみたかったので、まずは下道を通って万座毛へ。ここには海辺にたたずむゾウのような崖があり、中国人をはじめとする多くの観光客でにぎわっていました。夕日がきれいな場所というイメージがあったのですが、まだ太陽が高いせいか、逆光になるだけであまり良い写真は撮れません。観光後、近くにある元祖海ぶどう本店という店で元祖海ぶどう丼(1404円)を食べました。海ぶどうとは海藻の一種ですが、緑色で小さなぶどうの房のような形をしており、プチプチした食感は少しだけギャビアに似ています(味は海藻です)。これと山芋、いくら、ウニが載った丼ぶりですが、たまに食べたくなるのです。食後、道中のコンビニでさんぴん茶を買いこみ、ホテルに向かいました。
今回のホテルはれっきとした高級リゾートですが、なぜかその一角に質素なシングルルームがあり、そこに格安で泊まれるのです。部屋に入るとグアムの格安ホテルを思わせるカビのにおいが立ちこめ、リゾートホテル風の内装なのに間取りは狭いビジネスホテルという不思議な空間がありました。実際のところ部屋だけなら値段相応ですが、それに加えて高級リゾートホテルの宿泊客としてのサービスを利用できるのが一番のセールスポイントです。まずは屋内プールで泳ぎ、屋外で少し肌寒い夜風に吹かれながら美しくライトアップされたジャグジーに浸かり、それからホテル内2か所にある大浴場をハシゴしました。鳥のさえずりが(スピーカーから)聞こえる露天風呂、ジャグジー、屋内大浴場、サウナ、水風呂など内容も盛りだくさんです。またこの時期は閉鎖されている屋外プールも美しくライトアップされていました。

2日目、6時半のスタートと同時にホテルの朝食会場に行きました。前日ホテル内を散策して、中国人がたくさん宿泊していることを知っていたので、彼らとかぶらないようにするためです。日本と中国では1時間の時差があり、日本時間の6時半は中国の5時半になります。当然、彼らは少し遅めに現れるはずです。そしてその思惑通り、日本人が多くを占める静かな環境の中で朝食をとれました。メニューそのものは日本の高級ホテルにありがちな内容で、ゴーヤーチャンプルーとモズクを除けば沖縄らしさはあまり感じられません。
食後、昨日の大浴場に向かい、吐息が白くなるような冷気の中、沖縄の森と海が朝霧にかすむ景色を眺めながら露天風呂に入りました。格安料金で、ホテルの附帯サービスを使いつくした気がします。8時半にチェックアウトし、海岸沿いにあるビーチショップで9時出発のグラスボートに乗りました。通常なら1620円ですが、前日ホテルでのチェックインの際に割引クーポンをもらっていたので540円です。船底のガラスから海中を眺めると、浅瀬にあるサンゴ礁ではカクレクマノミ(ニモ)が戯れ、沖合では大きな魚たちが餌付けを求めて船に集まってきました。20分ほどのクルーズですが、この値段ならリーズナブルです。
それからブセナテラスに少し立ち寄った後、前日にも訪れた万座毛へ。やはり午前中のほうが写真を撮るには適しているようです。ここから空港までの所要時間とレンタカー返却までの残り時間を計算するとあまり余裕はなかったので、道中にある2つの世界遺産、座喜味城(入場無料)と中城城(400円)に立ち寄ることにしました。どちらも小高い丘の上にあり、堅牢な城壁で守られています。そこに上ると360度の景色が広がり、森と海を隔てる海岸線の形まで一望できました。あまり観光客が立ち寄らない穴場スポットですが、晴れた日に訪れると気分は爽快です。
中城城から空港近くまでは高速道路(270円)を疾走し、ガソリン(1220円)を入れてからレンタカーを返却し、空港まで送ってもらいました。まずは1階到着ロビーにある琉風という店でソーキそば定食(1029円)を食べ、カードラウンジに立ち寄り、コンビニでペットボトルのお茶を買ってから保安検査を受け、飛行機に搭乗。定刻より10分遅れで名古屋に帰ってきました。
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タイムパラドックスは生じない [時間旅行]

私はこれまでにも理論物理学や時間旅行について言及してきました。
時間は5次元である http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2014-03-09
タイムトラベルの終わり http://ncode.syosetu.com/n9160dl/

今回はそのまとめであり、相対性理論、量子論、不確定性原理、超ひも理論の概要を理解している方を想定して書いています。もしあなたのまわりに理論物理学を学んだ人がいるなら、こんな記事を書いている奴がいると紹介して下さい。
そして……まずは自慢から始まることをご容赦ください。
私は幼稚園の時、知能指数テストで開園以来最高値をマークしました。小学館の小学1年生という雑誌に掲載されていた某漫画で「教科書しか読まない」という勉強できるキャラが出てきた時には、「教科書しか読めないなんて頭が悪くて可哀そう」と思ったものです。そんな私が小1の時に心を奪われたのは、特殊相対性理論の番組に出てきた光のドップラー効果とスターボウ、そしてウラシマ効果でした。
小6の時、問題の解き方をその場で思いつくのが得意で、算数だけはトップ争いの一角でした。総合でも灘中学A判定を取れるくらいの成績でしたが、担任の先生からは知能指数のわりに成績が悪いと言われました。自分でもそう思います。私の頭はひらめきだけにステータスを全振りしており、暗記科目は苦手です。
そんな私が高校生の時に相対性理論の本を読んでいて、光速を超えると時間と空間が逆転することに気付きました。私自身はこの考え方に今でも自信を持っていますが、毎月フラフラと旅行しているだけの無名の医者が理論物理学について語っても、なかなかまともに取り合ってもらえません。そもそも私自身、どこの誰かも分からない人物から「ぼくが、かんがえた、さいきょうの、りろん」を紹介されても、まともに取り合わないと思います。だからビッグマウスをたたく前にあえて自慢しました。
もしこれが正しければ、タイムパラドックス、シュレーディンガーの猫、ブラックホール中心部の特異点問題を解消し、究極の物理学理論である量子重力理論に近づくものになるでしょう。そのかわり、既存のタイムトラベル系SFのほとんどすべては過去の遺物になります(戦国自衛隊を除く)。
どうか最後まで読み、理論的な誤りがあれば私に教えてください。私は、自分のアイデアをこのまま眠らせておいて良いのかどうか、知りたいだけです。

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まずは各章のノイエス(新しい提言)を示します。

● 光速を超えると、時間と空間が入れ替わる
● 空間の次元数=時間の次元数=複数次元である
● 基準速度となる光速の両側に、タージオン世界とタキオン世界がある
● タージオン世界とタキオン世界では、情報の交換をすることは不可能である
● 十分な観測ができなければ、その観測者や対象は時間的・空間的広がりを持つ
● シュレーディンガーの猫は、猫が死んだ平行宇宙と生きている平行宇宙にまたがった状態である
● ブラックホール表面と光速は等価? ブラックホール内側はタキオン世界?
● 重力は時間の流れをつかさどる力である。だから他の3つの力より極端に弱い
● ブラックホールに吸い込まれたはずのエントロピーは、実はその表面に貼りついていた
● 最小の質量を持つ超ひもがブラックホールになる大きさがプランク長さである
● T双対性は時間と空間の逆転?
● ブラックホールの中心部はブラックホールから無限に遠い場所と等価である
● 宇宙の果てでもT双対性と同じことが起きていたら、宇宙の果ての向こう側はこちら側と等価?
● 時間が複数次元なら、タイムパラドックスは生じない
● エベレットの多世界解釈には、おかしな点がある
● タイムマシンで過去に戻っても、そこは自分が知らない歴史の過去かもしれない?

「?」マークがついているところは自信がありませんが、それでもダイナミックで美しい独自の宇宙モデルを提唱できたと思います。
決して奇をてらったわけではありません。一つ一つ考察した内容を積み重ねたら、後述する宇宙モデルが自然に浮かび上がってきたのです。
それでは各章の内容について述べていきます。

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● 光速を超えると、時間と空間が入れ替わる 

特殊相対性理論には速度を合成するための公式があります。
w=(u+v)/(1+uv/c^2 )
uとvが光速cに比べて限りなく小さい(我々がふだん経験する徒歩や電車のような)場合、この公式の分母がほぼ1になるため、両者の速度を足すだけで合成した速度wが求められます。しかし光速に近づくにつれ、それは通用しなくなります。
ではここでaとbを1より大きな実数とします。光速のa分の1倍で飛ぶロケットから光速のb分の1倍の速度でミサイルを打ち出した場合、ミサイルの速度はどうなりますか?
uにc/aを、vにc/bを代入すると、その答えは(a+b)/(1+ab)・cになります。
では光速のa倍で飛ぶロケットから光速のb倍の速度でミサイルを打ち出したらどうでしょう?
今度はuにacを、vにbcを代入します。すると答えはやはり(a+b)/(1+ab)・cになります。
つまり光速の1/a倍で飛ぶロケットから光速の1/b倍の速度でミサイルを打ち出した場合と、光速のa倍で飛ぶロケットから光速のb倍の速度でミサイルを打ち出した場合で、ミサイルの速さは同じになります。すなわち光速の1/a倍とa倍、1/b倍とb倍はそれぞれ同じ速度だということです。これを合理的に説明するには、光速を超えたら速度を求める際の分母と分子が入れ替わる、すなわち時間と空間が入れ替わると考えるしかありません。
ちなみに距離(空間)を所要時間(時間)で割ったものが速度であり、この両者が入れ替われば、光速のn倍は光速の1/n倍になります。
1905年に発表された特殊相対性理論は、高校生でも扱える簡単な公式で構成されています。その解は信じがたいものばかりですが、これまで数々の実験で正しいことが立証されてきました。
それならなぜ人々は、この公式が示す信じがたい解を100年以上も無視し続けているのでしょうか?
私は誰よりも素直な心で、相対性理論が語りかける声に耳を傾けたにすぎません。
(17年6月13日追記)
光速の壁の向こうは超光速だと考える人が多いでしょう。常識に囚われれば当然です。
しかし上記の考え方に則れば、光速の壁の向こうは時間と空間が逆転した光速より「遅い」世界です。光速の壁の向こうがあったとしても、光速を超える速度は存在しないことになります。もし私が光速の壁の向こうの世界に連れていかれたとしても、私は自分が止まっていると認識するでしょう。私には、自分がどちらの世界にいるのか判断できません。
この考え方は、特殊相対性理論の基本理念にすごく合致すると思いませんか?
イメージとしては、中央に光速という高い山がそびえ立ち、その両側に左右対称の平地が広がっている状態です。両側に住む平地の住人からは山の向こう側が見えず、お互いにその先にはもっと高い山脈があると思いこんでいますが、実はこの世界にある一番高い山は中央にある光速山であり(光速を超える速度は存在せず)、その向こうには自分たちの住む場所となんら変わらない平地(光速より遅い世界)が広がっています。

● 空間の次元数=時間の次元数=複数次元である

上記の考えに則れば、光速のこちら側(タージオン世界)と向こう側(タキオン世界)では時間と空間が逆転していることになります。
しかし考えてみてください。仮に時間は1次元、空間は3次元だとして、その両者が入れ替わることは可能でしょうか?
入れ替わるためには両者の次元数が同じである必要があります。だから空間の次元数=時間の次元数=複数次元となります。

● 基準速度となる光速の両側に、タージオン世界とタキオン世界がある

光速とはこの宇宙の起点となる速さです。宇宙生誕後、ヒッグス粒子が誕生するまでは、ほぼすべての素粒子に質量がなく、光速で動き回ることができました。しかしシャンパンボトル効果によって、より低エネルギーの真空状態へと相転移を起こし、自発的に対称性が破れました。この時にヒッグス粒子が生まれ、フェルミ粒子が質量を持つことになります。ではヒッグス粒子の反粒子や超対称性粒子とはどのようなものでしょう? これまでこの疑問に答えてくれる書物に出会ったことはありませんが、私はこう考えています。ヒッグス粒子が生まれた時、その反粒子(または超対称性粒子)も一緒に生まれ、ヒッグス粒子に絡めとられた素粒子はこのタージオン宇宙に、反粒子に絡めとられた素粒子はタキオン宇宙に行ったのだ――と。
光速とは私たちのタージオン宇宙と超光速のタキオン宇宙を隔てる両面鏡のような存在であり、その向こうに行こうとしても跳ね返されてしまいます。タージオン世界にいる私たちにとって、タキオン世界は超光速の世界です。しかし時間と空間が入れ替わり、速度を求める際の分母と分子が入れ替わったタキオン世界の住人にとっては、我々の宇宙のほうが超光速の世界になります。タージオン世界の住人とタキオン世界の住人は、お互いに自分は光速より遅く、相手は光速より速いと主張するでしょう。
相対性理論は、加速度も重力も感じていないすべての観測者に「自分は止まっている。動いているのは相手のほうだ」と主張する権利を与えています。そしてこの権利はタキオン世界の住人にも等しく与えられていることになります。

● タージオン世界とタキオン世界では、情報の交換をすることは不可能である

下記は特殊相対性理論の公式です。
M=M0/ルート(1-(v/c)^2 )
L=L0× ルート(1-(v/c)^2 )
T=T0/ルート(1-(v/c)^2 )
速度vが光速cに近づくにつれ、質量は増え、長さは短くなり、時間はゆっくり流れることを表しています。
では速度vが光速cを超えてしまったらどうなるでしょう?
質量も、長さも、時間もすべて虚数になります。つまりタキオン世界の物質を我々が観測することはできません。
微小な質量を持つニュートリノはタージオン世界とタキオン世界の双方に存在するかもしれません。しかし我々が観測できるのはタージオン世界に存在するニュートリノだけです。かつて名古屋大学のチームが超光速のニュートリノを観測したというニュースが出た時、私は自分の考えに自信があったので、あり得ないことだと思っていました。そして案の定、観測エラーだと分かりました。
次にニュートンの万有引力の公式を示します。
F=G×Mm/r^2
二つの物質がどちらもタージオン世界に存在する場合、両者の質量Mとmはどちらも正の実数です。ですから両者に働く引力Fも正の実数になります。
二つの物質がどちらもタキオン世界に存在する場合、両者の質量Mとmはどちらも正の虚数です。そして両者の距離rも正の虚数です。それらを二乗するのですから、負の実数を負の実数で割ることになります。ですから両者に働く引力Fは正の実数になります。タキオン世界にも万有引力は存在することになります。
では片方がタージオン世界、もう一方がタキオン世界に存在する場合はどうなるでしょう? 実数Mと虚数mをかけ合わせると虚数になります。それをrの二乗(正か負の実数)で割るのですから、両者に働く引力Fも虚数になります。つまり両者の間に万有引力は働きません。
タージオン世界とタキオン世界では、お互いに相手の質量も長さも時間もすべて虚数になり、万有引力すら働かないのですから、たとえ重力波を用いたとしても両者の間で情報の交換をすることは不可能です。

● 十分な観測ができなければ、その観測者や対象は時間的・空間的広がりを持つ

電子は粒子の性質を持っていますが、それと同時に波としての性質も持っています。我々が観測していなければ、電子は波の性質を示します。しかし観測しようとすると、その波が消えて粒子になってしまいます。
分かりやすく表現するなら、我々が観測していない時の電子は「あっちにもこっちにもある」状態で、それを重ね合わせると「なんとなくこの辺にある」という霧のような存在になります。もちろんきちんと観測すれば粒子の形をとりますが、それでも電子の位置と運動量を同時に正確に観測することはできません。そこにはおのずと限界があります(不確定性原理)。
これを時間=空間=複数次元という宇宙モデルに当てはめると、こう考えることもできます。
「時間とは、流れる向き以外にもそれと垂直の次元(深さや幅など)を持った川のような存在である。そこには無数の異なる歴史が内包されており、様々な歴史(パラレルワールド)を束ねたものが複数次元の時間である。観測者は、電子があっちにあるパラレルワールドとこっちにあるパラレルワールドの双方にまたがった、時間的に大きさを持つ存在である。この場合、観測者の主観では、電子があっちにもこっちにもある重ね合わせの状態となる」
時間が一次元なら時間的な大きさを論じることは困難ですが、複数次元であるなら「十分な観測ができなければ、その観測者や対象は時間的・空間的広がりを持つ」と考えることもできます。

● シュレーディンガーの猫は、猫が死んだ平行宇宙と生きている平行宇宙にまたがった状態である

充分な観測ができなければ、その観測者は猫が死んでしまったパラレルワールドと猫が生きているパラレルワールド双方にまたがった時間的広がりを持つ状態になる。十分な観測を行ってどちらか一つのパラレルワールドに収束するまでは、両方のパラレルワールドにまたがった状態である。こう考えると、シュレーディンガーの猫は当たり前の事実であって、パラドックスではなくなります。
これも時間が複数次元であればこそ成り立つのです。
ここで思考実験をしてみましょう。シュレーディンガーの猫のセットを作り、箱の左側は透明なガラスで、右側は鋼板で覆います。左側にいるAさんと右側にいるBさんが同時に観測を始めたところ、途中で猫が死んでしまいました。Aさんはそれをすぐに観測できたのですが、ポーカーフェイスを保ったまま実験を終えました。この時、Aさんにとって猫は死んでいますが、Bさんにとって猫は生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせです。観測者を2人にして、より問題を複雑にしたシュレーディンガーの猫・改といったところでしょうか?
これを既存の考え方で説明するのは困難ですが、時間的な広がりを考えれば容易に説明できます。実験の途中で猫が死んだパラレルワールドと生きているパラレルワールドに枝分かれしました。十分な観測ができるAさんはただちに猫が死んだパラレルワールドに収束できたのですが、Bさんは実験終了まで両方のパラレルワールドにまたがった霧のような状態だったのです。
「時間は複数次元である」と相対性理論が示唆した結果、不倶戴天の敵だった量子論のパラドックスが解けてしまいました。いえ、そもそも時間が1次元だと思いこむから、そこで無理が生じて両者が相いれなかっただけかもしれません。

● ブラックホール表面と光速は等価? ブラックホール内側はタキオン世界?

ブラックホールに近づくにつれ、時間の流れはゆっくりになり、その表面(ホライズン)であるシュバルツシルト半径に達すると時間は止まります。つまり特殊相対性理論の公式
T=T0/ルート(1-(v/c)^2 )
で、Tが次第に大きくなり、ホライズンに到達したところで無限大に発散したと考えられます。
これはすなわち、ホライズンは光速の世界と等価であることを示しています。
ではその向こう側(ブラックホールの内側)は、時空が逆転してすべてが虚数となり、観測不可能なタキオン世界と等価だと考えられないでしょうか?

● 重力は時間の流れをつかさどる力である。だから他の3つの力より極端に弱い

ブラックホールの内側(タキオン世界)では重力があまりに強いので、光であっても中心部を目指して一定方向に動くことしかできません。
つまり「タキオン宇宙では、重力のせいで、光すら、空間的に、一定の方向にしか動くことができない」のです。
一方、タキオン宇宙の住人にとって、そこはタージオン宇宙です。また我々が空間と認識するものを彼らは時間と認識しています。これを踏まえて上記の文章を彼らの言葉に翻訳すると「タージオン宇宙では、重力のせいで、光すら、時間的に、一定の方向にしか動くことができない」となります。この文章を素直に解釈すると、時間の流れる向きを決めているのは重力だということになります。
つまり重力とは時間の流れをつかさどる力なのです。
実際の川の流れが重力で決まるのと同じように、時間という川の流れもまた重力で決まっています。そのため、重力はミクロの世界で時間と空間双方の余剰次元に拡散してしまいます。だから我々の目に見える重力は他の3つの力(電磁力、強い力、弱い力)より極端に弱くなってしまうと考えれば、すべてが腑に落ちます。

● ブラックホールに吸い込まれたはずのエントロピーは、実はその表面に貼りついていた

ブラックホールに吸い込まれたエントロピーは、ブラックホールの体積ではなく、その表面積に比例することが分かっています。これを極めて直感的かつシンプルに考えるなら、「ブラックホールに吸い込まれたと思っていたエントロピーは、そのホライズンに貼りついていた」という解釈が出てきます。ホライズンで時間が止まり、(ホーキング放射が起きない限りは)永遠にそこで貼りついているのですから、当たり前の結論ともいえます。

● 最小の質量を持つ超ひもがブラックホールになる大きさがプランク長さである

これは何かの書籍で読み、至極当たり前だと感じた内容です。
超ひもはその振動によって、標準模型を構成する様々な素粒子になります。質量ゼロの光子にもなりますが、質量を持つニュ-トリノ、電子、陽子、中性子にもなります。超ひもがその振動によって宇宙最小の質量(=ニュートリノ?)を獲得した時、それがブラックホールになるために必要な大きさがプランク長さ(この宇宙で最小の長さ、1.6×10の-35乗メートル)だというのです。

● T双対性は時間と空間の逆転?

超ひも理論は様々な対称性を根幹とする理論ですが、その中にT双対性と呼ばれるものがあります。細かい説明は抜きにして、その結論だけ見ると、「プランク長さの1/n倍はプランク長さのn倍と等価である」というものです。
プランク長さをこの宇宙最小のブラックホールの大きさと考えるなら、その表面(ホライズン)は光速の世界と等価です。ところで
「プランク長さの1/n倍はプランク長さのn倍と等価である」
「光速n倍は光速の1/n倍と等価である」
これらはどこか似ていると思いませんか?
どちらも光速の壁に跳ね返されることによって生じる双対性です。
だとすれば、プランク長さより短い距離は、時間と空間が逆転したタキオン世界だと考えるべきでしょう。

● ブラックホールの中心部はブラックホールから無限に遠い場所と等価である

この宇宙最小のブラックホールであるプランク長さでは、「プランク長さの1/n倍はプランク長さのn倍と等価である」という双対性がありました。それならより大きなブラックホールでも「シュバルツシルト半径の1/n倍はシュバルツシルト半径のn倍と等価である」という双対性があるはずです。そしてこのnが限りなく無限大に近づくと、「ブラックホールの中心部はブラックホールから無限に遠い場所と等価である」となります。
それならば、ブラックホール中心部の特異点問題(ブラックホールが回転している場合はまた少し話が違いますが、ここでは回転していないシンプルなケースを扱います)は、そもそも考える必要があるのでしょうか?
ブラックホールに吸い込まれたはずのエントロピーはその表面に貼りついていただけであり、その内側は我々にとって観測不可能なタキオン宇宙であり、その中心部はブラックホールから無限に遠い場所(宇宙の果ての向こう側)と等価です。
これを数学的に規定する必要はあるのでしょうか?
私には、朝永振一郎氏が無限大を回避する繰りこみ理論を生み出してノーベル賞を受賞したのとまったく逆の努力をしているように見えます。超ひもがゼロという距離を否定し、光速がそれ以上の速度をそれ以下の速度と等価にしてしまうように、万物の創造主はゼロと無限大を回避してこの宇宙を作ったと考えています。

● 宇宙の果てでもT双対性と同じことが起きていたら、宇宙の果ての向こう側はこちら側と等価?

「プランク長さの1/n倍はプランク長さのn倍と等価である」
「光速n倍は光速の1/n倍と等価である」
ここまで来たら、個人的には次の一文も付け加えたいところです。
「ここから宇宙の果てまでのn倍の距離は、ここから宇宙の果てまでの1/n倍の距離と等価である」
この宇宙最小の長さで双対性を示すのであれば、(無限大を回避するために)この宇宙最大の長さでも双対性を示すべきでしょう。
だとすれば、宇宙の果てはブラックホールのホライズンと同じ特性を持つことになります。時間は止まり、強い重力が働き、すべてのものはそこに吸い込まれていきます。我々の宇宙の果ては、別のタキオン宇宙に存在するブラックホールのホライズンかもしれません。逆に我々の宇宙に存在するブラックホールのホライズンは、別のタキオン宇宙の果てかもしれません。
かつてこの宇宙が誕生した直後、光速を超える速さで宇宙全体が膨張しました(宇宙の膨張速度が光速を超えることは相対性理論に反しません)。つまり宇宙の果てからの重力波はあっという間に我々のところまで届かぬ距離に遠ざかってしまったのです。しかしある時、原初の重力波がようやく我々のところまで到達するようになりました。つまり四方八方から引っ張られる状態になったのです。
その結果、宇宙の膨張速度は再び速まり、ダークエネルギーと呼ばれる不可思議な斥力(実は四方八方からの引力)が生じたとする説はいかがでしょうか?
ただしこの考え方は地球が宇宙の中心近くに存在していないと成り立たない気もするので、自信はありません。

● 時間が複数次元なら、タイムパラドックスは生じない

時間が一次元だと思いこむから、タイムパラドックスが生じるのです。時間が複数次元なら何の問題もありません。
Aという歴史からタイムトラベラーがやってきて、自分の親を殺しました。その結果、タイムトラベラーは自分が生まれてこないBという別の歴史(パラレルワールド)に枝分かれして行きました。しかしそれとは別に、Aという歴史も複数次元の時間という川の中で消えることなく共存しています。
複数次元の時間とは無数の歴史を束ねた川のような存在です。そこに無数の歴史が共存できるのであれば、その中でただ一つの正しい歴史というものはなく、別の歴史が存在することで自分たちの歴史が脅かされることもありません。タイムパトロールなど無用の長物です。
なぜこの程度のことに誰も気づかないのでしょうか?
考えても見てください。タイムトラベル系SFで別の歴史(パラレルワールド)というのは定番ネタです。そして歴史(時間軸)にパラレル(平行)という概念を持ちこむことは、時間が複数次元だと認めることと同義です。1次元の時間軸が並行して存在している場所(時間)は1次元ではあり得ません。
(マニアックな追記)
光速を超えると時間と空間が逆転するなら、空間と時間の次元数は同じです。超ひも理論が空間と時間を足して10次元と説くなら、時間と空間はそれぞれ5次元です。しかしタージオン宇宙とタキオン宇宙のどちらにいるのか指定する必要があるので、実際には時空座標の指定には11のパラメーターが必要です。11次元と言えば、超ひも理論の有力候補であるM理論と同じ次元数です。
空間の次元数を求めるために無限大を扱うオイラーの公式を用いて良いのか、私は十分に理解できていません。ただ少なくとも私が知る限り、この宇宙はゼロや無限大という概念を避けて作られています。

● エベレットの多世界解釈には、おかしな点がある

パラレルワールドの元祖と言えば、アメリカ・プリンストン大学の大学院生だったエベレットが博士論文として1957年に著した「パラレルワールド論」でしょう。量子論的な揺らぎやタイムトラベラーの行動によって、さまざまな別の歴史(パラレルワールド)に分枝していくという考え方です。
だとすれば時間は円錐の頂点(過去の一点)から始まって、時間の経過とともにどんどん多くのパラレルワールドが生まれ、発散し、その太さが増大していくことになります。
しかし時間の流れをつかさどるのが重力だとすれば、むしろ一点をめがけていろいろな方向から集まってくるのが自然だと思いませんか?
私は、時間には歴史修復力と呼ぶべき力があると思っています。未来に向けて様々なパラレルワールドが生まれ、発散していくのではなく、ある時代に別のパラレルワールドに分かれても、時の流れとともに同じような歴史に収束していくという考え方です。
現在、邪馬台国の存在場所には近畿説と九州説の2つがあります。もし邪馬台国が近畿に存在するパラレルワールドと九州に存在するパラレルワールドの2つがあったとしたら、当時、両者の違いはとても大きなものだったでしょう。しかしそれから時が流れ、証拠や証言が失われ、現在ではどちらが正しいのか分からなくなってしまいました。2つのパラレルワールドはほぼ同じような歴史に収束したのです。
こう考えれば、時間という川の太さが未来に向けてどんどん増大していくのを抑制することができます。

● タイムマシンで過去に戻っても、そこは自分が知らない歴史の過去かもしれない?

これまで、時間は複数次元であり、そこには別の歴史(パラレルワールド)が共存していると述べてきました。
時間とは複数の歴史を束ねたものであり、それらが重力によって一定の向きに流れていく川のような存在です。そしてそこには歴史修復力も働きます。
だとすれば、時間が未来に向かって流れる際に、(量子論的な揺らぎによって)どの歴史を歩んでいくのか決まっていない(自由度がある)のと同様に、タイムマシンで過去に戻る際にも、どの歴史の過去に戻っていくか決まっていない(自由度がある)はずです。
もっと簡単に説明しましょう。これまで時間の川を自然な流れに乗って下ってきたタイムトラベラーが、タイムマシンでその上流(過去)に戻る場合、自分が下ってきたルートを完全になぞって逆行できるという保証はありません。上流は上流でも、自分が元いた場所とは少し違う場所(例えばもう少し水深の浅い場所など。時間という川で言えば別の歴史)にたどり着く可能性を否定できるでしょうか?
つまりタイムトラベラーが過去に戻っても、そこは自分が知っている歴史の過去ではない可能性があるのです。ドラえもんとセワシ君が未来の世界から現代にやってきても、そこは最初からのび太君が生まれてこなかった別の歴史かもしれません。だとすれば、歴史を変えるためにタイムマシンで過去に戻るという行為自体がナンセンスです。すると既存のタイムトラベル系SFの多くが破綻し、過去の遺物になってしまいます。
ところで、戦国自衛隊というSF作品をご存知ですか? 別のパラレルワールドの過去に戻り、歴史修復力によって同じような歴史へと収束していくという内容です。私が知る限り、私の仮説に合致するタイムトラベル系SFはこれ一つです。

● まとめ

・ブラックホールの表面(と宇宙の果て)は光速と等価であり、その先は時間と空間が逆転した別の宇宙(タキオン宇宙)である。
・時間は複数次元であり、重力は時間の流れをつかさどる力である。
・タイムパラドックスは生じない。そのかわりタイムマシンで時を遡ったら、自分が知らない歴史の過去に着くかもしれない。

以上、主な内容を今北産業(3行)でまとめてみました。
時間が1次元だという思いこみを捨てるだけで、既存のパラドックスや疑問の数々があまりにもシンプルかつスマートに解けてしまうことに、自分でも驚きを感じています。
もしこれが正しければ、タイムパラドックス、シュレーディンガーの猫、ブラックホール中心部の特異点問題を解消し、究極の物理学理論である量子重力理論に近づくものになるでしょう。その代わり、既存のタイムトラベル系SFのほとんどすべては過去の遺物になります(戦国自衛隊を除く)。
理論的な誤りがあれば私に教えてください。単純な感想やコメントも歓迎です。
hmdknsk@hotmail.com までメール、もしくはブログへのコメントをお願いします。
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大分旅行記(16年12月) [国内旅行記]

ふっこう割を利用して大分に行ってきました。
10月以降のふっこう割の申し込みが始まった初日、るるぶトラベルで下記ツアー(往復フライト & 宿泊)を申し込みました。
DAY1 ANA3165 NGO 0745 OIT 0900
DAY2 ANA3166 OIT 0930 NGO 1030 (NGOは名古屋、OITは大分)
ホテルエール(別府市内)素泊まり

料金は32900円ですが、ふっこう割15000円のクーポンを使用して17900円になりました。
また楽天トラベルで大分空港貸し出し・返却のレンタカーを予約しました。こちらは24時間で3000円です。ちなみに大分空港から別府までのバスの往復運賃は2600円です。

旅行初日、定刻の9時より少し早く大分に着き、レンタカーを借りて「うみたまご」という水族館に向かいました(駐車場410円、入場料2200円)。巨大水槽やイルカのショー、熱帯魚にペンギン、トド、アザラシ、そしてナマコやヒトデ、エイに触れる水槽など内容は盛りだくさんです。もっともここまでは他の水族館でも経験したことがありますが、ここには人工の砂浜に面したプールがあり、そこを泳いでいるイルカにも追加料金なしで触ることができました。イルカは表面が滑らかで固く、エイは柔らかで触り心地が良いのが特徴です。ちなみに他の水族館でサメに触ったときは、ザラザラのサメ肌でした。
ここを90分ほどかけて見てまわった後、隣にある高崎山自然動物園の建物1階の店で郷土料理セット(平たい麺と具がたくさん入っただんご汁、鳥めしのおにぎりのセットで700円)を注文しました。だんご汁は熊本の郷土料理だと思っていましたが、大分の郷土料理でもあったのですね。失礼しました。
食後、入場料510円を払って道向かいにある山を登っていくと、いたるところに猿がいました。ここは猿の餌付けに成功し、自然の中で猿を観察できる動物園です。子猿の群れがキイキイと威嚇しあいながら目の前を駆けていき、母猿が子猿の毛づくろいをし、群れの有力者(説明員はナンバーで呼んでいました)が悠々と歩いていました。このナンバーつきの有力者たちをナンバーズと呼ぶことにします。ナンバーズには明確な序列がありますが、これは喧嘩の強さではなく、群れの中での年功序列と交友関係で決まるそうです。ナンバーズには取り巻きのメス猿(とその子供たち)がいますが、年功序列ということで上位ナンバーはそれなりに高齢です。そのため一般的には、上位ナンバーよりもナンバーズ就任前の若猿のほうがメス猿にモテるそうです。上位ナンバーと下位ナンバーの間にエサを投げ入れると、下位ナンバーは上位ナンバーにエサを譲りますが、そこにナンバーズと関係のない子ザルがいると横から奪っていきます。餌付けの時間になると、一段高い切り株の上がナンバー1の定位置で、ナンバーズではない一般の猿たちは地べたに撒かれたエサを拾って食べています。この時、足を広げて待っていると、エサを求めてやってきた猿たちが股の間を潜り抜けていきました。
餌付けの場所は山の東側にあるので、午後になると日かけで寒くなってきます。1時間ほど猿山の猿たちをウォッチしてから、クルマで大分駅に向かいました。私は以前にも大分県に来たことがありますが、別府の地獄めぐりや湯布院駅の足湯など温泉がメインで、大分市には立ち寄らなかったので、何となく駅前の雰囲気を見たかったのです。新幹線が通っていない地方の県庁所在地駅ということで、大体想像したとおりの作りと規模でした。
そこから花菖蒲の景勝地である神楽女湖に向かいましたが、シーズンオフなので池の周りに枯れた草が茂るだけの無人の場所でした。まあ、山奥をドライブするためのとりあえずの目的地だったので、別に構いません。その後ドライブで別府に向かい、駅近くにあるホテルにチェックインしました。
前回来た時も同じホテルに泊まったのですが、国道10号沿いでバスターミナルは徒歩20秒、別府駅と別府タワーも徒歩圏内という立地で、かけ流しの天然温泉がついてリーズナブルな値段のビジネスホテルです。部屋に荷物を置き、まずは別府タワー(200円)に出かけました。高さ90メートルとそれほど高い建物ではありませんが、海沿いにあり、周りは低層の建物ばかりなので、眺望は良好です。温泉のメッカだけあって、はるか彼方に臨む山のふもとから何本もの煙が立ち上っていました。ここで日が暮れるのを見届けてから、別府駅舎内の豊後茶屋という店で豊後定食を食べました。大分名物のとり天とだんご汁がセットになった定食で950円です。食後はホテルに戻り、屋内温泉と露天温泉の両方に入りました。観光客(需要)以上に温泉(供給)が多い土地柄、ほぼ貸し切りで温泉につかることができました。

翌目朝7時にチェックアウトし、空港に向かう道中で吉野家の朝定食を食べました。レンタカーを返却して空港に到着すると、時刻は8時半です。保安検査を済ませ、カードラウンジに立ち寄ってから飛行機に搭乗し、定刻通り名古屋に帰ってきました。
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福岡旅行記(16年11月) [国内旅行記]

今回、ふっこう割を用いて福岡に行ってきました。9月までのふっこう割では、福岡県が一番早く売り切れていたので、倍率の高さを見越して10月以降の申し込み開始直後にANAのホームページから申し込みました。
・ANA3831 NGO 0800 FUK 0935 (NGOは名古屋、FUKは福岡)
・ANA3834 FUK 1510 NGO 1625
・ヒルトン福岡シーホークの朝食付、滞在中1回夕食付プラン1泊(つまり1泊2食付)
以上のパッケージで30400円ですが、ふっこう割クーポン12000円を使ったので、支払額は18400円でした。
また楽天トラベルで、福岡市内(バジェットレンタカー呉服町店)貸出で24時間1000円のレンタカーを予約しました。

旅行初日、自宅近くのすき家で卵かけごはんの朝食を食べてからセントレアに向かいました。余談ですが、かつてイギリス旅行中に旨味欠乏症になり、帰国翌日にすき家で卵かけごはんを食べた際、だし醤油の旨さに感動しました。まさに砂漠の真ん中で口渇に苦しんだ末、水にありついた気分です。その後、何度食べてもあの時の感動は味わえないのですが、刷り込みが強烈だったせいか、時々ここの卵かけごはんが恋しくなります。
福岡空港には定刻通り到着し、そこから地下鉄で博多駅(260円)へ。どうも福岡の地下鉄は割高に感じます。駅西の地下にある一蘭という店でラーメン(790円)を食べ、そこから徒歩でレンタカーの店舗に向かいました。まずは下道を50分ほどドライブして太宰府天満宮へ。私が車を停めたのは、個人経営の3時間まで400円の駐車場でしたが、場所によって値段はまちまちです。大宰府の境内では中国語のオンパレードで、たまに韓国語や英語も聞こえてきました。私が見ていた限りでは、二礼二拍手一礼をしている外国人はいませんでした。しかし私も海外で教会やモスクに立ち寄った際にお祈りをする訳ではないので、お互いさまでしょう。
大宰府天満宮での参拝を済ませ、そこから徒歩圏内にある九州国立博物館(420円)に向かいました。ここには通常のハイビジョンの16倍ものドット数を誇るスーパーハイビジョンシアターがあり、博物館の展示品を細部までくっきりと眺めることができます。およそ15分の上映で、それを見てから収蔵品を見て回りました。やはり九州地方の展示がメインですが、アイヌ、朝鮮半島、中国、東南アジアからはてはガンダーラまで幅広い収蔵品があり、私は作品を見て国名を当てるゲームを一人で楽しんでいました。
国立博物館を駆け足で(80分ほどで)見てまわり、次に佐賀県の吉野ヶ里歴史公園(駐車場310円、大人420円)に向かいました。ここは弥生時代の集落の跡地で、その遺構の上に当時の建物を再現した場所です。南にある一般人の集落には同じような竪穴式住居がいくつも並んでいるだけでしたが、北にある支配者の居住地域に行くと物見やぐらや立派な祭壇、歴代王の墓など見ごたえのある展示があります。王や大人(有力者)の住居には、当時の様子を再現したマネキン人形もありました。
ここの説明には、九州の稲作は朝鮮半島から伝わったと書かれていましたが、やはりこれには違和感があります。北方から陸路で伝わったとするなら、その経路であったはずの中国東北地方では寒冷に強い品種が作り出された近世まで稲作が行われていなかったことをどう説明するのでしょう?
釜山の博物館では日本より1500年ほど早く稲作が始まったとする一方で、(集団で稲作をすれば必然的に生まれる)村や支配者が現れ始めたのは日本の弥生時代以降だと紹介されていました。日本ではもう少し早く村や支配者が現れています。また吉野ヶ里遺跡からは、奄美大島以南でしか採れないゴホウラという貝が見つかっています。沖縄に稲作が伝わったのは九州よりはるかに遅く、中国東北地方で稲作が始まったのは近世です。さあ、これらを踏まえて稲作の伝播経路にはどのようなものが考えられますか? 韓国人が自分の願望に沿った嘘をつく(根拠のない願望を真実だと思い込む)民族だということも考慮してください。
話が横にそれました。吉野ヶ里遺跡をざっと見終えると、時刻は16時半でした。そこから山道を超えて福岡側に抜け、18時過ぎにホテルにチェックインをしました。ソフトバンクの本拠地、ヤフードームの隣にある建物です。宿泊プランについていたロビー階のディナーブッフェに行き、食後、ヤフードーム周辺を散策しました。ここでも相変わらず中国語が飛び交っており、コンビニの隣にはいかにも中国人御用達という風情のドラッグストアがありました。

2日目、ガラス張りの天井から朝日が差し込むホテルレストランで朝食をとり、9時に出発。最初にシーサイドももち海浜公園に向かいました。やはりここでも中国語からは逃れられませんが、砂浜を散策しながら福岡タワーを見上げることができます。ただし残念ながらレンタカーの返却時間が迫っていたので、タワーに上ることはあきらめて、車を返却。そこから博多駅に向かう途中にある東長寺に立ち寄りました。ここは唐から帰国した空海が日本で最初に建てた寺で、五重塔や福岡大物などの見どころもあります。大仏の下には死後の世界や地獄が描かれた絵画があり、その後真っ暗な闇の中を歩いていくと丸い取手に触れます。これに触ると極楽浄土に行けるとの言い伝えがありますが、そもそも建立されたのは昭和後期であり、長野の善光寺を真似……ゲフン、ゲフン。ちなみに拝観料はありません。
そこから博多駅を経由して、先日道路が崩落した「はかた駅前通り」に向かいました。たしかに写真で見た巨大な穴が完全に埋まっています。当初は事故現場に面したセブンイレブンで何か買うつもりでしたが、残念ながら工事中で閉店になっていました。代わりに道向かいにあるカフェベローチェに入り、ブレンドコーヒー(200円)を注文しました。
その後キャナルシティ―(複合商業施設)に向かい、地下にある一蘭で九州限定メニューの釜だれとんこつラーメン(890円)を食べ、正午から始まる音楽と噴水のショーを見ました。釜だれとんこつラーメンとは、チャーシューの煮汁をラーメンのスープに活かしたもので、普通の一蘭ラーメンより濃厚な旨味がありました。博多ラーメンとして有名な地域だけあって、キャナルシティ―の5階にはラーメンスタジアムがありますし、博多駅にも博多めん街道というラーメン店が集まるエリアがあります。
それらを覗いてから地下鉄で福岡空港に向かい、カードラウンジに立ち寄ってから搭乗。セントレアに定刻通り到着しました。
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台北旅行記(16年10月) [海外旅行記]

昨年末、泉佐野市にふるさと納税してピーチポイントをもらいました。そして今年4月、それを使って関空発台北行きのチケットを発券しました。空港税、座席指定料、手数料など込みで総額20040円です。
DAY1 MM027 KIX 1600 TPE 1755
DAD3 MM024 TPE 1105 KIX 1450
MM、KIX、TPE はそれぞれピーチアビエーション、関空、台北の略です。
また楽天トラベルで台北駅から近いリオホテルを予約しました。私の常宿で、朝食付き2泊で2340台湾ドル(以下T$)です。名古屋から大阪までは、近鉄特急のデラックスシート(チケットショップで往復7400円)にしました。

旅行初日、本来は早めに大阪に行き、あべのハルカスに行こうと考えていたのですが、頼まれて前日に当直に入ることになりました。こういう頼まれごとを引き受けておけば、こちらも旅行中のバックアップを依頼しやすくなるのでお互い様です。それに夜は熟睡でき、今回の旅費相当は稼げたので良しとします。
8時半に当直を終え、一度自宅に帰ってから11時の近鉄特急で難波へ。そこから南海電鉄ラピートβ(1130円)に乗り換えて関空へ。関空に着く手前で、地震速報の不協和音が車内いたるところから響き渡りました。ピーチの発着するターミナル2は標高5メートル程度のところにある平屋建てなので、震源地によっては高層の建物が多いターミナル1で津波を待ち構えるつもりでしたが、震源地が山陰地方と知り、津波はないと判断しました。
ターミナル2でチェックインと出国審査を済ませ、台北には定刻より10分ほど早く到着。空港内の両替所では1円=0.3T$以上だったのですが、手持ちのT$が少しあったので市内で両替することにして、国光客運のバスで台北駅へ(125T$)。夕方の渋滞に巻き込まれ、1時間以上かかりました。駅のインフォメーションで両替できる場所を尋ねたところ、道向かいにある新光三越を案内されました。こちらでの両替レートは1円=0.287T$なので、空港で両替するのが正解だったようです。仕方なく必要最小限の両替をして、地下のフードコートでセット料理を注文しました。青菜炒め、ビーフン、鳥と魚のすり身が入ったスープ、牡蠣の入った卵焼きの4品で140T$です。その後、別の店で魯肉飯(ひき肉のぶっかけご飯、35T$)を食べ、コンビニでミネラルウォーターを買ってからホテルにチェックインしました。

2日目、ホテルで朝食をとってから出発。この日は台北市内を適当に観光する予定です。まずは台北駅でTAIPEIパス1日券(180T$)を買いました。これは台北市内のMRTとバスが乗り放題になるものです。本来なら特典クーポンのついたガイドブックをもらえるのですが、ないとい言われてしまいました。クーポンを使って中山堂のカフェでコーヒーを飲むだけでも100T$分の元をとれるのですが、今回はその権利を喪失。というか、そういうことなら販売前に言って欲しかったところです。
まずはMRTで士林に向かい、そこからバスで故宮博物院(250T$)へ。ここに来るのは5回目なので、見学の秘訣もそれなりに分かっています。3階にある、行列のできるヒスイの白菜を団体客とかち合わないよう朝一番で見て、その後も団体客を避けながらマイペースで見て回りました。書に仏像、磁器、陶器などその展示は多岐にわたり、一言で言うなら「昔の中国人の職人っぷりが凄すぎる」です。一方で日本に勝るとも劣らない世界最高峰の職人集団を文化大革命で消し去り、中国をいい加減なならず者に変えてしまった毛沢東と共産主義もまた凄すぎるのですが……。自由経済を否定して計画経済を標榜する共産主義では、国の政治経済を画策する指導者が必須です。どうしてもそこに権力が集中するため、スターリン、毛沢東、ポルポト、金日成、カストロのような独裁者が現れ、政治の透明性が失われます。その一方で政権中枢にいる共産エリート以外は横並びで努力する意欲がわかないので、やがて国全体が衰退します。「昔は飼っている牛が死んだら悲しんだが、今は喜ぶ」とは共産主義時代の中国の農民の言葉です。自分の財産である牛が死ねば悲しいのですが、自分の財産でない牛が死んで自分の仕事が減り、給料が同じなら喜ぶしかありません。そのような社会から資本主義に舵を切りなおしても、一度下がった民度と労働意欲は負の遺産として残ります。共産主義者とは、甘い言葉に騙された情報弱者と想像力の乏しい理想主義者、そしてそれらを騙してうまい汁を吸う貧困ビジネスのエリートから構成されていると思っています。少なくとも私には、共産主義国家が100年間栄華を誇る政治システムというのは思いつきません(そのようなシステムを提案し、私を納得させる自信がある方はコメントを下さい)。故宮博物館に来ると昔の中国人と今の中国人のギャップを嫌というほど見せつけられるので、ついそんなことを考えてしまいます。
故宮博物院をマイペースで見学すると150分ほどかかり、併設された中国式庭園(至善園)も見て回ったので、バスに乗って士林駅に戻ってくると正午を回っていました。駅近くの一人火鍋の店でお勧めの肉と魚介類が入った鍋を食べ(170T$)、徒歩で国立台湾科学教育院に向かいました。ここは大人も子供も楽しめる科学館の台湾版です。まずは14時からの動感3D劇場(座席が動く3D劇場、100T$)に入場。アングリーバードが仲間たちとともに悪い王様を退治するという内容で、上映時間は8分ほどでした。こういのが初めてという人には良いかもしれません。次に常設展(100T$)に入ると、日本の科学館と似た展示が数多くあります。しかし匂いを嗅いで当てるコーナーでは、答えとなる植物名も漢字で書かれていたので結局分かりませんでした。逆に感動したのは元素の周期表です。日本ではカタカナで呼ぶような金属元素それぞれに金へんの漢字1文字が割り当てられていました。基本的には日本の科学館を中国語表示にしただけの場所なので、私のように台北の観光地を行きつくした暇人にしかお勧めできません。
ここを見終わって徒歩で士林駅に戻る途中、隣の剣譚駅に向かうバスを見つけたので飛び乗り、そこからMRTで新北投に向かいました。ここは古くからの温泉街です。まずは日本統治時代の温泉施設を改装した北投温泉博物館(無料)に入場。2階には畳の広間があり、1階にはテルマエロマエのような欧風の浴槽がありました。
そこから坂道を少し上っていくと、北投親水公園露店温泉があります。ここは水着をつけて入る男女混浴の露店温泉で、地元民のほかに日本人や白人も多く見かけました。入場料40T$、ロッカー利用が20T$という安さなので、イモ洗い状態になるのは仕方ありません。それでもこの日はつい先ほどまで大雨が降っていたので、前回来た時より空いていた気がします。
温泉を出て新北投駅に戻ると、近くにファミマを見つけました。私は台湾風おでんが好きで、前日に別のファミマに立ち寄った際、おでんが全品10T$というキャンペーンをやっていることを知っていたので、つい後先考えず5本購入し、近くの公園のベンチで食べました。その後、新北投駅の近くに夜市を見つけ、牡蠣とエビの入った卵焼き(60T$)、臭豆腐(40T$)、牛乳とナタデココの入った台湾スイーツ(40T$)を食べて回りました。これでこの日の夕食は済んでしまいました。
次にMRTで淡水に向かい、海沿いの夜市を見て回りました。特設コーナーでは太平洋諸島から来たと思しきグループがダンスを踊っていました。漢字で書かれていたのでどこの国かは分かりませんが……。近くのセブンイレブンで台湾ビール(35T$)と漬けゆで卵(10T$)を買い、ほろよい加減で夜市を見て回るだけでも何となく楽しい時間です。
そこからMRTで台北駅に戻り、ホテルに着いたのは21時過ぎでした。

3日目、ホテルで朝食をとってからチェックアウト。ホテルからバスターミナルは徒歩5分ほどですが、この立地が、私がリオホテルを常宿にしている理由の一つでもあります。
国光客運のバス(125T$)で空港に向かったところ、日曜朝で空いていたので所要40分弱で到着しました。
チェックインと出国審査後にプライオリティパスでプラザプレミアムラウンジに入り、ここでも食事をしました。自由に飲食のできる空港ラウンジと機内サービスのないLCCAは相性が良い気がします。
関空には定時に到着し、南海電鉄ラピートβ(ピーチ機内で1030円)と近鉄特急を乗り継いで名古屋に帰ってきました。
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熊本旅行記(16年9月) [国内旅行記]

7月中旬、るるぶトラベルでふっこう割を使って下記ツアーを申し込みました。
DAY1 FDA321 NKM 0805 KMJ 0925
DAY2 FDA326 KMJ 1500 NKM 1620
FDA、NKM、KMJはそれぞれ富士ドリームエアライン、県営名古屋空港、阿蘇熊本空港の略です。
往復航空券、東横イン熊本駅前での宿泊と朝食がついてツアー代金は20400円ですが、14000円のふっこう割クーポンを使ったので6400円になりました。
またじゃらんレンタカーのページで、下記レンタカーを予約しました。
DAY1 熊本空港店10時貸出、熊本駅前店20時返却(1000円)
DAY2 熊本駅前店8時貸出、熊本空港店14時返却(1000円)
以上、往復飛行機と宿泊、2日間のレンタカーで合計8400円に収まりました。先月の長男との旅行では阿蘇と熊本市内を訪れたため、今回は別の場所を訪れる予定です。

旅行初日、公共交通機関で県営名古屋空港に向かい、飛行機に搭乗しました。熊本到着後、レンタカーに乗って天草へ。まずは天草四郎メモリアルホール(600円)に立ち寄りました。
ここでは天草四郎ageの映画を見たのですが、個人的にはかえってその評価が下がってしまいました。宗教弾圧と圧政に苦しむ農民たちを率いて一揆をおこしたものの、結局その構成メンバー37000人のほぼ全員が殉教に至ったという内容です。しかし別の見方をすれば、情報弱者であり虐げられた人々を宗教で洗脳し、自分たちの目的のために働けば天国に行けるとたぶらかし、宗教本来の教義とは異なる暴力へと追いやり、結局死に至らしめ、しかも本人は罪の意識もなかったわけです。この表現だと自爆テロ犯を育成するイスラム過激派の指導者たちと完全に一致します。自由と平等のために戦ったといえば聞こえは良いのですが、これは果たして神の教えのために戦うイスラム原理主義者より崇高なのでしょうか?
私は正義を「自らが信じる価値観や周りの人々を守ること」と定義していますが、その内容はそれぞれの立場によって変わってきます。正義の味方ウルトラマンにとっての正義は地球を守ることですが、宇宙怪獣にとっての正義は地球を自分たちが住みやすい星にすることです。正義と正義がぶつかり合えば、そこには争いが生まれます。そして天草四郎もイスラム過激派の指導者たちも、自らが信じる正義のために人々を暴力に駆り立てたという点で一致しています。そもそも声高に正義を説く人たちは、彼らが守るべき範疇の外部にいる相手に対して攻撃的なことが多いのではないでしょうか?
そしてこの時の幕府軍にとっての正義は「テロとの戦い」を掲げるアメリカの正義と似ている気がします。私はイスラム過激派に対して否定的な立場ですし、天草四郎を賛美する気にもなれません。
と幾分か気分が盛り下がったところで、道向かいにある道の駅 上天草さんぱーるに入り、そこでランチ海鮮丼(900円)を食べました。イメージ写真では何種類ものネタが載っていたのですが、その内容は日替わりとのことで、この日は白身魚の刺身丼の上にイクラが少々載っているというものでした。
そこからさらに西に向かい、本渡港近くにある天草キリシタン館(通常300円、この日は無料)へ。ここで島原の乱について復習し、隠れキリシタンに関するいくつかの展示を見ました。ここから熊本方面に戻ることにして、道中にあるサンタマリア館(500円)へ。ここでは何百年も続くうちに本来の教義を忘れ、意味不明な儀式を守る土着宗教へと変容した隠れキリシタンたちに関する資料と、天草土人形を見学しました。
さらに熊本に戻る道中で、昨年「明治時代の産業遺産」として世界遺産に登録された三角港に立ち寄りました。明治時代の港の姿がほぼ残されている場所ですが、逆に言えば明治時代の建物がいくつか残っているだけの場所に過ぎません。前知識がなければ愛知県犬山市にある明治村のほうが見ごたえはあるでしょう。しかしここにある簡易裁判所の建物は、るろうに剣心実写版で薫が入院した病院のセットとして使われたそうです。個人的にはそちらのほうが印象に残りました。
ここから熊本駅に向かい、レンタカーを返却後、駅中で熊本名物の太平燕(780円)を食べてからホテルにチェックインしました。

2日目。ホテルで朝食をとり、0740にチェックアウト。0800にレンタカーを借り、国道3号線を北上して山鹿に向かいました。ここは江戸時代の宿場町であり、室町時代から続く山鹿灯篭の産地でもあります。
まずは明治時代に作られた芝居小屋である八千代座(山鹿灯篭民芸館との共通入場券630円)へ。戦前のカラフルな広告であふれた場内を、案内の女性が身振り手振りを交えながら案内してくれました。この人は話術も巧みで、建物の歴史、上座や下座、歌舞伎役者の登場シーン、幽霊の登場シーン、舞台裏や地下セットの構造など1時間に及ぶ説明をまったく退屈せずに聞くことができました。
そこから山鹿灯篭民芸館に移動し、和紙だけで作った祭用の帽子や各地の建造物の模型に関する制作ビデオと実際の作品を鑑賞しました。姫路城、法隆寺、金閣寺などの精緻な模型は圧巻の出来です。なお、ここ山鹿に伝わる祭りは、今から1900年前に第12代天皇を招いた時を再現し、千人の女性が仏塔のような帽子をかぶって輪になって踊るというものです。高千穂にしろ、山鹿にしろ、九州地方には神話時代の天皇家にまつわる伝承や文化が散見されます。
その後、近くにある「さくら湯」へ。ここは江戸時代初期に作られた公衆温泉の施設ですが、共通入場券を提示すると300円の入浴代が200円になります。時代を感じさせる内装で、少しヌルヌルした泉質でした。温泉水を飲むための専用蛇口もあり、飲んでみるとかなり硫黄を感じました。
昼は近くにあったリンガーハットで長崎ちゃんぽんを食べ、レンタカーで空港へと向かいました。レンタカー返却後、空港でチェックインを済ませ、カード専用ラウンジへ。ここでは焼酎の飲み比べができるため、名古屋に着いてから運転しなくて良いよう公共交通機関を使ったのです。
大雨のため一時は機材到着のメドが立たず、冷や冷やしましたが、なんとか20分遅れで名古屋に帰ってきました。
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バンコク旅行記(16年9月) [海外旅行記]

今回、バンコクに行ってきました。海外旅行としては150回目、バンコクへの渡航は10回目です。
4月に燃油サーチャージがゼロになってから、タイ航空のホームページで下記チケットを購入しました。空港税込みで総額52260円です。
DAY1 TG645 NGO 1100 BKK 1500
DAY4 TG644 BKK 0005 NGO 0800
TG、NGO、BKKはそれぞれタイ航空、名古屋、バンコクの略です。
ホテルは、じゃらんで2000円分のクーポンとポイントがあったため、それを使って台湾系のエバーグリーンローレルホテル(4つ星、朝食付き)を予約しました。値引き後の支払額は2泊で11388円です。
またパンダバスで初日のシーロムビレッジでの民族舞踊のディナーショー(500バーツ、以下B)、2日目のサイアムニラミットでの民族舞踊のディナーショー(1200B)、3日目のカンチャナブリー日帰りツアー(2200B)を予約しました。カンチャナブリーは映画「戦場にかける橋」のモデルとして知られており、私もアマゾンプライムでこの映画を見ておきました。ネタバレしない程度に説明すると、戦時中、日本軍が高圧的な態度で英国人捕虜たちに橋を造らせ、捕虜たちはプライドを持ってそれに対峙するという内容です。


旅行初日。セントレアで出国手続き後、プライオリティパスでスターアライアンスのラウンジに入りました。一時は毎月のように来ていたラウンジですが、今年は初めてです。つくねや上海風焼きそばなど、初めて見るメニューに切り替わっていました。
バンコクにはほぼ定時に到着し、入国審査後に空港内で両替すると、1万円が3151Bになりました。しかしエアポートレイルの駅まで来ると、3300Bというレートの両替商が並んでいます。最近はぬるい国内旅行ばかりだったので、どうも海外旅行の勘が鈍ってしまったようです。
エアポートレイル(45B)と高架鉄道(31B)を乗り継いでチョンノンシー駅に向かい、そこから徒歩7分ほどでホテルに到着しました。道中のムワッとくる熱気と排気ガス、騒音、屋台に物乞い、そして林立する高層ビル――うん、バンコクですね。
部屋に荷物を置いてから再出発し、シーロム通りを散策していると、地元の旅行会社を見つけました。旅行3日目に予定していたカンチャナブリー日帰りツアーが英語ガイドで1150Bとのこと。パンダバスのツアーのキャンセル料が翌日1400まで無料であることを確認し、こちらのツアーに乗り換えることにしました。値段の安さもさることながら、日本語ガイドのぬるいツアーで海外旅行の勘をこれ以上鈍らすわけにはいきません。
その後、スーパーで買い物をしてからシーロムビレッジに向かい、民族舞踊のディナーショーの店に入りました。焼き春巻き、グリーンカレー、野菜の炒め物、酢豚、トムヤムクン、ライス、デザートのフルーツ、コーヒーまたは紅茶というセットメニューで、食後50分ほどの民族舞踊のショーがあります。私が知る限りバンコクで最も安い民族舞踊のディナーショーなので、料理も踊りもそれなりですが、タイ初心者の入門編としてならお勧めできます。男女合わせて9人のダンサーが出場していました。客のほとんどは白人で、日本人は私一人だったかもしれません。なお、以前店で直接申し込んだときは650B請求されたので、パンダバスのホームページであらかじめ申し込んでおいたほうが安上りです。
ショーが終わった後、小雨の降る中をホテルまで歩いて帰り、真っ先にパンダバスのカンチャナブリーツアーをキャンセルしました。

2日目。ホテルで朝食を済ませ、0740に出発しました。高架鉄道(10B)と地下鉄(15B)を乗り継いでフアラムポーン駅へ。そこから地上に出ると、日本の東京駅に該当するクルンテープ駅があります。ここの駅舎は欧州の駅の骨格とタイのデザインを融合したもので、何となく味があって好きです。駅を散策してから徒歩でワット・トライミットへ。ここは巨大な黄金物で有名です。以前来た時に博物館(100B)のほうは値段分の価値がないと感じたので、今回は黄金物(40B)だけ見学しました。
そこからタクシー(51B)に乗り、ワット・ポー(100B)へ。ここは巨大な寝釈迦とカラフルな尖塔で有名で、タイ式マッサージの専門学校も併設されています。市内より少し高めですが、1時間420B(+チップ)でタイ式マッサージを受けました。
その後、観光用のフェリー(40B)に乗ってチャオプラヤ川を走行し、シリラート病院へ。
ここには法医学博物館と解剖学博物館(両方で200B)があるのですが、度重なる休日の変更と、その日に限ってここを訪れるという不運のため、これまで二度も空振りしています。今回は最新の休日(火曜日のはず)を調べ、三度目の正直でやっと見学することができました。
法医学博物館に入ると、最初に無脳症、単眼症、内臓腫大、癒合した双子などの胎児のホルマリン漬けが待っています。それから事故死の遺体写真、銃創のある頭蓋骨、銃創のない頭蓋骨、大腿骨、脛骨、上腕骨、尺骨、骨、骨、骨。そして5人の幼児を殺害し、その内臓を食べた罪で処刑され、見世物にされたシーウィーという犯罪者のミイラ、強姦殺人犯2人のミイラ、自然にできたミイラ、様々な疾患や外傷で亡くなった人のホルマリン標本、解剖者の技が光る解剖標本。銃殺された人の頭部標本は脳の損傷部位が見やすいように左右真っ二つにされていました。
解剖学博物館では、解剖学の勉強のために人体を矢状断で2センチスライスした標本があり、ところ狭しと様々なホルマリン漬け標本や人骨が並べられていました。途中から感覚が麻痺してしまい、「これだけの標本を作るのはすごく大変だろうな」と考えていました。
私事ですが、学生時代に行なった解剖学実習の初日、午後から作業を開始し、夕方の休憩時間になって食堂に出かけました。空腹だったので焼肉定食を平らげたのですが、食後にパジャマ姿の老人とすれ違い、ふとその人を解剖する場面を想像してしまいました。その時に初めて自分が人体解剖をしているという実感が沸いたものです。そんなことを思い出しながら、この日も初心に立ち返って(?)肉を食べることにしました。シリラート病院から王宮のある対岸に渡り(3B)、最初に目についたのが100Bのドリアン。私の大好物ですが、そういえば薄い黄色の実が人間の脂肪に近い色をしています。まずはこれを食べてから、近くの店で海南チキンライス(50B)を注文しました。シンガポールの大衆料理ですが、鳥のだし汁で煮込んだライスと鶏肉の相性が抜群です。見た目の肉質も人間に近いし、これでミッション達成。やはり人体解剖の後は肉に限ります(?)。
そこから徒歩で国立博物館に向かうと、この日はミュージアムエクスポ2016が開かれており、普段200Bの入場料が無料でした。駆け足で見て回っても80分はかかる充実した内容ですが、私が一番心惹かれたのはタイの仏像でした。鼻の平たいクメール様式、ギリシャ人を思わせる彫刻のような顔立ちのガンダーラ仏、エジプトのような縦長帽など洋の東西から様々な様式を取り入れており、同じアユタヤ様式でもその顔立ちはまったく違います。個人的にはこの博物館で半日はつぶせそうです。
見学後、タクシーでフアラムポーン駅に戻り(69B)、地下鉄でタイランド・カルチュラル・センター駅へ(35B)。この日はサイアムニラミットという巨大ステージで壮大なタイ文化のショーを見る予定です。駅から無料の送迎バスに乗り、入り口でバウチャーを入場券と夕食券に引き換えました。パンダバスでは合計1200Bでしたが、現地で申し込むと1850Bです。まずは入場し、タイ各地の伝統的家屋が移築されたゾーンを見てから、いったん外に出て夕食会場へ。バイキング形式でめぼしいタイ料理はほとんどそろっていました。1900からは屋外ステージで民族舞踊があり、1930に屋内の特設会場に入場し、2000からショーが始まりました。総勢100人のダンサーと巨大セット、音響設備、スポットライトを駆使した壮麗なショーは見ごたえ十分です。私は世界各地で民族舞踊のショーを見てきましたが、その中でもスケールでは中国の深せんで見たものと双璧をなしています。舞台に川が流れ、船が浮かび、雨が降り、雷鳴がとどろき、天女が空を飛び、様々なセットが目まぐるしく入れ替わっていました。
2130にショーが終わり、無料送迎バスでタイランド・カルチュラル・センター駅まで送ってもらい、地下鉄でサイアム駅まで移動し(30B)、そこからは徒歩でホテルに戻りました。

3日目。この日はカンチャナブリー日帰りツアーです。ホテルで朝食をとり、0615にピックアップしてもらいました。格安の英語ツアーではありがちですが、まずはカオサン通りに案内され、そこでツアー別のバスに乗り換えます。ツアーバスが出発したのは0750で、2時間ほどかけてカンチャナブリー駅に移動した後、1時間のフリータイムがありました。
まずは第二次世界大戦博物館(40B別途)に入場し、日本軍が連合軍の捕虜を酷使して橋を造らせた当時の資料や模型を見て回りました。1993年に中国系の個人が建てた博物館ですので、学術的価値のほどは不明です。それから近くの鉄橋を歩いて渡り、戻ってくる途中で列車と遭遇しました。この場合、数十メートルごとに設置された退避場所で列車をやり過ごすのですが、鉄橋の上で目の前を電車が通り過ぎるという貴重な経験ができました。
その後、クウェー川鉄橋駅を1100に出発する列車に乗り、今度は車内から鉄橋の退避場所にいる人たちを眺めることになります。その後も列車の旅は続き、タイの原風景がどこまでも連なっていました。窓のすぐ外には草の壁が立ちはだかる場所も多く、手を伸ばせば届きそうです。そして最後に木造の橋を渡るというデンジャラスな体験をして、90分の列車の旅が終わりました。
そこからバスに乗り換え、昼食会場へ。川の上に作られた丸太小屋のような場所で、タイ料理を食べました。ちなみにここのトイレは桶で水をすくって自分で流すタイプで、するとそのまま下の川へと流れていきます。個人的には前日の解剖学博物館よりも食欲をそがれました。
食後、川を竹製のいかだでラフティングするオプショナルツアーがあったのですが、中国の桂林でも同様のオプショナルツアーに参加したことがあり、400B払うだけの価値は見いだせなかったので、やめておきました。かわりに近くの滝へと案内されたのですが、雨季にもかかわらず滝の水は干上がり、岩山を眺めただけで終わりました。
その後、バスでカンチャナブリーに戻り、戦士たちの墓地を見てから、2時間かけてバンコクに帰ってきました。ホテルで降ろしてもらい、高架鉄道とエアポートレイルを乗り継いでスワンナプーム国際空港へ。チェックインと出国手続きを済ませ、プライオリティパスでラウンジに入って遅めの夕食をとりました。本当はシャワーも利用したかったのですが、シャワー付きのラウンジは反対方向で、1000メートル余分に歩く必要があったのであきらめました。

4日目になってから飛行機に搭乗し、定刻より30分遅れてセントレアに帰ってきました。
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熊本旅行記(16年8月) [国内旅行記]

今回、ふっこう割を用いて長男と熊本に行ってきました。これは地震後の九州に観光客を呼び戻すため、国の補助金を用いて九州地方への旅行を割引する制度です。
7月に、るるぶトラベルのホームページから下記の旅行を申し込みました。
DAY1 FDA321 NKM 0805 KMJ 0925
DAY2 FDA326 KMJ 1500 NKM 1620
FDA、NKM、KMJ はそれぞれフジドリームエアライン、県営名古屋空港、熊本空港の略です。
私と長男がそれぞれ割引クーポンを用いるため、異なるメールアドレスで別々に予約しました。宿泊はホテル法華クラブ熊本で、私はシングルルーム、長男はツインルームを予約。私は1000円のクオカードがついて往復の飛行機と宿泊で20400円、長男は往復の飛行機と宿泊で20600円ですが、それぞれ14000円ずつ割引クーポンを使ったので、6400円と6600円になりました。
それとは別に楽天トラベルで、ホテル法華クラブ熊本から徒歩圏内にあるスーパーホテルLOHAS熊本天然温泉の馬づくしコース付きプランを申し込みました。1泊2食付きダブル1室で12000円ですが、こちらも割引クーポンを用いて5000円になりました。ホテル併設レストラン旅彩の馬づくしコース(通常3685円。馬刺の4点盛合せ、名物馬すじの煮込み、馬コロッケ、馬ステーキ焼き野菜添え、馬にぎり鮨、デザート)2人前と翌朝のバイキング式朝食、そして天然温泉がついて5000円ならリーズナブルです。さらに、じゃらんホームページで熊本空港貸し出し、熊本駅前乗り捨てのレンタカーを初日10時から19時まで1000円で予約しました。
というわけで、初日のレンタカー、1泊2食、天然温泉、クオカード1000円、往復の飛行機がついて2人で総額19000円に収まりました。一方でクーポン利用額は35000円です。普段がっつり取られている税金を取り戻し、旅費を抑えることができました。ちなみに熊本への旅行はこれで4回目です。

旅行初日、愛車で県営名古屋空港に向かいました。FDA利用者は1泊2日の駐車料金が1500円ですが、ツアー本体が安いせいか、これすら割高に感じてしまいます。
熊本空港到着後、レンタカーで大観峰へ。空港からはおよそ1時間のドライブです。本当は草千里など阿蘇山の麓に行きたかったのですが、現在は地震の影響で立ち入ることができなくなっています。そこで阿蘇の山々を一望にできるこの展望台に来たのです。以前から阿蘇山には霧が発生して山頂まで登ることができないことが多く、この日も山頂は雲の中に隠れていました。標高が高いせいか、8月だというのに吹きつける風が体温を奪っていきます。
ここを見てから山を下り、国道57号沿いにある山賊旅路という店で、だご汁と高菜めしの定食(1250円)を食べました。だご汁は、団子の入った具沢山の味噌汁と言えばイメージが伝わるでしょうか? 高菜めしと共に熊本の郷土料理です。
食後、国道57号を西に進み、火の山温泉どんどこ湯という天然かけ流しの濁り湯に入りました(大人620円、小人310円)。ここからさらに西に進むと国道57号が通行止めになっており、その影響で付近にあった開業3年に満たないコンビニがその日、閉店することになっていました。入浴後、通行止めのマークが至るところに表示されたナビを見ながら阿蘇の山麓を廻りこむように南下し、高森湧水トンネル公園(大人300円、小人100円)へ。ここはトンネルを掘ろうとしたら阿蘇の湧水が大量に出てきて工事を断念した場所です。現在では中央に運河の流れる遊歩道トンネルになっており、奥には超音波とフラッシュを利用して噴水の水が逆流しているように見える場所や、プロジェクトマッピングのショーがありました。一番奥の壁からは現在も湧水が湧きだしており、柄杓ですくって口に含んでみると鉄分を感じました。
ここからナビに従って熊本市内に向かおうとしたのですが、ひび割れて朽ち果てた細道に案内され、その先は通行止めになっていました。ナビで更新できていない通行止めがあったようです。ナビの利用をあきらめ、太い道まで戻ってから地元の車の流れに沿って走っていくと、先ほどの火の山温泉どんどこ湯を経由して、北から迂回する形で何とか熊本市内に入ることができました。
レンタカーを返却し、徒歩でスーパーホテルに向かい、チェックインを済ませて部屋に荷物を置いてから、ホテル併設レストランで馬づくしのコースを堪能しました。癖もなくさっぱりとしているので、私は馬肉が大好きです。食後、ここの天然温泉にも入浴してからホテル法華クラブに向かい、夜はそちらで泊まりました。

翌朝、ホテル法華クラブをチェックアウトし、スーパーホテルで朝食をとりました。ここの朝食には熊本名物の太平燕もあります。スーパーホテルをチェックアウトし、市電(大人170円、小人90円)で水前寺公園(大人400円、小人200円)へ。ここは江戸時代に細川氏が作った桃山式回遊公園であり、日本最大級の湧水公園ですが、地震直後には一時的に水位が下がってしまったそうです。現在では元の水位まで戻り、以前と同じ景観を見ることができました。
そこから市電で熊本城に戻り、まずはショップの立ち並ぶ、桜の馬場城塞彩苑へ。ここでサツマイモとアンコの入った、いきなり団子を食べ、熊本城を紹介するエンターテイメント施設である湧々座に入りました。ここの入場料は本来300円ですが、地震の影響で一部の展示室が閉鎖されており、この日は入場無料でした。それでも2階の劇場ではコンピューターグラフィックスを用いて江戸時代の熊本城を紹介する上映を行っており、これで無料とは申し訳ない話です。こういう場所で入場料を払うのは全然やぶさかではないのですが……。
その後、熊本ラーメンの有名店である「こむらさき」の本店に向かい、定番の王様ラーメン(700円)を食べてから、熊本城の近くにある加藤神社へ。現在、熊本城の敷地内に入ることはできませんが、ここまでの道中で数多くの石垣が崩れているところを目撃しました。神社の境内からは天守閣を望むことができますが、こちらも屋根瓦が崩れ、以前訪れた時の華々しさが失われていました。なんというか満身創痍です。いずれ復興していくのでしょうが、そのためにも多くの観光客が訪れ、今しか見られない熊本城の姿を目に焼き付け、地元にお金を落としていくことが大事です。不謹慎という理由で熊本旅行を取りやめる人がいるそうですが、熊本で温泉につかり、観光地巡りをして、うまいものをたくさん食べ、旅行を満喫することが復興の活力になるのです。
ふっこう割、万歳! 9月9日からは第2期(10月以降)の予約が始まります。
なお、私はその後エアポートバス(大人700円、小人350円)で熊本空港に向かい、空港の売店で土産物を買い込んでから名古屋に戻ってきました。
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タイムトラベル小説を書いてみました [時間旅行]

以前から考えていたタイムトラベルに関する理論を小説の形でまとめてみました。
もしよろしければご一読ください。


タイムトラベルの終わり
http://ncode.syosetu.com/n9160dl/

(あらすじ)
学生時代、僕の前に高齢の男性が現れた。その人は園村と名乗り、当時ではあり得ない電子端末を持っており、未来から来たタイムトラベラーだという。僕は好奇心もあってその人の話を聞くことにした。
園村さんによると、タイムパラドックスとは時間が何次元なのか考慮しないため生じるエラーらしい。特殊相対性理論の公式からは、時間と空間はお互いに相手を虚数とする関係であり、光速を超えると時間と空間が逆転するという解が出てくる。
だから光速を超えたタキオン世界では、速度を求める際の分母と分子が入れ替わり、彼らも自分は光速より遅いと認識している。そしてお互いに光速の壁に隔てられて情報の交換をすることは不可能である。この必要条件として、時間と空間の次元数は同じでなければならない。空間は少なくとも三次元以上あるため、時間も三次元以上ということになる。時間とは、その流れる方向以外にも、深さや幅のように別の次元を持った川のような存在であり、そこには複数の歴史、パラレルワールドが共存するだけのスペースが十分にある。だからタイムパラドックスは起きず、タイムパトロールも必要ない。
量子論はミクロの世界における揺らぎを扱う理論である。量子論には、シュレーディンガーの猫やEPRパラドックスと呼ばれる、別の可能性が重なり合ったパラドックスがある。しかし時間が複数次元であれば、観測者自身が時間的な大きさを持っていて、別々のパラレルワールドにまたがった(例えば、猫が死んでいる歴史と生きている歴史にまたがった)状態だと解釈できる。
超ひも理論は、この宇宙が次元を持った「ひも」で出来ていると考える。ここでは時間と空間が合わせて十次元だとされる。だから時間と空間はそれぞれ五次元である。超ひも理論では対称性が重視されている。時間対称性を考えるなら、時間の川を下る際に時間の矢に量子論的なブレが生じるのと同様、過去に戻る際にもブレが生じるはずである。するとタイムトラベラーは自分が知っている歴史の過去に到達できず、別のパラレルワールドに紛れ込んでしまうため、既存のタイムトラベル系SFの多くは破綻する。
これらの説明を終え、園村さんは僕の前から立ち去った。
そして現在。僕は園村さんの正体を知り、彼のタイムトラベルの動機を悟った。
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伊勢志摩旅行記(16年8月) [国内旅行記]

近鉄が発行している伊勢・鳥羽・志摩スーパーパスポート「まわりゃんせ」を使い、小学6年生の長男と1泊2日で旅行してきました。
これは出発地からフリー乗車区間(松阪~賢島)まで近鉄特急で往復でき、フリー乗車区間も近鉄特急、三重交通バスなどに乗り放題、そして近隣の22の観光施設への入場券がついたものです(大人9800円、小人5300円)。今回、帰りは鳥羽から名古屋まで観光列車「しまかぜ」に乗車したため、その追加代金が大人820円、小人410円かかりました。
なお伊勢は私の本籍地であり、この方面には行き慣れています。「まわりゃんせ」の使用も今回で3回目です。ホテルは楽天トラベルで鵜方ビジネスホテル(ツイン素泊まりで8500円)を予約しておきました。

旅行初日、0810名古屋発の近鉄特急に乗り、宇治山田へ。曾祖父(http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/2011-06-01)や祖父らのお墓参りを済ませ、1時間後の特急で鵜方に向かいました。
ここから三重交通のバスに乗り、志摩スペイン村(まわりゃんせで無料)へ。パレードやショー、そして遊園地のアトラクションがここのメインですが、私と長男は何度も来ていることもあり、長男の好きなルートを周回しました。昼食はマヨール広場に面したビュッフェの店に入り、スプラッシュモンセラーで急流を滑り降り、暑くなったら氷の城で氷点下の部屋に入って涼み、ピレネーやグランモンセラーで過激なジェットコースターを体感し、三半規管がおかしくなったらアルカサルの戦いでシューティングゲームをしながら休み、シルコ・デ・ディエラというサーカスと洪水と火炎のショーを見て、パレードを眺めるというルートです。個人的にはフラメンコショーも好きなのですが、今回は見合わせました。シベレス広場に面した屋内ジェットコースターやコロンブル広場から出発するアドベンチャーラグーンなど、冒険心をくすぐるアトラクションがなくなってしまったのは残念なところです。
ここを16時過ぎに出て、ホテル志摩スペイン村の附帯施設である天然温泉ひまわりの湯(まわりゃんせで無料)に入り、バスで鵜方駅に戻ってきました。ホテルはここから徒歩数分のところにあり、夕食も近くの店で済ませました。

翌朝の朝食も近くの店で済ませ、9時12分の特急で賢島へ。と言っても乗車時間はほんの数分です。駅のすぐ近くにある志摩マリンランド(まわりゃんせで無料)に入り、回遊水槽での海女による魚の餌付け、マンボウ、ペンギンなどを見て回り、ドクターフィッシュのいる水槽に手を突っ込みました。小さな魚に皮膚の角質を食われる心地よさはクセになります。今回は魚に直接触れるブースが増えており、サメ(サメ肌でザラザラ)やエイ(お肌つるつる)、ヒトデにも触ることができました。サメやヒトデには他の水族館でも触れたことがありますが、エイは初めてです。
その後、賢島11時始発の近鉄特急で鳥羽に向かい、駅向かいにある鳥羽一番街で昼食をとりました(まわりゃんせで5%オフ)。そこから鳥羽マリンターミナルまで歩き、鳥羽湾をめぐるクルーズ船に乗りました(まわりゃんせで無料)。晴れ渡った夏日にクーラーの効いた船内から望む鳥羽湾の光景には癒されます。途中、イルカ島で下船し、アシカのショーを見てからミキモト真珠島近くの桟橋へ。まわりゃんせがあれば真珠島にも入れるのですが、御木本幸吉に関する展示品や真珠細工、海女の実演などは小学生が見て喜ぶ内容ではないため、こちらはパスして鳥羽水族館(まわりゃんせで無料)へ。コーラルリーフ、古代の海、伊勢志摩の海、海獣などテーマごとに分けられたブースを眺め、こちらでもドクターフィッシュに角質を食われました。
16時を目途に鳥羽駅に戻り、16時11分発の観光列車「しまかぜ」に乗車。これは近鉄きっての高級観光列車であり、乗車するとアテンダントの女性がおしぼりと記念乗車証をシートまで届けてくれます。横3席のゆったりした配置で、革張りのシートにはマッサージ機能があり、カーテンの開け閉めやシートのリクライニングは電動です。乗り心地も普通の特急列車より静かで揺れが少なく、Wifiにも無料接続できました。そして食堂車では、特製うな重1700円や松阪牛カレー1340円、伊勢志摩サミットで供されたオレンジジュース400円など、こだわりの品々が比較的リーズナブルな値段で売られています。17時44分の名古屋着が惜しまれる程でした。

なお今回は時間の都合で断念しましたが、伊勢・安土桃山文化村の忍者ショー、ホテル近鉄アクアヴィラ伊勢志摩のプールや温泉も「まわりゃんせ」で利用でき、お勧めです。
賢島エスパーニャクルーズの雰囲気も好きですが、最後に真珠の養殖現場を見学する場所に連れていかれ、スペインから日本の片田舎に引き戻されるのがマイナスポイントです。ちなみにディズニーランドでは決して園内から外部の景色が見えないように計算されており、テーマパークの雰囲気を壊さないように配慮されています。かつてスペイン村の一角では近隣にあるのどかな日本の片田舎の風景が丸見えで雰囲気ぶち壊しだったのですが、そこに太陽の洞窟を設置することで解消しました。しかしここではいまだにそのような配慮がなされていません。安城にあるデンパークで、指定管理者である公益財団法人安城都市農業振興協会が地元の漬物を売ってしまうのと同じくらい残念な場所です。
もしディズニーランドの園内に千葉県産の漬物や干物を売る純和風の店があったとしたら――雰囲気ぶち壊しでブーイングものですよね?
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富士旅行記(16年7月) [国内旅行記]

JR東海ツアーズで1泊2日のツアーを申し込み、小6の長男と富士山麓に行ってきました(大人16700円、小人11300円)。
往路:こだま636号 名古屋 0829 三島 1018
宿泊:富士宮富士急ホテル
復路:こだま663号 三島 1524 名古屋 1715
なお今回は「ふじのくに家康公きっぷ」という周辺区間のフリー乗車券と、クーポン付きのガイドマップもついてきました。

旅行初日、新幹線でJR三島駅に到着し、駅前にある楽寿園(大人300円)に入場。ここは小松宮彰仁親王が明治23年に別邸として造営されたそうで、動物にお触りできる小動物園、東海道三島宿など三島の歴史について紹介した郷土資料館、富士湧水によってできた池を望む楽寿館などがありました。しかし最近では地下水の汲みあげ量が多くなったせいで、池は枯渇気味です。そこから小川に沿って走行する道を進み、三嶋大社へ。ここは源頼朝が源氏再興を祈願した社だそうです。
三島の市内観光はこの二つで切り上げ、家康公きっぷでJR富士駅へ。ここから徒歩3分のところにある金時という店で、かつ皿を頼みました。これは平たい皿の上に盛られたかつ丼のようなメニューで、ふわふわの玉子たれが人気を呼び、テレビの取材もこれまでに3度来ているそうです。通常なら930円ですが、クーポンを使ったので無料でした。食後、JR富士宮駅に移動し、駅前始発のバスで白糸の滝に向かいました。こちらも家康公きっぷで乗車できます。
青い空に雲が散りばめられ、あいにく富士山頂は雲で見えなかったのですが、照り付ける日差しは強力です。うだるような暑さの中を歩いていくと、次第に気温が下がり、清涼なマイナスイオン感が半端なくなってきました。滝のふもとに着くと、正面と右面から豊富な湧水が注ぎ込み、そこからの流れは一部でかなり速くなっていました。あたりは涼しく、靴を脱いで水の中に入ってみると10秒ほどで足がかじかんできます。口に含んでみると、富士山麓の水として売られているものと同じ軟水でした。
ここでクールダウンしてから、近くの店でわさびソフト(300円)を食べ、帰りのバスに乗りました。この時間帯は50分に1本しか運航していないので、前もって時刻表をチェックしておく必要があります。富士山本宮浅間大社前でバスを降り、参拝しました。ここは富士山崇拝の総本山ともいうべき場所で、世界遺産にも登録されています。その後、神社前にあるお宮横丁でローカルB級グルメ、富士宮焼きそば(大盛り620円)を食べました。ここでは富士の湧水が無料の飲料水として用いられています。食後、徒歩10分でJR富士宮駅前にあるホテルにたどり着きました。チェックインの際に地元商店街で使える600円分のクーポンをもらい、土産物屋で640円のわさび漬けを買いました。

2日目、朝カレーをメインとするホテルサービスの朝食をとり、JR富士駅経由でJR沼津駅へ。ここからバスに乗って沼津港に向かいました。もちろんこの区間も家康公のおかげで無料です。まずは沼津港大型展望水門びゅうお(地震の際に港への津波を防ぐための水門。その上に高さ30メートルの展望台があり、港を一望できます。大人100円、子供50円)に入場。次に沼津港深海水族館シーラカンス・ミュージアム(大人1600円、子供800円)に向かったところ、炎天下にも関わらず長い行列ができていました。さすがにこちらは断念し、近くにあるDonどこ丼という店で、名物!超深海魚丼(2~3人前で2500円)を頼み、長男とシェアしました。ごつい顔をした深海魚の丸ごとフライが載っていて、見た目のインパクトは強烈です。しかし安い定食屋で出てくる白身魚のフライなども実は深海魚ですし、先入観念を捨てれば食べやすい白身魚の盛り合わせ丼でした。
これを食べ終わると時刻は正午前です。残った時間で韮山反射炉(大人300円、小人50円)に行くことにしました。ここはペリー来航後、西洋諸国と渡り合うために大砲を量産する必要に迫られ、太陽光で鉄を融解するために作った施設です。2015年には「明治日本の産業革命遺産九州・山口および関連地域」の構成資産として世界遺産に登録されました。
バスで沼津駅に戻り、三島までJRに乗り、そこから伊豆箱根鉄道で伊豆長岡駅に向かいました。この区間も家康公様様です。時刻表を見て逆算すると、帰りの電車までの猶予時間は90分ほどでした。駅から韮山反射炉までの道のりはおよそ1.8Kmです。行きはタクシー(850円)に乗り、入場するとバスツアーの団体客であふれていました。帰りは十分に時間があったこともあり、途中のコンビニで涼みながら30分かけて徒歩で戻ってきました。
伊豆箱根鉄道で三島駅に戻り、そこから新幹線で名古屋に帰ってきました。行きは古い700系でしたが、帰りは最新のN700Aでした。
なお、現在ではN700系もN700Aに改装されています。N700の後ろにあるAの文字が小さいのがN700の改装版で、文字が大きいのが最初からN700Aとして作られた車両です。N700Aには自動運転機能がありますが、それを使うと時刻表よりも早く目的駅についてしまうため、普段は人間が運転しています。そしてダイヤの乱れで運行が遅れた場合のみ、自動運転による最速走行をするそうです。
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金沢旅行記(16年7月) [国内旅行記]

今回、JR東海ツアーズで1泊2日のツアーを申し込み、小6の長男と金沢に行ってきました(大人16300円、小人11500円)。
往路:しらさぎ3号 名古屋 0850 金沢 1148
宿泊:金沢マンテンホテル駅前
復路:しらさぎ12号 金沢 1448 名古屋 1749

金沢到着後、駅ナカにある金沢ラーメンの店で昼食をとりました。食後、大人100円、小人50円のバスに乗って兼六園の近くにある金沢21世紀美術館へ。ここは年間来館者数220万人というかなりホットな場所ですが、前衛的すぎてその良さを十分理解できなかったというのが正直な感想です。ここには大人入場料が無料、360円、1000円の3区画があり、1000円区画の最奥部(でもなぜか無料エリアからガラス1枚隔てた先)にはウサギの着ぐるみが寝そべっており、近くには「韓国からの違法入国者が美術館の趣旨に賛同してこのパフォーマンスを行っており、1日7時間、時給10ドルの報酬を得ている」と英語の説明文がありました。しかしダンジョン最奥部のラスボスが時給10ドルでごろ寝している違法入国者という設定は、アートとして成立しているのでしょうか?
その後、すぐ隣にある兼六園に入り、夏の暑いさなか、広大な日本庭園を見て回りました。昔と違って外国人の姿も珍しくありません。日本が観光立国としての地位を築きつつあるのだと改めて実感しました。
兼六園の見学後、金沢城公園を抜けて、近江町市場で海鮮丼を、駅ナカの回転寿司でノドグロの寿司を食べてからホテルにチェックインしました。私はこれまで世界各国で色々なものを食べてきましたが、実はノドグロは初めてです。思ったより身が柔らかく、旨味のある魚でした。

2日目、駅ナカのオニギリ屋で朝食を済ませ、大人100円、小人50円のバスで兼六園へ。そこから金沢城公園に向かい、五十元長屋という復元された建物(大人310円、小人100円)へ。長男と2人で社会科の知識をおさらいしながらの見学でした。その後、庭園を抜けて金沢随一の繁華街である香林坊に向かい、裏通りで金沢ラーメンの店に入り、武家屋敷を見てから金沢駅に戻ってきました。
予定より早く駅についてしまいましたが、今回はツアーのため帰りの電車の時刻を変更することができません。長男は本屋で買った本を、私はキンドル本を読んで時間をつぶしてから電車に乗り、名古屋に帰ってきました。

最近は一人でディープな海外旅行をするだけでなく、長男を初心者向けの旅行地に連れていくのも楽しいと感じるようになりました。妻はその間、家でまったりと羽を伸ばすのが好きなようです。
これで長男とは日本三大庭園のうち後楽園と兼六園、日本三景のうち安芸の宮島と天橋立に行ったことになります。いつか偕楽園と松島にも案内したいと思っています。
とりあえず来週は富士山麓に行って、オウムが鳴いていないか見てきます。再来週は伊勢志摩、8月末にはふっこう割で熊本の予定です。9月は一人旅でバンコクと、ふっこう割熊本アゲインを予定しています。
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マニラ旅行記(16年6月) [海外旅行記]

今年1月、ジェットスター航空が名古屋・マニラ便就航記念セールをしていました。往路が1万円、復路が100円くらいだったと思います。そこでつい「片道100円の国際線に乗る」というネタのためにポチってしまいました。実際にはそこに座席指定料や支払手数料、空港税が上乗せされ、往復で総額17380円でした。
DAY1 GK95 NGO 2030 MNL 2335
DAY3 GK94 MNL 0045 NGO 0535
ホテルはExpedia でAtrium ホテル(1月のマニラ旅行と同じ3つ星ホテル、朝食付きで5764円)を予約し、空港からの送迎を World-airport-transfer.com で頼みました(往復で34.37ドル)。
また前もってWEBチェックインをしておきました。しかしこれで入手できるのは搭乗券引換券のみで、結局はチェックインの行列に並ばないといけないようです。

旅行初日、 セントレアのチェックインカウンターに40分並んで搭乗券を入手しました。短期旅行なので私は小さなリュック一つですが、周りの乗客はみな大きな荷物を持っており、それで時間がかかったようです。すでにこの時間、プライオリティパスで使えるラウンジは閉まっているので、カードラウンジに入ってから搭乗しました。
マニラには定刻より5分遅れて到着。入国審査を終え、5000円を2242ペソ(以下P)に両替し、エイビスの営業所で手配してあった送迎車に乗せてもらい、空港到着の40分後にはホテルに着いていました。

2日目、ホテルで朝食をとり、9時前に出発。高架鉄道でセントラル駅に移動しました。マニラには現在3路線の高架鉄道が走っていますが、路線を乗り換えるたびに切符を買い替える必要があります。この日の運賃は距離に応じて13~30Pの間でした。
セントラル駅から徒歩で歴史的城塞地区であるイントラムロスに移動し、マニラ大聖堂(入場無料)と世界遺産のサン・オウガスチン教会(200P)に入場。この日は日曜であり、どちらの教会でもミサが行われていました。そこからフィリピンンの国民的英雄であるホセ・リサールの名を関したリサール公園を横切る途中、ナヨン・ピリピーノという施設を見つけました。ナヨン・ピリピーノと言えば、かつて空港近くにあったフィリピンの歴史的な建造物を集めた公園の名前です。現在は空港の拡張に伴って有名無実化してしまった施設がこちらに移動したのでしょうか?
そんな期待とともに40Pを払って入場したのですが、かつてのナヨン・ピリピーノを数分の一に縮小した残念な施設でした。もっとも両者の面積を比較すれば、致し方ないところです。
リサール公園を通り抜け、UNアベニュー駅から高架鉄道でカリエド駅へ。この駅の近くには市民の台所ともいうべきキンタ・マーケットや、ブラック・ナザレと呼ばれる霊験あらたかなキリスト像があるキアポ教会、そしてマニラのイスラム教徒たちの精神的よりどころであるマニラ・ゴールデン・モスクがあります。以前訪れた際には、キンタ・マーケットで裸の男の子が水浴びをしており、キアポ教会ではブラック・ナザレ像の足を触ってご利益を得ようとする人々が長い列をなしており、マニラ・ゴールデン・モスクでは、初回に黙ってモスク内を歩き回っていたら追い出され、2回目に入場した際は日本人だと伝えたら、入信させられそうな勢いで歓迎されました。
これらを梯子するつもりだったのですが、カリエド駅に着いたところでスコールが降ってきました。それでもキンタ・マーケットに向かう途中まで歩いたのですが、雨はさらに激しくなり、路上は冠水し、ゴミが浮いた汚水の中をジャブジャブ歩くしかありません。さすがに罰ゲームだと気付き、カリエド駅に引き返しました。
しかしその後もスコールは一向に止む気配はなく、ここから高架鉄道の1号線と2号線を乗り継いで、3号線との乗換駅であるクバオ駅に向かいました。時刻は13時過ぎで、歩き回ったこともあり結構空腹でした。この日の昼は、そのマスコットキャラを私のブログの顔として使わせてもらっているフィリピン最大のファストフードチェーン・ジョリビーで食べる予定です。店舗を探していたところ、駅隣に伊勢丹シネマセンターを発見しました。ここの外部に面した場所にはKFCとマクドナルドがあり、それならジョリビーもあるはずです。犬も歩けば棒に当たる、マニラを歩けばジョリビーに当たる、と言っても過言ではないくらい至るところにあるのがジョリビーなのです。そしてもちろん予想通り、ジョリビーもありました。ここはフィリピン人が考える洋食(ジャンクフード?)をリーズナブルな値段で提供するチェーン店であり、パスタ、フライドチキンとライス、ハンバーグとライスがメニューの主軸です。私はパスタと焼き春巻き、ドリンクのセットを頼み、82Pでした。
昼食を終え、そこから高架鉄道3号線でクバオ・アベニュー駅に向かいました。ここから徒歩圏内にケソン・メモリアル・サークルという公園があるのですが、いざ近くまで行ってみると車がひっきりなしに走ってくる9車線の環状道路の内側に位置しており、徒歩での横断は命がけです。結局、環状道路の外側から公園内にそびえるモニュメントの写真を撮るだけにして、隣にあるニイノ・アキノ公園(8P)に入場しました。ここには動物園のような施設もあり、日本では見たことのない動物もいます。また大きな林や湖もあり、市民の憩いの場になっていました。
そこから徒歩でケソン・アベニュー駅に戻り、高架鉄道の3号線と1号線を乗り継いでペドロ・ヒル駅へ。駅からほど近いロビンソン・コマーシャル・コンプレックスというショッピングセンターに向かい、そこの1階にあるカバレンというフィリピン料理の食べ放題の店(398P)に入りました。近くにある日本食の店には長い列ができていましたが、こちらは地元の人にとって魅力が薄いのか、夕食時にもかかわらず空席が目立ちます。豚の丸焼きレチョン、とろみのあるココナッツベースのスープにゼラチン質のものが入ったカレカレなど、主だったフィリピン料理をリーズナブルな値段で食べられるので、私にとっては行きつけの店です。
その後、ショッピングセンター内を散策していると、日本ではまずありえないショッピングセンター全体の停電を経験しました。5分ほどで復旧したものの、エアコンやエスカレーターが動き出すまでにはタイムラグがあり、しばらくは不便な思いをしました。もっとも地元の人は慣れた様子で、止まったエスカレーターを上り下りしていましたが……。
そこから高架鉄道でホテルに戻り、20:45 に送迎車のドライバーと落ちあい、空港まで送ってもらいました。搭乗の3時間前にチェックインが始まり、プライオリティパスでラウンジに入り、夜行のフライトで名古屋に帰ってきました。

沖縄旅行記(16年6月) [国内旅行記]

最近は小6の長男の勉強をみていることもあり、長期旅行をしづらくなりました。私に似て隙あらば遊ぶタイプなので、なかなか目を離せません。どうしたらこんな子供が育つのか、親の顔を見てみたいものです。ちょっと鏡を見てきます。
――という事情もあって、今回は1泊2日で沖縄に行ってきました。
4月にジェットスターのホームページから下記航空券を購入し、座席指定や支払手数料込みで往復の総額が9380円でした。
DAY1 GK385 NGO 1155 OKA 1415
DAY2 GK 384 OKA 1510 NGO 1720
ホテルはJALのホームページ経由で50マイル貯め、楽天トラベルでホテルエアウェイ(朝食込4200円)を予約しました。
沖縄本島にはこれまで十数回行っており、主な観光地は行き尽くしています。今回は1泊2日と短いこともあり、自分の定番コースを適当に回る予定です。

旅行初日、セントレアの駅近くにあるコンビニで総菜パンとお茶を買いこみ、カードラウンジを利用してから搭乗。国際線では無理ですが、国内線ならペットボトルのお茶を持ち込むことが出来ます。
機内で総菜パン1個とお茶の昼食をすませ、那覇に到着後、ゆいレールの1日券(24時間有効で700円)を購入しました。この際、ゆいレールナビゲーターという案内冊子を駅員からもらっておくことが大事です。県庁前駅に移動し、パレットくもじ1階にあるブルーシールアイスの店に入りました。ここでは1日券を提示すると、シングルの値段(330円)でダブル(560円)を注文できます。昼食を軽めにしておいたのはこれを見越してのことです。なお余談ですが、個人的なお勧めは塩ちんすこう味です。
次に同じ建物の4階にある那覇市歴史博物館(1日券提示で350円→280円)に入場。ここは毎回展示内容が変わるので、何度来ても飽きません。今回は琉球王家に伝わる国宝の数々と明治以降の那覇港の推移に関する展示がメインでした。
博物館を出ると、南国特有のねっとりした空気が身体にまとわりついてきます。その空気を楽しみつつ、国際通りを散策することにしました。歩いていて気づくのは中国語を話す人たちが多いと言うことです。半分くらいは中国系で、その他に白人もいます。文字通り国際通りになっていました。
通り沿いにある那覇市伝統工芸館(1日券提示で310円→280円)に入り、沖縄の伝統工芸品である琉球ガラス、壺屋焼き、琉球漆器、琉球紅型、首里織に関する展示を見ました。ここは何度も訪れるほどの場所ではありませんが、その代わりほぼ貸し切り状態でのんびりできます。見学を終えると時刻は17時を回っていました。
公設牧志第一市場で海ぶどうを買い、そこからほど近い花笠食堂でゴーヤチャンプルー定食(800円)を注文しました。つい先日、北海道大学の学食でかなり残念なゴーヤチャンプルーを食べてしまったので、本場の味でその思い出をリセットしたかったのです。やはり餅は餅屋、ゴーヤは沖縄です。ごはん、豚の腸管を入れた中身汁、もずく酢がついていました。ただ何となく量が物足りなかったので、てんぶす那覇の隣にある我部祖河食堂に入り、650円のソーキそばを注文。ここは元祖ソーキそばをうたっている店であり、これで舌も胃袋も満足です。
食後、もう少し国際通りを散策してから徒歩でホテルに向かい、チェックインしました。

2日目、ホテルで朝食をとり、8時過ぎに出発。ゆいレールで首里駅に向かい、そこから首里城へと歩いていきました。まだツアーの団体が押し寄せる前なので、観光客の数もまばらです。守礼門の写真を撮ってから首里城(1日券提示で820円→660円)に入場し、9時スタートのガイドツアーに参加しました。ガイドの話を聞くと、これまで10回近く来ていながら色々と見落としていたことを痛感します。首里城に向かって右側は薩摩藩をもてなすための日本式建築で、左側は中国使節団をもてなすための中国式建築であること。御後絵(王の肖像画)の衣装が明朝から清朝への変遷とともに煌びやかになること。王宮手前の女性禁止区域は男性スタッフだけで、大奥の男性禁止区域には女性スタッフだけがいること。玉座の周りだけ朱色の色遣いを変えて、目立つようにしていること――。
首里城の見学後、ゆいレールで、おもろまち駅に向かいました。ここから徒歩で沖縄県立博物館(1日券提示で410円→330円)へ。前日の那覇市立博物館が狭い場所で数か月おきに展示を変えるスタイルなのに対し、こちらは広大な展示スペースで展示内容も完成形であるため、以前と内容に変化はありません。それでも何回か来ていると少しずつ知識が補完されていくのを感じます。今回は早足で回って所要60分でした。
そこからゆいレールで牧志駅に行き、まきし食堂でゴーヤチャンプルー定食(700円)を頼みました。ここの定食にはマグロの刺身、卵焼き、焼きハムがついてきます。ゴーヤの歯ごたえも良く、北海道で食べたゴーヤのトラウマをこれで完全に打ち消すことができました。やはり餅は餅屋、ゴーヤは沖縄です。
食後、牧志公設市場や国際通りで土産物を買い込み、パレットくもじのブルーシールアイスでシングル値段のダブルアイスを食べてから、ゆいレールで空港に向かいました。空港ではカードラウンジを利用し、ほぼ定刻通りセントレアに帰ってきました。
なお、今月はマニラにもいく予定です。
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札幌旅行記(16年5月) [国内旅行記]

今回は札幌に行ってきました。
航空券はジェットスターのホームページで購入し、座席指定をして往復の総額が11180円でした。
DAY1 GK181 NGO 0710 CTU 0855
DAY2 GK182 CTU 1500 NGO 1650
ホテルは楽天トラベルで、ニコーリフレというカプセルホテルを予約しました。デラックスタイプの朝食つきで4800円です。
出発前日にWebチェックインを済ませ、搭乗券をプリントアウトしておきました。

旅行初日、始発電車でセントレアに向かうと、サミット期間中のため厳重な警備が敷かれていました。
新千歳空港到着後、JRで札幌駅に向かい(1070円)、地下鉄の一日乗車券(830円)を買って福住駅へ。かなり空腹だったので、駅に隣接したイトーヨーカ堂の地下にある鶏肉専門店で唐揚げ定食(583円)を注文しました。これは道民のソウルフードであるザンギと同じものですよね?
食後、バス(210円)で羊が丘展望台(520円)へ。ここはクラークの像で有名な場所ですが、この季節にはラベンダーが咲き乱れ、延々と広がる緑の牧草地では羊たちが草をはんでおり、青い空と涼しげな風に、かなり癒される場所です。無料の足湯に入り、雪祭り博物館を見学してから、売店でエゾ鹿のジンギスカン(450円)を食べてみました。かなり野性味あふれる味わいです。
その後、バス(210円)と地下鉄を乗り継いで大通り駅へ。マップルに載っていた松尾ジンギスカンという店でラムジンギスカン丼(1050円)を食べました。自分で焼くより、完成品として持ってきて貰ったほうが臭いもつかず、割安なようです。
そこから地下鉄で宮の沢まで行き、徒歩で白い恋人パーク(600円)へ。ここは白い恋人の製造現場を見学できる博物館です。チョコレートの歴史の他、昔の蓄音機やおもちゃなど節操のない色々なコレクションが展示されていますが、個人的には一度行けば充分です。最上階にお洒落なカフェがあり、そこで白いバームクーヘンとコーヒーのセット(648円)を食べました。
その後、地下鉄で大通駅まで向かい、ホテルにチェックインし、少し休憩してから再出発。地下鉄で北十二条駅に向かい、北海道大学を散策しました。マップルによれば、ここの学食に安くてお勧めのスープカレーがあり、学外の人間も利用できるようです。ここで夕食をとることにしましたが、行ってみると普通のカレーしかありません。それでは面白くないので、ゴーヤーチャンプルーを注文しました。中ライス、夏の総菜トリオと合計で377円です。ただしゴーヤーの鮮度が低く、北海道まで来て沖縄料理を食べるものじゃないと後悔しました。まあ、話のネタにはなりますが。その後、ポプラ並木を散策し、JRタワーの展望台(720円)から札幌の街に夜のとばりが訪れるさまを眺め、暗くなってから地下鉄でホテルに帰ってきました。
ここのサウナにはロウリュウがあり、熱中症一歩手前のところまで熱波を浴びてきました。

翌朝、朝食をとってから再びサウナへ。朝ロウリュウを体験してからチェックアウトし、まずはテレビ塔(時計台とセットで800円)に向かいました。前日のJRタワーから望む札幌は無機質な大都会でしたが、ここからの景色は緑豊かな北の大都市です。大通公園や川が近くにあり、それが眺望のアクセントになっていました。
次に向かった時計台はがっかり名所の一つとされていますが、内部に展示された資料を見て、札幌農学校(現在の北海道大学)初期の雰囲気を知ることが一番の醍醐味です。途中、赤れんがテラスでサッポロクラシック(コンビニで買った缶ビール)を飲み、そこからほど近い北海道庁旧本庁舎(入場無料)へ。ここは外観の趣と内部の歴史資料、いずれも一見の価値ありです。北方領土関連の展示が目立ちますが……
次に北大植物園(420円)に入場。ここは学術向けの施設で、バラエティー豊かな植生を見学することができます。原生林も残されており、ほんの150年前までは札幌の町がこれらの木々で覆われていたことを想像すると、感慨深いものがあります。
そこから徒歩で札幌駅に向かい、JR(1070円)で新千歳空港へ。この日の昼食は、ここのフードコートにある松尾ジンギスカンに入るつもりでしたが、間違って普通の店舗のほうに入ってしまいました。ラムジンギスカン定食1630円を食べ、空港ラウンジに立ち寄ってからセキュリティーチェックに向かうと、搭乗予定だった名古屋行きの便が欠航になったとのこと。すでに同社の名古屋行きは翌日まで満席であり、他の方法を考えるしかありません。こういう時、LCCAは何の保証もしてくれないのが痛いところです。
きっと他社LCCAの名古屋行きもすでに満席だろうと考え、JALのカウンターに行くと、定価4万円以上のチケットが1席残っているだけとのこと。結局、紆余曲折を経て17時過ぎに出発するジェットスターの関空行き(8400円)に乗ることにしました。
ラウンジで時間をつぶし、16時過ぎにフードコートにある松尾ジンギスカンでジンギスカン定食(1050円)を食べてから搭乗。19時半に関空に到着し、19:56の南海電鉄急行(920円)で難波駅へ。途中、チケットショップがオープンしていることを確認してから、近鉄特急の窓口でその日の特急が満席になっていないことを確認し、再びチケットショップへ。近鉄特急デラックスシート(3600円)のチケットを購入し、21時発の近鉄特急でなんとかその日のうちに名古屋まで帰ってきました。
翌日、ジェットスター航空に電話し、名古屋行き復路の航空券代5000円余りをクレジットカードに戻してもらうよう依頼しました。
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ソウル・春川旅行記(16年4月) [海外旅行記]

まず始めに、今月起きた熊本地震に対する韓国でのネット上のレスを紹介します。
・日本人よ、貴様らが殺した人々の怒りが日本を揺らしてるんだ。  共感377非共感46
・地震を言い訳にして卑劣なことをするな。  共感212非共感21
・チョッパリ(日本人の蔑称)がでたらめを一言いうたびに…震度9.0の地震で報いがくる…ふふふ  共感 44非共感2
・呪いの地。完全に滅びろ。 共感28非共感0
・関東大震災の時のように、また韓国人を大虐殺しようと?!  共感28非共感1
・100人死のうが100万人が死のうが関心を持ってはならない。  共感22非共感0
・気持ちの良い記事が二日連続しますね。中心地へと地震が移動すれば最高。 共感19非共感0
・そうやって出動した自衛隊も死んで欲しい。ふふふ  共感20非共感2
もともと理性や民度に乏しい民族が反日教に洗脳されて捏造を繰り返し、日本への憎しみを競いあう無限サイクルの果てに、こうなってしまいました。共感と非共感の数からも、これが彼らの総意だと分かります。ちなみに韓国を除くすべての国では日本の地震を心配するレスが多く、中国でも6割くらいはそのような内容のようです。中国と韓国を比べると、中国のほうが底辺のレベルは低くて暴力的ですが、理性的な思考回路を持った人も数多く見かけます。傾向としては、韓国のほうが低レベルで均一化されているイメージです。
というわけで、今回は敵国の首都ソウルへの旅行です。反日でいやがらせをしようとする現地人を知恵で欺き、ぼったくりやさまざまな危険を回避するのもソウル旅行の醍醐味です。
昨年からふるさと納税による減税枠が増えたこともあり、私はその一部を泉佐野市に納税してピーチポイントをゲットしました。そして今回、ソウル行きの航空券を取得しました。座席指定、空港税、支払手数料など諸々込みで15120円です。
ホテルはユートラベルノートでベスティンレジデンスソウル(2つ星、朝食付き2泊で9280円)を予約しました。またKORAILのホームページ(http://www.lets1korail.com/ebizbf/EbizBfTicketSearch.do)で、ソウル龍山駅から春川駅までの往復チケットを予約しました(特急ITX春川号利用、6900W×2)。

旅行初日、近鉄特急(デラックスシート、チケットショップで3700円)と南海電ラピート(1130円)を乗り継ぎ、関空へ。第一ターミナルのすき家で軽く腹ごしらえをしてから、バスで第二ターミナルに移動してチェックイン手続き。セブンイレブンで機内用の軽食を買い、出国審査後の売店でミネラルウォーターを購入。ここまでは何度も繰り返すうちに、完全に自分なりの流れが確立されています。
ソウル到着後、空港鉄道でソウル駅に向かい(4250W)、そこから地下鉄4号線で明洞へ(1350W)。宿にチェックインしようとしたところ、オーナーの車でベスティンホテルという別の施設に連れて行かれました。明洞から少し離れますが、いちおう徒歩圏内です。部屋に荷物を置き、明洞の両替商(空港より5%程レートが良くなります)に立ち寄ってから、行きつけの店をハシゴしてソルロンタン(7000W)とトッポッキ(3000W)の夕食を済ませました。時刻は18時半です。
ここで韓国ウォッチの定点観測ポイントであるロッテ免税店に向かうことにしました。店はそれなりに繁盛していますが、聞こえてくるのは中国語ばかりです。私が探した限りでは、日本人を見つけることはできませんでした。明洞の町中に行けば、中国語に交じってたまに日本語が聞こえてくるのですが……。
この日の観光はここまでにして、ホテルに帰ってきました。

2日目、少し朝寝坊して8時半に出発。ホテルの朝食は「カロリーを摂取できる」程度のものでしかなく、外で食べることにしました。明洞で朝から開いていた店に入ってダッカルビ丼(鶏カルビ丼、8000W)を食べ、地下鉄で二村に移動し(1350W)、国立博物館に入場(無料)。以前来た時には広大な施設にまばらな展示物で、空間の無駄遣いという印象がありましたが、今回は違和感のない展示密度でした。1階は年代別の韓国の歴史学的展示、2階は書と絵画、そして個人からの寄贈品、3階は韓国、インド、東南アジア、中国、日本の美術品です。1階には先生(?)に引率された5人前後の小学生のグループがたくさん来ていました。韓国の受験戦争は四当五落(睡眠時間4時間で勉強すれば合格するが、5時間寝たら落ちる)と言われるほど過酷なものですが、歴史教科書の(願望にまみれた)捏造度は世界有数とのことです。個人的にはこんな無駄な努力はしたくないと思ってしまいます。3階の美術展示では、中国のクオリティーの高さと朝鮮の詰めの甘さが目立ちました。宗主国と属国の序列はここでも明らかです。
途中、博物館内のフードコートでソルロンタン(8500W)の昼食をとり、14時に出発して鉄道で龍山駅に向かいました(1350W)。ここでインターネット購入してあった春川までの往復特急乗車券を受け取り、15時の電車で春川へ。最高時速は180キロですが、まだ開業から数年しか経っていない新しい鉄道だけあって、あまり揺れもなく乗り心地は快適です。韓国の鉄道の安全性に疑問を持つ(運用する韓国人を信用していない)私としては、最後尾の車両だったのも幸いでした。所要76分で春川に着き、そこから徒歩で町の中心部に向かいました。春川は冬のソナタの撮影地で有名ですが、私自身はあらすじすら知りません。それでも道中で2カ所の撮影地を訪れ、ヨン様の写真だけ撮ってきました。
メインストリートを散策してから春川名物の明洞ダッカルビ横町に行き、その内の一件の店に入りました。韓国では焼き肉は2人前以上でないと注文できないことが多く、ここでは別のメニューを頼むつもりで朝食をダッカルビ丼にしたのですが、この店では1人前の注文を受けてくれました。店の名前に明洞とついていた気がします。目の前の鉄板で焼くダッカルビと〆の焼き飯を頼み、13000Wでした。
店を出てゆっくりと駅まで歩いていくと、ちょうど帰りの電車の時間が迫ってきました。18時26分の電車に乗り、帰りは清涼里で降り、そこから地下鉄でホテルのある明洞まで帰ってきました(1350W)。

3日目、朝6時にホテルをチェックアウトし、地下鉄(1350W)と空港鉄道(4250W)を乗り継いで仁川国際空港へ。チェックイン、保安検査、出国審査に50分ほど時間を取られた後、プライオリティパスでHUBラウンジに入り、朝食をとりました。関空到着後、ターミナル1で昼食をとり、南海電鉄ラピート(ピーチ機内で1030円)と近鉄特急を乗り継いで、名古屋に帰ってきました。
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和歌山旅行記(16年3月) [国内旅行記]

昨年秋から今年初めにかけて、「ふるさと割」という名のばらまき政策をやっていました。ネット上で都道府県別のバウチャーをゲットすると、宿泊料金が最大で半額になるというものです。
私も近隣県のホテルを泊まり歩き、これまでに41000円分ほど利用しました。そして今回もこれを利用し、和歌山市内のビジネスホテルを予約しました。本来なら朝食付き2泊で20700円のところ、1万円オフの10700円です。さらに今回は6000円分のクオカードをもらえるプランのため、実質4700円で済みました。
そんなわけで今回は和歌山旅行記です。
大阪までの往復は、チケットショップで仕入れた近鉄特急のデラックスシート(片道3700円)で手配しました。

旅行初日、近鉄名古屋を朝7時に出発する近鉄特急に乗り、難波で南海電鉄(高野山まで1260円)に乗り換えました。周りを見渡すと乗客の3割ほどは外人です。橋本で次の電車に乗り換えると、外国人ばかりがギュッと凝縮され、その比率は5割を上回りました。ここから電車は渓流に沿って山を登っていくのですが、なかなか旅情あふれる景観です。極楽坂に着き、ここから高野山まではケーブルカーを利用しました。ケーブルカーといえば、私は真っ先に香港を思い浮かべますが、それに比べると車内はガラガラです。ここは世界遺産へと至る緑豊かな観光路線ですが、その知名度はまだまだ高くないようです。
高野山でバスの1日フリー乗車券(830円)を買い、観光の基点とも言うべき千寿院橋へ。まずは腹ごしらえをすべく、最寄りの食堂に入ったところ、偶然にもその店の1割引き券がフリー乗車券についていました。当初は精進料理を食べるつもりでしたが、ノンベジタリアンメニューと同じボリュームで値段が倍以上するため、結局はがっつりと肉を食らいました。
そこから徒歩で壇上カランに向かい、金堂と根本大塔に入場(フリー乗車で2割引き、320円)。普通、悟りを開いた如来(仏)は現世での見栄に気を遣わなくなり、装飾品のないシンプルな装いをしていますが、ここの大日如来像は派手に着飾っていました。唐に留学した空海が開いただけあって、建造物には赤を多用する中国文化の影響が見られます。
次に高野山の美術品を集めた霊宝堂へ(フリー乗車券で2割引き、480円)。ここでは曼荼羅や仏像、そして弘法大師・空海直筆の書が展示されていました。弘法も筆の誤り、弘法筆を選ばず、など達筆の代名詞ともされるだけあって、カチっとした美しい書体でした。でも「弘法筆を選ばず」というのは多分嘘ですよね。たとえば一流の野球選手であるイチローはバットに非常にこだわりますが、仮にそこら辺の安物バットでも、客観的には充分な打率と飛距離を出せるはずです。本人がその微妙な差にこだわるプロフェッショナルであっても、素人目には「弘法筆を選ばず」に見えるだけだと思います。そこに手持ちの筆だけで何とかしようとする弘法大師の誠実さが加われば、誰の目にもそう映って然るべきです。
次は高野山の中心地とも言うべき金剛峰寺へ(フリー乗車券で2割引き、400円)。本殿は大名の屋敷のような豪奢な作りで、離れの大広間では緑茶と茶菓子のサービスがあります。白人の団体も緑茶を飲んでいました。外国では砂糖を入れないと苦くて緑茶を飲めないという人も多いのですが……。
離れのふすま画には空海の半生が描かれており、向学心あふれる若き日の留学生・空海が愛でたであう牡丹の絵が空海像の描かれた部屋に咲き乱れていました。
そこからバスに乗り、奥の院へ。木々に囲まれた小道の先に、墓地が広がっています。シロアリ会社が作ったシロアリの墓、戦没者の墓、企業の物故者の墓、そして織田信長の墓などがありました。その最奥部には空海が即身成仏すべく永遠にこもった建物があり、建前上は現在もそこで空海が読経していることになっています。
ここを見終わって15時25分発のバスに乗り、高野山駅から橋本駅まではケーブルカーと南海電鉄(830円)、そこからはJR(830円)を使用し、18時20分前に和歌山市駅に到着しました。和歌山市のグルメと言われてもピンとくるものがなく、まっぷるに載っている店でラーメンを食べてから、ホテルにチェックインしました。

2日目、9時前にホテルを出発し、和歌山城(410円)に向かいました。ここは徳川御三家の一つ、紀州徳川家の根城です。八代将軍、徳川吉宗も元はここの領主でした。城門をくぐると、ちょうど桜のつぼみが緩みかけており、青空にそびえ立つ天守閣に彩りを添えていました。外観は美麗ですが、太平洋戦争で焼失して戦後に再建されたため、内部は紀州徳川家ゆかりの品を展示した博物館のような作りになっています。なお最上階からは森と海に囲まれた和歌山の町並みを一望できました。
隣にある和歌山県立博物館(280円)にも足を伸ばし、古代から現代に至る和歌山の歴史をメインにした展示を見終えると、時刻は正午前でした。
近くの和歌山ラーメンの店で昼食をとり、市内バス(230円)でJR和歌山駅へ。ここから、和歌山電鉄という一度は破綻しかけたローカル路線が伸びています。そしてそれを救ったのが一匹の猫、スーパー駅長の「たま」でした。
たまは昨年死亡し、現在はそれを継いだ2世ことニタマがスーパー駅長をしています。そしてそのスーパー駅長に会うため、多くの人が和歌山電鉄に乗ってその終着駅である貴志駅に向かうのです。私も1日乗車券(720円)を買い、13時半の電車で貴志駅に向かうことにしました。ホームに入ってきた電車はたまたま「たま電車」で、外装も内装もたまのイラストで溢れていました。乗車率は100%近く、中国人団体客の姿もあります。窓の外には何の変哲もない、ひなびた田舎の景色が広がっていました。
30分ほどで貴志駅に着くと、駅舎にはガラスケースに入ったニタマが寝そべっており、多くの人が写真を撮っていました。ここには猫カフェと猫グッズの売店もあり、駅舎そのものも猫の顔のような形をしています。昨年死亡したたまは、たま大明神としてホームに祀られていました。周囲にはたいした店もなく、本当にスーパー駅長の知名度だけで観光客が押し寄せてくる場所でした。
たしかに、たまは和歌山電鉄の救世主だったのでしょう。可愛い猫が実はスーパー駅長、言うなればギャップ萌えです。この手法を思いついた和歌山電鉄社長のセンスには感嘆するしかありません。人間の小学生くらいの女の子でもこの手法は通用するのではないかと考えていて、ふとネパールのクマリを思い出しました。初潮前の女の子が神の使いであるクマリとして代々任命され、その前ではかつて国王すらひれ伏したそうです。
貴志駅で30分ほど滞在し、帰りは普通の電車に乗って和歌山駅に帰ってきました。時刻は15時過ぎで、これ以上どこかに出かける時間もありません。田舎の観光地は17時までに閉まるところが多いのです。駅ビル周辺を散策し、ホテルまで徒歩で帰る道すがら、和歌山ラーメンの店に入って早めの夕食をすませました。
なお翌日はバスに乗って和歌山県立自然博物館に行く予定です。往復の乗車券より1日乗車券のほうが安いので、下見を兼ねて和歌山市駅に向かい、前もって1日乗車券を買っておきました。

3日目、8時半にホテルをチェックアウトし、8時49分のバスで和歌山県立自然博物館のある琴の浦に向かいました。まずは隣にある温山荘園(重要文化財の日本庭園、400円)に入場。ここは平たく言えば、明治時代の富豪(ニッタ株式会社の創業者)が作った別荘です。マイペースで庭園を見て、写真を撮れれば良かったのですが、入場者が私一人しかいないこともあって、管理者の人がつきっきりで蘊蓄を披露してくれました。創業者の人間関係とか、庭園内の茶室で開かれる茶会の先生がどこから来るとか、まったく興味のない話題も多くて疲れました。
その修行のような時間を終え、次は自然博物館(470円)へ。ここは動植物のはく製や昆虫の標本、化石、鉱石を展示したゾーンと水族館ゾーンの2つに分かれています。どちらも和歌山に関係した展示ばかりですが、黒潮の海に泳ぐ魚が回遊する大水槽はそれなりに見ごたえがあります。沖縄の美ら海水族館と比べて1/4の入場料なら、まあ損はしません。
その後バスに乗って和歌山市駅の近くまで戻り、和歌山ラーメンの店に入りました。今回の旅行中、4回それぞれ別の店に入ったのですが、ざっくりと言えば醤油とんこつ系です。
和歌山市駅向かいの自販機で790円の格安切符を買って南海電鉄で難波に向かい、そこから近鉄特急で名古屋に帰ってきました。
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グアム旅行記(16年2月) [海外旅行記]

今回はグアムに行ってきました。
ユナイテッド航空の27500マイルを使って下記特典航空券を発券しました。
昨年11月の台北旅行帰路
DAY1 NH3831 NGO 0800 FUK 0930
DAY1 UA166 FUK 1150 GUM 1635
DAY3 UA137 GUM 0715 NGO 1015
また楽天トラベルでパシフィックベイホテル(素泊まり2泊で140ドル+税金11%)を予約しました。
グアムを訪れるのはこれで8回目ですが、長男のマイル口座に27500マイルしかなかったため、その制約でこのような使い道になりました。

旅行初日、セントレアでANAの国内線チェックインの行列に並び、カウンターまでたどりついたところで、国際線乗り継ぎのコーナーに行って欲しいと言われました。仕方なくそちらに並び直し、グアムまでの搭乗券を受け取り、国内線で福岡へ。
バスで国際線ターミナルに向かい、空港で出国審査の列に並んだところ、この搭乗券では搭乗できないので、カウンターで別の搭乗券と引き替えてきて欲しいとのことでした。それならセントレアで国際線乗り継ぎカウンターに並び直した意味は何だったのでしょう?
結局二度手間になり、無駄に時間を費やし、プライオリティパスで大韓航空のラウンジに入ったものの10分しか滞在できませんでした。ここのラウンジは大韓航空便の出発にあわせて小刻みに店じまいするのです。残り時間は一般の待合い席で過ごしました。
ユナイテッド航空のエコノミークラスでは、アルコール類が有料で、機内食も質素なファストフードです。グアム島着後、入国審査に100分間並ぶという苦行が待ち構えていました。ここまで質素な食事と行列の思い出しかありません。
ターミナルビルから外に出ると、すでに日は西に傾いていました。タクシーに乗れば楽なのですが、何となくそのまま最寄りのバス乗り場であるKマートまで歩いてしまいました。所要時間は30分ほどです。私には良い運動でしたが、空港までの道路は歩道の整備が不十分で、近くを結構な速度で車が通っていくため、他の人にはお勧めできません。
Kマート前のチケットカウンターで赤いシャトルバスの2日乗車券(15ドル)を買い、グアムプレミアムアウトレット(GPO)へ。ここのフードコートに入っているモンゴリアンBBQの店が好きなのです。牛肉とお好みの野菜5種のBBQ(ご飯付きで10ドル)を食べてから、再び赤いシャトルバスに乗ってホテルへ。ホテルの近くにはコンビニのABCマートがあり、ここで水と夜食を買いこみました。

2日目、この日はこれまで早起きが億劫で、つい行きそびれていたデデドの朝市に行くことにしました。
ホテル前を6時半に通り過ぎる朝市シャトル(往復7$)に乗るため、6時20分に乗り場に行くと、すでに別の会社のバスが待っていました。こちらは往復5$です。きっとこのような形で、広告費をかけないかわりに格安で乗客をゲットしているのでしょう。結局、早起きは2$の得になりました。
デデドの朝市はクック諸島の朝市と雰囲気が似ています。もともと地元民のためのローカルな市場で、生活用品や民芸品、食材、朝食などが売られていました。
私は中国系の屋台で、Togoという牛の胃袋が入った粥(3$)とチキンBBQ(1$)を頼みました。この粥が気に入ったので、別の店でも頼んでみたところ、そちらには鶏肉が入っていました。Togoとは肉の入った粥の総称かもしれません。
行きと同じ会社の8時発のバスでホテルに戻り、少し休憩してから再出発。途中、タイの王室とゆかりが深いデュシタニホテルに立ち寄り、タイとグアムのテイストが融合したロビーに感心してから、DFSギャラリアに向かいました。
もっとも私は旅先で、飛行機のファーストクラスからフィリピンのスラム街まですべてに対応できる(金持ちか貧乏人か分からない)ノーブランド風の地味な所持品を好む人間なので、これ見よがしのブランド品への憧れはありません。ここから出発するバスに乗り、恋人岬に向かいました(往復バスと入場料がセットで9$)。
家に帰れば、長年の激闘(口喧嘩)の末に「亭主元気で留守が良い」と言わせることに成功した強敵(つま)と長男がおり、今さらここで願掛けすることもありませんが、普通に景色が素晴らしいのです。高台からグアムの森とホテル群を一望でき、その彼方には目が痛くなるほど青く眩い水面と空が広がっています。すぐ左手には切り立った崖がそびえ、そこが現世で報われぬ愛のために身投げしたチャモロ人の若いカップルの伝説の舞台のようです。二人を飲みこんだであろう眼下の海面は穏やかで、美しい珊瑚礁が波に揺られていました。
その景色を堪能した後、バスでDFSに戻り、赤いバスに乗り換えてマイクロネシアモールに向かいました。
まずはフードコートでチャモロ料理のセットを注文。10$でレッドライス、野菜のピクルス、野菜炒め、ビーフンのようなグアムのヌードル、チキンBBQ、焼き春雨がついていました。ここは何度か来た場所ですが、中央の特設広場では毎回違ったイベントが行われています。この日はグアム・テコンドー・クラブのメンバーが瓦割に挑戦していました。最初は空手かと思ったのですが、胴着のデザインや帯の色の法則性に違和感がありました。一方で、押忍の仕草や気合いの入れ方は空手そっくりです。結局、チャモロ族の若者が35枚の瓦を割り、優勝しました。
これを見終えてからバスでホテルに戻り、あまり整備されていないプールで泳いだ後、少し休憩してから夕食に出発。場所は前日と同じくGPOのフードコートにあるモンゴリアンBBQの店です。モンゴリアンを名乗りながら本場のモンゴル料理とはかけ離れており、どう見てもチャモロ料理なのですが、だからこそグアムに来るとこれが食べたくなるのです。
この日は3食ともB級ローカルグルメを堪能し、ホテルに帰ってきました。

3日目、フライトの3時間前にホテルをチェックアウトし、ホテルスタッフに空港まで送迎してもらいました(20$+チップ)。すぐにチェックインできましたが、あと5分遅ければ団体客に先を越されていたはずです。間一髪でした。
出国審査後にプライオリティパスでラウンジに入って時間をつぶし、定刻より30分早く名古屋に到着しました。
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マニラ旅行記(16年1月) [海外旅行記]

今月はフィリピンのマニラに行ってきました。
有効期限の切れそうなANAマイルがあり、昨年6月に17000マイルを使って下記の特典航空券を発券しました。
DAY1 NH338 NGO 0755 NRT 0900
DAY1 NH809 NRT 1730 MNL 2130
DAY3 NH820 MNL 0945 NRT 1500
DAY3 NH337 NRT 1700 NGO 1810
NH,NGO,NRT,MNLはそれぞれ、全日空、名古屋、成田、マニラの略です。発券時に、空港税やサーチャージなど別途10730円を支払いました。
ホテルはExpedia でAtrium Hotel(3つ星、朝食付き2泊で9932円)を予約し、物騒な空港からの送迎を World-airport-transfer.com で頼みました(往復で33.29ドル)。もちろん普通のタクシーを使えばもっと安いのですが、これだけは安全のための必要コストとして削れません。

旅行初日、セントレアでマニラまでのチェックインをすませました。まだ朝も早いのでカードラウンジは開いていません。そのまま成田に飛び、プライオリティパスでKALラウンジに入りました。本来はユナイテッド航空のラウンジに入りたかったのですが、昨年5月でプライオリティパスとの契約が切れていました。それを知らずに6月に発券してしまった情報弱者としては、後悔しきりです。おにぎり、カップヌードル、菓子パンくらいしか食べ物のないラウンジで7時間つぶしていると、搭乗時間が待ち遠しくなりました。
そう言えば、これまで利用した中で、個人的に6時間以上つぶせると思ったラウンジは、成田のJALラウンジ、北京の中国国際航空ラウンジ、シンガポールのシンガポール航空ラウンジ、バンコクのタイ航空ラウンジ、オークランドのニュージーランド航空ラウンジなど、フラッグキャリアのホームベースラウンジばかりです。その点、成田のユナイテッド航空ラウンジは同社のアジア乗り継ぎ拠点で、準ホームベースなので、それなりに充実していたのですね。搭乗時間が迫り、搭乗口に行くと、大相撲の中継が行われていました。外人も興味深そうに見ていました。
この日は飛行機の室内照明のトラブルなどで出発が1時間近く遅れ、その分マニラへの到着も遅れました。しかも空港周辺は午後11時過ぎにも関わらず大渋滞で、結局ホテルに着いたのは日が変わる直前でした。なお空港での両替レートは、1万円=4000ペソでした。

2日目、ホテルで朝食を済ませ、8時過ぎに出発。私のマニラ訪問はこれで6回目ですが、今回はイントラムロスと呼ばれる観光の定番スポットを再度訪れることにしました。
まずは高架鉄道で4駅離れたUNアベニューに移動し(15ペソ)、そこから徒歩でイントラムロス最奥部のサンチャゴ要塞(75ペソ)へ。第二次世界大戦中、ここで多くのフィリピン人が日本軍によって閉じこめられ、命を落としました。しかしこれまでの印象としては、現地人の対日感情は悪くありません。かつて英語ツアーで一緒したフィリピン人家族から「日本軍はかつてフィリピンで悪いことをたくさんしたが、それは日本人ではなくコリアンだ。日本人は誰も知らないが、フィリピン人はみんな知っている」と言われたことがあり、韓国人を狙った殺人事件の件数の多さも踏まえると、ここでは日本人だとばれるより韓国人だと誤解される方が危険かもしれません。ただし詐欺や睡眠薬強盗などの軽犯罪では、きっと日本人の方がカモだと思われているでしょう。
なおこの要塞は、フィリピン独立運動の英雄、ホセ・リサールが処刑された場所でもあります。医師でもあったリサールの診察用具や衣類、日常品などが展示されていました。
その後、カーサ・マニラ博物館(75ペソ)へ。こちらはスペイン統治時代の富豪の家です。ヨーロッパの大邸宅とアシアンテイストが心地よく融合していました。
次に道向かいにある世遺産のサン・オウガスチン教会(200ペソ)に入場しました。こちらもヨーロッパのキリスト教文化がアジアっぽくなっており、一部の古い絵画は高温多湿な環境下でかなり痛んでいました。
見学を終えると、時刻は11時40分です。ここで再びカーサ・マニラ博物館の建物に戻り、バーバラスというレストランでビュッフェの昼食をとりました(549ペソ)。博物館と同じ雰囲気の豪華な室内には、クーラーがよく利いており、管弦楽の生演奏を聞きながら、優雅にフィリピン料理を楽しめました。
食後、徒歩で国立博物館(150ペソ)に向かい、フィリピンの近代アーティストたちの作品を見て回りました。リノベーション真っ最中の数年前より、だいぶマシになった気がします。
ここからリサール公園を通り抜け、巨大商業施設のロビンソン・コマーシャル・コンプレックスへ。午後の暑い時間帯に屋外を歩く気になれず、ショッピングセンターで店と人をウォッチングすることにしました。
気づいた点としては、フィリピンでは3~4人子供がいる世帯が珍しくない、女性は長ズボンか短パン姿ばかり、日本よりカップルがいちゃついている(もっとも日本よりいちゃつかない国は、イスラム教国家を除けばほとんどありません)くらいでしょうか?
私のブログの顔でもあるジョリビーの店に入り、アイスティー(40ペソ)を飲んだりして時間をつぶし、17時半になったところで、一階にあるキャバレンというフィリピン料理ビュッフェの店へ(一人398ペソ)。ここは私のお気に入りの店で、主要なフィリピン料理を食べることが出来ます。
雰囲気なら昼の店、安さと品数ならこちらに軍配があがります。
食後、高架鉄に乗ってホテルに帰ってきました。

3日目、朝6時からホテルで朝食をとり、6時45分に空港送迎の運転手と落ちあいました。空港で名古屋までのチェックインを済ませ、プライオリティパスでスカイビューラウンジへ。こちらでも軽く食事をつまみました。そして成田経由で名古屋に帰ってきました。
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高雄旅行記(15年12月) [海外旅行記]

前回の台北旅行に続き、今回は台湾南部の高雄に行ってきました。
9月にピーチアビエーションのホームページで下記航空券を購入しました。座席指定料、支払手数料、空港税など込みで総額 18940円です。
DAY1 MM035 KIX 1055 KHH 1330
DAY3 MM036 KHH 1415 KIX 1755
またホテルはExpediaで Shun Yu Bisdiness Hotel(朝食つき、2泊で7555円)を予約しました。
大阪までは、往路が新幹線で復路が近鉄特急デラックスシートです。チケットショップでそれぞれ5700円と3700円でした。

旅行初日、6時20分の始発新幹線、JR在来線、大阪市営地下鉄(240円)、南海電鉄ラピートα(1130円)を乗りついで関空へ。ターミナル1のすき家で朝食をとり、ターミナル2のセブンイレブンでパンを買い、機内に持ち込みました。ミネラルウォーターはセキュリティーチェック後に購入。朝が早かったこともあり、寝て過ごしているうちに高雄に着きました。
地下鉄の2日券(250T$)を買い、高雄駅からほど近いホテルに向かいました。部屋に荷物をおいてから再出発。
地下鉄を乗り継いで、高雄市立歴史博物館(日本統治時代の古い市庁舎を流用しており、建物自体が歴史的資料ですが、展示内容はスカスカです)、愛河(街中を流れる運河)、打狗鉄道故事館(使われなくなった古い駅舎と線路が残され、蒸気機関車が展示されています)といずれも入場無料の観光地をハシゴした後、旗津フェリー(25T$)に乗って旗津半島に渡りました。ここは市民にとって身近な観光地で、店の建ち並ぶ大通りを歩いていくと砂浜の海岸に出ます。辺りには屋台が多く、主にイカや貝などの海産物を扱っていました。
暗くなって来たところで再びフェリーに乗って対岸に戻り、道端の店で鴨の血液ゼリーが入った一人鍋(130T$)を食べ、六合夜市を散策してからホテルに帰ってきました。

2日目、ホテルで朝食をとり、地下鉄の橋頭糖?駅へ。ここにはかつての精糖工場を改装して作られた台湾糖業博物館があり、その奥にある十鼓橋糖文創園?で太鼓のショー(300T$)を見ることができます。個人的には、これが今回の旅行のハイライトです。10時前に入場し、まずは他のお客さんと共に太鼓の練習をしてからショー会場へ。その際、英語も話せるガイドの人が、日本統治時代に和太鼓が台湾に伝わったこと、ここは精糖工場跡地であり、アルコール燃料の原料にもなるので、アメリカ軍の空襲の標的になったことなどを説明してくれました。ショー会場の舞台前には薄い布があり、霧のように霞んだ向こうから、勇壮な太鼓のリズムと、鋭くも切ない縦笛の音が響いてきます。日本人にとってどこか懐かしく感じる旋律です。
演目が進んで薄い布が上がると、舞台の足下には水がたまっていました。水を蹴飛ばしながらの演舞は迫力満点で、さらには舞台上から人工雨が降ってきたりします。アンコールを含め40分ほどのショーでした。現在は土日の10時半と15時からショーをしていますが、もし行かれる場合は最新情報をチェックしてください。
その後、糖業博物館を一通り見てから、地下鉄で左営駅に向かい、高鉄(台湾新幹線)左営駅のセブンイレブンで新国民弁当(55T$)を買って駅舎内で食べました。これは台湾の鉄道駅にあるセブンイレブンの限定商品で、個人的にはこれを食べると台湾に来たという実感が湧くのです。
左営駅舎から紅35バス(12T$)に乗り、蓮池潭へ。ここは池の上で大きな龍と虎が口をあけ、その向こうに2本の塔が建っているところで、高雄といえばここの写真が出てくるくらい有名です。入場時には任意の寄付を募っており、寄付をした人には絵はがきを配っていました。塔の上から蓮池を見下ろすと、心地よい風とあいまって気分は爽快です。
ここから301番バスと地下鉄を乗り継いで、いったんホテルに帰ってきました。次の観光場所は高雄一の高さを誇る高雄85ビルですが、夜景も見たかったので、休憩がてら時間を潰すことにしたのです。16時前に再出発し、地下鉄で三多商圏駅へ。近くの百貨店を覗いてから、高雄85ビルの展望台(180T$)に上りました。ここは海に近いこともあり、どこまでもくすんだ街並みが続く台北101ビルの眺望よりも見応えがあると思います。1時間ほど粘り、だんだん海と街が闇にとけ込み、代わりに道路がライトアップされていくのを見届けてから下りて来ました。ビルの西隣に一人鍋の店を見つけ、そこで130T$のスパイシー鍋をつついてから、今度は南に隣接する高雄市立図書館へ。ここは昨年できたらしく、夜に訪れると、ゆったりとした空間と近未来的な照明とのコントラストを楽しめます。置いてあるのは中国語の本ばかりですが・・・・・・。
そこから地下鉄で移動し、愛河のライトアップを見てからホテルに帰ってきました。

3日目、ホテルで朝食を済ませ、8時過ぎにチェックアウト。まずは徒歩で、高雄駅から西に10分ほど歩いたところにある三鳳宮に向かいました。ここは台湾南部の道教の聖地です。これまで台湾の寺院は、私の心の琴線に触れるものがないと思っていましたが、その理由がやっと分かりました。祀ってある主神が髭面のおじさんの人形ばかりで、神聖さがないというか、どこか俗っぽいのです。しかしここの2階の主神はそんな私の常識を越えていました。玉皇上帝という看板で、その両脇には北斗星君と南斗星君が控えています。これを見た私の脳内では、リンの姉を巡ってケンシロウとファルコが戦っていました。
そこから地下鉄で後潭駅に向かいました(20T$)。ここで紅28バスに乗り換えて国立科学工芸博物館に行く予定でしたが、バスは30分に一本しかなく、しかも前のバスが出発したばかりでした。これでは帰りもリスキーと考え、行き先を徒歩で行ける客家文物館(入場無料)に急遽変更。ここでいう客家とは、かつて中国から台湾に移住した人たちですが、移住者の生活様式が大陸人のそれと大きく変わるはずもありません。昔の中国人の暮らしぶりに関する展示と言われても違和感のないものでした。
まだ時間があったので、そこから地下鉄で三多商圏駅に移動し、前日訪れた高雄市立図書館へ。夜の近未来的なライトアップと異なり、自然光に満ちあふれた居心地の良い空間でした。
その後、地下鉄で空港に向かい、チェックインと保安検査、出国審査後にプライオリティパスでラウンジに入り、昼食をとりました。今回はLCCAで機内食がないので、一食分がっつりと食べました。関空到着後、南海電鉄ラピートβ(ピーチの機内販売で1030円)と近鉄特急を乗り継いで名古屋に帰ってきました。
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台北旅行記(15年11月) [海外旅行記]

今回は台北旅行です。
マイレージプラス57500マイルを使い、下記特典航空券を発券しました。空港税が別途98.4ドル必要でした。
・10月の敦煌往復
DAY1 NH 3831 NGO 0800 FUK 0930
DAY1 BR105 FUK 1215 TPE 1350
DAY3 NH824 TPE 0935 NRT 1330
DAY3 NH337 NRT 1700 NGO 1810
・来年2月のグアム往復
また楽天トラベルで台北駅近くのリオホテル(朝食付き、2泊で2000台湾ドル、以下T$)を予約しました。ここは台北駅から徒歩圏内にあり、私が台北に行く際の常宿です。

旅行初日、セントレアでANA国内線のチェックインを済ませ、まずは福岡空港へ。着後、空港内を走る無料バスで国際線ターミナルに移動し、エバー航空のチェックインを行いました。出国審査後、プライオリティパスでKALラウンジに入ったものの、広さ、飲食物の内容ともに今一つで、断続的にラウンジを閉鎖するため途中で入退室する必要がありました。エバー航空の機内はキティーちゃん仕様でした。
台北到着後、国光客運のバス(125T$)で台北駅に向かい、駅内部で駅弁を買ってから、ホテルにチェックインしました。台湾の料理には独特の匂いがあり、私も最初は受け付けなかったのですが、今ではすっかり慣れました。味付けご飯の上に豚肉や卵などの具材が載って、80T$です。食べ終えてから時計を見ると午後4時半を回ったところでした。今回は「千と千尋の神隠し」のモチーフになった九份に夕暮れ時を狙って訪れる予定ですが、この日はもう時間的に無理そうです。
そこでMRTの24時間搭乗券(180T$)を買い、台北の北にある港町、淡水に行くことにしました。台北駅から40分、列車に揺られると、海に面した屋台街が見えてきます。ここを散策し、魚の擂り身が入ったスープ(35T$)とおでん(5個で50T$)を食べました。実はこのおでんは駅舎の隣にあるセブンイレブンで買ったものですが、店の外に海の見えるオープンエアの席があり、具材も台湾風なので、充分に旅情が感じられます。
その後、帰りのMRTでは爆睡してしまい、台北駅を乗り過ごしてしまいました。もうこの辺が体力の限界と考え、ホテルに帰ってきました。

2日目、ホテルで朝食を済ませ、8時過ぎに出発。この日の夕方に「千と千尋の神隠し」のモデルになった九份に行く予定ですが、それ以外はマイナーな観光地を巡ります。これまでに台北の主な観光地は何度か訪れており、今回はその取りこぼしを拾うような観光なので、あまり一般的な参考にはなりません。
まずはMRTで円山駅に行き、孔子廟と大龍どう保安宮を巡りました。前者は学問の神様である孔子(日本の菅原道真と同じ扱い)を祀った廟であり、後者は医学の神様を祀った廟です。どちらも入場無料ですが、写真を撮って5分ほどで終わりという感じです。
そこからMRTで府中駅に行き、中国式の庭園である林本源園邸(入場無料)を見学しました。こちらも中国本土で様々な中国式庭園を見慣れている身としては、特に感慨はありません。
この日の昼はディンタイフォンで小籠包を食べようと思い、11時半に本店に行ったところ、すでに100分待ちの状態でした。さすがに諦めてMRT東門駅に移動し、近くのセブンイレブンに入りました。おでん(3個で30T$)で小腹を満たしてから郵政博物館(5T$)へ。ここには台湾や世界各国の郵政に関する展示が集められており、世界の郵便局職員の制服も展示されています。それを着ているマネキンもその国の人の特長が出ているものが多く、韓国のマネキンは白長いトロンとした顔立ちで、一目見て韓国人と分かる秀逸なものでした。また世界100カ国以上の国の切手も展示されていますが、トリニダードトバゴ、モナコ、フィジなどマイナーな国がある一方、中国、香港、モンゴル、ロシアの切手はありませんでした。きっと大人の事情があるのでしょう。
そこから徒歩で総督府を経由しながら北上し、二二八和平公園に向かいました。台湾には第二次世界大戦後、民衆と国民政府が血みどろの闘争をした二二八事件と呼ばれるものがあり、これに関する展示をした二二八記念館(入場無料)もここにあります。台湾の人たちは、1945年までは日本人であることを求められ、1947年のこの事件以降は中国人であることを求められました。その心の傷がよく分かる展示でした。また公園の北部には国立台湾博物館(30T$)もあり、こちらにも入場しました。台湾の動植物と少数民族に関する展示がメインですが、以前と比べて展示内容が激減していました。少し残念です。 ここを見終わると時刻は14時で、そろそろ九份に向かうことにしました。
台北駅の窓口で基隆行きの切符(41T$)を買い、駅舎内にあったセブンイレブンで65T$の駅弁を買ってからプラットホームへ。駅弁を食べながらのんびり鉄道の旅―—を夢見たのですが、基隆行きの普通電車は日本の通勤電車と同じシート配列で、乗車率も高いので座れる保証はありません。しかたなくプラットホームで弁当をかきこんでから乗車しました。最初は大勢いた乗客が次第に減っていき、45分ほどで基隆に到着しました。磯の香りが漂う港町です。ここから金瓜石行きのバス(30T$)に乗り、50分ほどで九份に到着したときには空が暗くなりかけていました。ここは千と千尋のモデルになった山間の村で、映画の雰囲気を感じるために夕方来るのが人気のようです。以前、朝に来た時とは比較にならない程の人混みで、日本語も多く聞こえてきました。細い小道の両脇に並んだ店を見て回り、赤い提灯の灯った店の写真を撮り、台湾スイーツや軽食を食べていると、時刻は18時を回っていました。
あたりには雨が降りしきり、バス乗り場には長い行列ができています。さすがに疲労感を抱いたところに、タクシー運転手が「台北駅まで相乗りで一人250T$」と言い寄ってきました。普段なら公共交通機関を乗りこなすと幸せになれるのですが、この時ばかりはタクシーに惹かれました。
タクシーに乗って人数がそろったところで出発。運転手は道中でソーセージを買って客に振る舞ってくれたり、自分のミネラルウォーターを買うために車を停めて客を待たせたりと、良くも悪くも自由な人です。運転はかなり荒く、所要1時間で台北駅に到着しました。駅舎内ではクリスマスツリーがライトアップされ、二階のレストラン街はどこも人であふれています。それを見て回ってからホテルに戻りました。

3日目、朝6時にホテルをチェックアウトし、行きと同じ国光客運のバスで桃園国際空港へ。チェックインと出国手続きを済ませ、プライオリティパスでラウンジに入った時には8時前でした。
そこで朝食を済ませ、成田で乗り継いで名古屋に帰ってきました。
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敦煌旅行記(15年10月) [海外旅行記]

今回はシルクロードの街、敦煌に行ってきました。私はこれで中国に全部で31ある省、直轄市、自治区のうち、25か所に訪れたことになります。
今年3月、ユナイテッド航空の3万マイルを使って下記特典航空券を発券しました。空港税は別途 68.1ドルです。
DAY1 NH939 NGO 1030 PVG 1215
DAY1 CA1884 PVG 1615 PEK 1840
DAY2 CA1287 PEK 0615 DNH 0940
DAY4 CA1288 DNH 1040 PEK 1335
DAY4 CA159 PEK 1700 NGO 2100
11月の台北行き往路
NH、CA、NGO、PVG、PEK、DNHはそれぞれ全日空、中国国際航空、名古屋、上海、北京、敦煌の略です。
中国国内で最大のホテル予約サイトCtrip で Beijing Aulympic Airportel(素泊まり、198元)と Dunhuang Legend Hotel(朝食付き、2泊で298元)を予約しました。
これまで Beijing Aulympic Airportel を予約すると、こちらの搭乗便を確認して、何時に空港のどこで待ち合わせと指定してくれましたが、今回は電話番号を教えられただけです。

そして旅行初日――この日は上海経由で北京に行くだけで終わります。セントレアでチェックイン後、プライオリティパスでラウンジに入り、朝食をとりました。
上海到着後、敦煌までのチェックインを済ませ、プライオリティパスで再びラウンジへ。北京に着き、インフォメーションデスクからホテルに電話してもらい、送迎バスでホテルまで送ってもらいました。

2日目、夜中に起き、3時45分の送迎バスで空港へ。4時半に保安検査が開始され、プライオリティパスでラウンジに入り、朝食をとりました。機内では食事のサービス以外は寝て過ごしました。
敦煌に到着し、タラップをおりると、見渡す限りの砂漠が広がっています。その中にポツンと平屋建ての空港ビルが建っていました。ここから空港バス(10元)で市内に向かうことにします。
砂漠を突っ切るアスファルトの道路をバスで疾走していくと、賑やかな市街地が見えてきます。バスは敦煌飯店の前で停まりました。一辺が1キロほどの小さな街なので、ここからは徒歩で充分です。まだ朝の10時過ぎでしたが、ホテルにチェックインさせてもらえました。部屋に荷物を置いてから再出発。
街の中心部にロータリーがあり、その南東部には敦煌夜市が広がっています。ここで牛肉麺(26元)を食べました。中国の地方都市にしては、物価は高めです。その後、大きな超市(スーパーマーケット)でキャップに同じ製造年月日が記載されていることを確認して、ミネラルウォーターを買いました。中国では食の安全に気を遣います。
この日は午後から鳴沙山に行くことにしました。私は通りすがりの3路バス(2元)に乗りましたが、ロータリーから数十メートル南下したところが3路バスの出発地点のようです。終点まで行くと、正面に砂漠の山が見えてきます。このあたり一帯が鳴沙山で、入場料は120元でした。高地なので紫外線が強く、砂漠からの照り返しも強烈です。砂漠の砂はパウダーのように細かく、ゆるやかに足を取られて体力を消耗し、容赦なく靴の中に入ってきます。アトラクションとして小型飛行機、北斗の拳のモヒカンが乗ってそうなバギー、ラクダがありました。しかしシルクロードで砂漠と言えば、定番はラクダでしょう。100元払ってラクダの背にまたがり、40分かけて砂漠の中を揺られてきました。日差しが強く、喉が渇き、山の斜面を下る際に揺れが激しくなります。シルクロードを旅するキャラバンの気分を少しだけ味わえました。
ラクダから降りてアスファルトの道を歩いていくと、最奥部に三日月のような形の泉(月牙泉)が見えてきます。いわゆる砂漠の中のオアシスです。そばには中国風の建物があり、碧い湖面と白い砂肌のコントラストが見事でした。
その後、帰り道で山の上からソリに乗って降りてくるアトラクション(15元)を見つけ、そちらにも挑戦しました。スキーと違って制動が利かないので、それなりにスリルがあります。
時刻は午後4時半です。夕方の眺めがまた最高と聞いていたのですが、朝が早かったこともあり、もう体力の限界でした。3路バスで市街部に戻り、敦煌夜市で羊肉のうどん(20元)と羊の串焼き(10元)を食べてから、ホテルに帰ってきました。

3日目、ホテルで朝食をとっていると、なにやら外が賑やかです。8時半に出発すると、ちょうどホテル前の道が市民マラソンのコースになっていました。事前情報では、敦煌飯店の近くから莫高窟行きバスが出ているとの話でしたが、そのような気配はありません。タクシーを求めて歩き回っていると、たまたま莫高窟行き12路バス(3元)と遭遇しました。丝路宾馆の北向かいから出発しているようです。
莫高窟に向かう道路もマラソン大会で片側が閉鎖されており、莫高窟旅客服務中心の道向かいで降ろされました。ここで200元のチケットを買い、2本の映画を見てから、専用バスで10分ほどかけて莫高窟まで送迎してもらいます。1本目の映画は、砂漠を旅するキャラバンの安全を願って莫高窟を作ったことを紹介する時代劇です。かなり本格的に撮影されており、大画面なので迫力満点です。2本目は、莫高窟の内部をプラネタリウムのようなドームスクリーンに映し出すものでした。移動時間も含めて2本で45分ほどかかります。
莫高窟に着いた時には11時過ぎでした。ゆっくりと見て回るつもりだったので、先に食堂に入り、駱肉黄面(28元)を食べました。これは敦煌の名物料理で、駱肉とは駱駝(ラクダ)の肉とのこと。パサパサの肉が載った、あんかけそばでした。
莫高窟の入り口ではイヤホン付きの無線機を渡され、十数人のグループにガイドが一人つきました。無線機は自分のガイドの説明を受信する仕組みのようです。ここには100以上の石窟がありますが、普段は入り口の扉が閉ざされ、鍵をかけられています。必然的にガイドと一緒に見て回らなければなりません。なお、入場する石窟はグループごとに違います。私はグループ間を移動しながら、出来るだけ多くの石窟を見てまわりました。どうせ無線機から流れてくる中国語の説明を聞いても分からないので、自分のガイドに終始同行するメリットがなかったのです。それでも見学できたのは十数個でした。これなら自由に見て回れる雲崗や大足の石窟のほうが、満足感を得られます。
その後、専用バスで莫高窟旅客服務中心に戻り、そこから12路バス(服務中心を出て左手のところにタクシーと並んでいます)で市内に戻ってきました。
ここで前日と同じ3路バスに乗り換え、敦煌博物館(入場無料)に向かいました。市街地を出て少しすると右手に見えてきます。私は3路バスの道中にあるという情報しかなかったため、見過ごしてしまい、終点まで行ってから帰りにようやく見つけました。ここでは敦煌の歴史とともに様々な発掘品が展示されており、莫高窟の一つを再現した場所もありました。主要な展示やテーマには日本語の説明もあります。
そこから徒歩でホテルに戻り、少し休憩してから夕食を求めて敦煌夜市に出かけました。オープンスペースの店で敦煌名物の黄面(あんかけそば、16元)と蘭州名物の五目鍋(14元)を注文し、夜市を散策してからホテルに帰ってきました。

ここで、もう一度繰り返します。ロータリーから数十メートル南が3路バスの出発地で、これは敦煌博物館経由、鳴沙山行きです。丝路宾馆の北向かい(三危路と文昌南路がぶつかる市内東部)が12路バスの出発地で、これは莫高窟旅客服務中心に行きます。しかし私には空港行きバスの出発地が最後まで分かりませんでした。

4日目、ホテルで朝食をとり、8時過ぎにチェックアウト。そのままタクシー(言い値で50元。相場は40元くらいでしょうか?)で空港に向かいました。
空港ではプライオリティパスでラウンジに入り、時間をつぶしました。北京に着くと、敦煌の青空とはうって変わった、白くくすんだPM2.5色の空が広がっています。ここでもプライオリティパスでラウンジに入り、無事名古屋に帰ってきました。
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イタリア学会出張記(15年9月) [海外旅行記]

今回、イタリア北部にある湖畔の町ストレーザで行われた学会に参加してきました。
この出張記を書く上で外せない3人の先生が登場しますので、卒年順にA先生、B先生、C先生とします。
A先生 基礎医学系の教授。微少重力における自室神経機能の研究の第一人者で、学会の重鎮。
B先生 某病院の神経内科部長。私の博士論文では半分近い症例のデータを提供していただきました。バファリンの半分は優しさで、私の博士論文の半分はB先生の優しさで出来ています。
C先生 研修医時代、色々と指導していただいた先輩の女医さん。
ちなみに「2001年宇宙の旅」(http://ryokodo.blog.so-net.ne.jp/archive/c2301039128-1)は、A先生の研究チームの実験で、C先生から声をかけていただいて実現したものです。
今回、春先にB先生から「毎留君も一緒に来たら便利だし、来ない?」とお声掛けがあり、かと言ってすぐに演題が完成するわけでもなく、参加だけすることにしました。
しかし結局B先生は奥さん同伴となり、旅慣れているA先生も自ら手配したため、私はC先生の旅行手配をして同行することになりました。
まず楽天トラベルで下記航空券を購入しました。一人当たり総額97330円です。
DAY1 AY80 NGO 1030 HEL 1440
DAY1 AY795 HEL 1605 MXP 1805
DAY6 AY794 MXP 1125 HEL 1525
DAY6 AY79 HEL 1715 NGO 0850+1
AY、NGO、HEL、MXPはそれぞれフィンエアー、名古屋、ヘルシンキ、ミラノの略です。
またExpedia で1日目はミラノ中央駅に近い Hotel Demo(3つ星、朝食つき14234円)を、2日目からはストレーザの Hotel Italie Et Suisse(3つ星、朝食付き3泊で308ユーロ)を、5日目はミラノ中央駅に近い Hotel Colombia(4つ星、朝食付き14994円)を予約しました。いずれも一部屋当たりの金額です。
C先生と同一ホテルで部屋を手配した都合上、予算が私の普段の一人旅よりアップしています。
ミラノからストレーザまでは電車で約1時間弱です。往路のみイタリア国鉄のホームページ(http://www.trenitalia.com/tcom-en)で2日目08:23ミラノ発、09:19 ストレーザ着ユーロシティーの切符(2人で16.5ユーロ)を購入しておきました。
夜や早朝の移動を極力減らし、無理をせず、危険の少ない旅程を組んだつもりです。
なお、学会参加費(395ユーロ)も別途必要でした。学会3日目にはガラディナー(75ユーロ)があり、こちらも申し込みました。

そして出張初日、あらかじめC先生にセントレア行き名鉄特急の指定席券を渡してあり、車内で合流しました。これさえあれば、あとは旅慣れた総合旅行業務取扱管理者が世界中どこでも案内するプレミアムチケットですが、残念ながら非売品となっております。セントレア到着後、C先生がモバイルルータのレンタル予約をしてあったので、それを受け取ってからチェックインしました。
A先生も同じフライトですが、私たちよりやや遅れてチェックインの列に並んでいました。そのため席も離れていたのですが、ヘルシンキでは三人一緒に乗り継ぎ、ミラノに到着しました。私とC先生はミラノ中央駅近くにホテルを取っているので、空港バス(8ユーロ)で中央駅へ。バスの到着場所は中央駅のすぐ隣で、目の前には空港行きバスチケットを扱っている売店があります。ここでフランスパンのサンドウィッチ(3.5ユーロ)とミネラルウォーター(1ユーロ)を勝手からホテルにチェックインしました。
一方のA先生はストレーザにホテルを取っていたため、交渉の末に65ユーロの白タクに乗られたそうです。

2日目、ホテルで朝食をとり、荷物をまとめてからチェックアウト。中央駅発(ストレーザ経由)ジュネーブ行きのユーロシティーに乗車しました。国際特急で半分はスイスの血が入っているためか、出発も到着も定刻通りです。車内検札はプリントアウトした乗車券を見せるだけですぐ終わりました。
ここから徒歩で学会の会場に向かい、受付をすませました。朝と午後にはティータイムがあり、昼はフランスパンのサンド、食パンのピザ、バナナ、ミネラルウォーターが入った紙袋を貰いました。もちろんこれらも学会参加費に含まれています。
日本国内の学会だとスーツ着用が基本ですが、国際学会では割とラフな服装が目立ちます。興味のある講演を聴いたり、疲れたら観光に出かけたり、自由に時間を過ごすのが学会です。
あらかじめホテルのチェックインを済ませておき、その日の学会スケジュールが終わってからA先生を始めとするグループ総勢7名が集結しました。すでにB先生が学会会場から近い場所にあるオープンエアのレストランを予約してあり、そちらへ移動。
A先生とB先生はイタリア語も話せ、メニューへのこだわりも強かったので、注文はすべてお任せでした。A先生のところの研究者の女性(現在はロンドンに留学中。以後、Dさん)がピザを所望したのですが、イタリアンのコースメニューとしてはメジャーではないとして却下されていました。
ミネラルウォーター、ハウスワイン、ピザ風トースト、パスタ2種類、ムール貝、魚料理、肉料理、シュリンプの串焼き、ジェラードを頼み、一人25ユーロ(チップ別途)でした。

3日目、ホテルで朝食をとってから学会場へ出発。この日もモーニングティー、軽めのランチ、アフタヌーンティーがありました。私はC先生のお供で、午後に市内散策に出かけました。小さな街なので1時間くらいで一通り見て回れます。18時からのポスターセッション(発表内容をボードに貼って提示し、各自閲覧)ではスパークリングワインやカナッペが提供されていました。
この日はここでお開きになりました。現在ロンドンに留学中のDさんだけは元気だったのですが、日本勢は時差の影響でグロッキーでした。

4日目の午前は、C先生のお供で島巡りをしました。具体的にはボッロメオ家の宮殿があるマードレ島とベッラ島の2島周遊です。船賃は一人13.7ユーロでした。
9時にストレーザの桟橋からフェリーに乗り、35分かけてマードレ島へ。2島共通の入場券(20.5ユーロ)を買い、よく整備された庭園を歩いていくと、島の中央の小高い丘に建てられた宮殿につきます。内部は人形博物館になっており、美しい内装とともに楽しめました。
10時50分のフェリーで今度はベッラ島へ。こちらの宮殿のほうが規模は大きく、隣には祭壇のような建造物も併設されています。12時20分のフェリーでストレーザに戻り、昼食は学会会場で済ませました。
午後の演題が終わり、19時に会場入り口で集合。この日はガラディナーです。A先生、C先生、Dさん、私の他、途中で出会った明治大学の女性研究者も一緒に行くことになりました。やはり外人より日本人同士の方が会話は楽です。湖岸まで歩き、学会が手配したボートでガラディナーの会場であるペスカトーレ島へ。屋外でシャンパンとオードブルを楽しんでいると準備が整い、ディナー会場に通されました。リゾット、魚料理、デザートのシンプルなメニューでしたが、ワイン飲み放題で色々会話していると、あっという間に時間が過ぎました。時差とワインで意識がもうろうとしてきたので、一番早いボートでストレーザに帰りました。

5日目、ホテルで朝食を済ませてチェックアウト。この日は学会で昼食の用意もなく、事実上のフェードアウト状態です。午前中の演題を聞き、近くのスーパーでパンと生ハム、チーズを買って昼食を済ませ、13時22分のローカル列車(8.6ユーロ)でミラノ中央駅に向かいました。A先生、C先生、Dさんも一緒です。ミラノ到着後、泊まるホテルが別だったので一旦分かれ、16時にドゥオモの切符売り場で再集合することにしました。
ホテルにチェックインして荷物を置き、ミラノ中央駅からドゥオモ駅まで地下鉄(1.5ユーロ)で移動。地上に出ると、目の前にドゥオモの威容が押し迫ってきており、圧巻されました。
ここで4人集合し、エレベーターに乗って屋上にも行けるドゥオモパス(15ユーロ)を買ってからドゥオモに入場。天井の高い大聖堂内部には華麗な彫刻が散りばめられており、ステンドグラスから差し込む午後の日差しが優しげです。地下には昔の教会の遺構や16世紀に死去した大司教の遺骨をまつった地下礼拝堂もあり、こちらも見学しました。
その後いったん外に出てからエレベーターに乗り、ドゥオモの屋上へ。青い空に綿菓子のような雲が浮かび、林立する尖塔の向こうにはミラノの街並みを一望できます。すべてが絵になる場所でした。高所恐怖症のA先生の顔色は優れなかったのですが……。
その後、ドゥオモ博物館に向かいました。ドゥオモから移転した大理石の彫像が、これでもかと言わんばかりに並んでいます。
個々の見学を終えたところで別用のあるDさんと別れ、A先生、C先生、私の3人で夕食をとることにしました。さすがにドゥオモの近くはパスタが20ユーロを超える高額な店ばかりであり、少し離れた場所にあるパスタが10ユーロからの店に入りました。それぞれパスタを1品頼み、それとは別に3人で22ユーロの肉料理をシェアする予定だったのですが、店の人に「それでは少ない」と言われたA先生が勧められるままに58ユーロのTボーンステーキを注文してしまい、でかい皿に肉の塊がドーンと乗って現れた時には3人で閉口しました。
食後、A先生と別れ、同じホテルに泊まるC先生と一緒に中央駅まで帰ってきました。行きに駅の地下道で奇声を上げる黒人がいて何となく怖かったので、帰りはすぐ地上に出て、ホテルまで歩きました。

6日目、ホテルで朝食をとり、7時40分にチェックアウト。中央駅の隣で空港バス(8ユーロ)に乗り、マルペンサ空港へ。ヘルシンキで乗り継ぎ、7日目の朝、無事セントレアに帰ってきました。
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